表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 風翔国奪還戦
95/132

第二十八話 支配者と、烏合の衆

 次に踏み出したのは、ルシオだった。


 剣を握る手は、震えていない。

 だが、理解していた。


 勝てない。自分も、エリオも。

 この男に剣を教えたのは、他でもない光神教団。

 そして、その教えを体系化し、磨き上げた存在が玄武だ。


「来るか」


 玄武は、わずかに口角を上げた。


「哀れだな」


 踏み込む。ルシオの剣が、最短距離で振り抜かれる。だが、結果は同じだった。


 玄武は、刃を見ていない。ルシオの重心、肩の角度、踏み込みの癖。すべてを読んだ上で、最小限の動きでかわす。


 剣が空を切った瞬間、拳が飛ぶ。


「ぐっ……!」


 腹部に衝撃。息が詰まり、ルシオは床を転がった。


「ルシオ!」


 エリオが叫び、続けて飛び出す。


 拳。

 蹴り。

 剣でも魔法でもない、必死の攻撃。


 だが、玄武はそれすら受け止めない。


 肘で払い、肩で弾き、足を掛ける。


 エリオの体が、無様に床へ叩きつけられた。


「……だから言っただろう」


 玄武は、二人を見下ろす。


「教えたのは、我々だ」


 ルシオが、歯を食いしばり、再び立ち上がる。

 エリオも、壁に手をつき、ふらつきながら立つ。

 勝ち目はない。それでも、下がらない。


「……まだだ」


 ルシオが呟く。


「……まだ、終わってねぇ」


 エリオも、血の混じる唾を吐き捨てた。

 その光景を、アネモネは見ていた。


(どうして……)


 勝てないと分かっているのに。

 助かる保証もないのに。


(それでも……立つの?)


 胸の奥が、ざわつく。


 守られているから。

 選ばれたから。

 そう言われて、生きてきた。


 だが、目の前の二人は違う。


 誰にも選ばれていない。

 守られる約束もない。


 それでも、自分の意思で、立っている。


 アネモネは、ゆっくりと前に出た。


「……ねぇ」


 その声に、女たちが振り向く。


 怯えた目。

 縋るような視線。


 アネモネは、震える手を握りしめた。


「私たち……」


 一度、息を吸う。


「このまま、支配されたままで……本当に、いいんでしょうか」


 ざわめき。


 誰かが、目を伏せる。

 誰かが、唇を噛む。


 そして、一人がゆっくりと頷いた。

 次に、もう一人。


 恐怖は、消えていない。

 だが、その奥で、何かが確かに芽生えていた。


 玄武が、初めて不快そうに眉をひそめる。


「……愚かな」


 その瞬間。


 女たちが、一斉に動いた。


 叫び声。

 掴みかかる手。

 爪を立て、縋りつく。


 秩序だった玉座の間が、完全に崩れる。

 それは、武器を持たない者たちの反乱。

 選ばれなかった者たちの、初めての意思表示だった。


 騒ぎを聞きつけ、奥の回廊から信者たちが駆け込んできた。


 だが、彼らは足を止めた。玉座の間は、もはや聖域ではなかった。


 女たちが玄武に縋りつき、叫び、泣き、爪を立てている。恐怖に震えながらも、必死に逃がすまいとするその姿。


 床には血。

 秩序は崩れ、祈りの言葉もない。


「……やるしか、ない」


 誰かが呟いた。


 その瞬間、信者たちが一斉に踏み込む。


 短剣。

 杖。

 拳。


 統制などない、覚悟だけの突撃。


「無駄だ!」


 玄武の怒声が、空気を震わせた。


 振り払う。

 投げ飛ばす。

 一撃で骨を砕き、壁に叩きつける。


 圧倒的。

 絶望的。


 それでも、玄武の動きがわずかに鈍る。


 女たちが絡みつく。

 信者が背後から斬りかかる。

 致命傷にはならない。

 だが、確実に刃は届いていた。


 血が、床に滴る。


「……チッ」


 玄武が舌打ちする。


 その瞬間だった。


「遅くなったな!」


 轟音とともに、壁が砕け散る。


 瓦礫を突き破って現れたのは、イーヴァだった。

 両手に魔力を渦巻かせ、その背後にトルネロが続く。


「状況は最悪、でも」


 トルネロが、短く笑う。


「面白くなってきた」


 魔法が放たれる。

 風と雷が、玄武を包む。


「俺も、負けてられん!」


 さらに体勢を立て直したアリウムの猛攻。

 それでも完全に止めることはできない。

 だが、足を止めるには十分だった。


 その隙を、ルシオは見逃さなかった。

 踏み込む。これまでで最も深く、最も静かな集中。


(今だ)


 剣が、横薙ぎに走る。鈍い手応え。


「……!」


 玄武の肩口が裂け、血が噴き出した。

 分厚い筋肉が、刃を止める。致命には至らない。


 だが、右の僧帽筋が完全に断たれていた。玄武の右腕が、わずかに落ちる。力が、入らない。


「……ほう」


 玄武は、自分の肩を見下ろした。その目に浮かぶのは、怒りではない。


 驚愕。


「端役が……ここまで来るか」


 ルシオは、剣を構え直す。

 息は荒い。足は震えている。


 それでも、視線は逸らさない。


「……まだだ」


 その言葉に、エリオが、アリウムが、イーヴァが、トルネロが応えるように立ち位置を取る。


 女たちも、信者たちも、倒れながらも立ち上がる。

 玄武は、ゆっくりと息を吐いた。

 右腕を下げたまま、左拳を握る。


「いいだろう」


 低く、重い声。


「最後まで、付き合ってやる」


 玉座の間に、再び緊張が満ちる。

 それはもう、処刑ではない。支配でもない。


 選ばれなかった者たちが、選ばれた者に刃を向ける本当の戦いの始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ