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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 風翔国奪還戦
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第二十六話 アンタを、許す

 斧が、何度も振り下ろされる。


 受けるたびに、骨が鳴った。

 避けるたびに、足が沈んだ。

 紅蓮鉱石の籠手がなければ、とっくに手首も落とされていただろう。


 それでも――


「……っ、まだ立つかよ」


 ガンドロフの声に、わずかな苛立ちが混じる。


 力の差は、明白だった。

 一撃一撃が重い。雑ではない。確実に、殺しに来ている。


 それでも、ジャックは倒れない。


 歯を食いしばり、血を吐きながら、剣を握り続ける。


 その姿を見た瞬間。


 ガンドロフの脳裏に、懐かしい光景が蘇った。


 ――戦場。


 国も、正義も、誇りもない。

 あるのは、金と命だけ。


 傭兵だった頃。

 各地を渡り歩き、戦争の火種に身を投げ続けた日々。


 負ければ、死。

 躊躇すれば、死。

 仲間を信じれば、死ぬこともあった。


 だから――


 生き残った者は、皆、歪んだ。


 疑い、奪い、踏み潰し、笑って殺す。

 それが、生き方だった。


(……あの頃は)


 ガンドロフは、剣を構えたジャックを見る。


(こんな真っ直ぐな目をした奴は……)


 いなかった。


 逃げない。

 折れない。

 命を惜しまず、それでも前を見る。


(倒れなかった……)


 かつての自分でも、仲間でもない。


(コイツみたいな奴はいなかった)


 次の瞬間。


 ジャックが、踏み込んだ。


 技ではない。

 駆け引きでもない。


 ただ、一直線。


 曇りのない、一閃。


「――っ!」


 剣が、ガンドロフの胸元を裂いた。


 初めて、確かな手応え。

 血が、噴き出す。


「……は」


 ガンドロフは、笑った。


「やっと、届いたかよ」


 だが、終わらない。


 互いに、同時に踏み込む。


 剣と斧。

 意地と意地。


 命を、賭けた斬撃。


 ――轟音。


 衝突の衝撃が、エントランスを揺らした。


 次の瞬間。


 ガンドロフの斧が、地面に突き立てられる。

 その柄に縋り、巨体がようやく立っていた。


 深い傷。

 呼吸は荒く、視界も揺れている。


「……く、は……」


 その背後。


 血を吹き出しながら、ジャックが立っていた。


 腹部から血が溢れ、口元も赤く染まっている。

 それでも、剣は構えたままだ。


 ガンドロフは、振り返らずに言った。


「……トドメ、させよ」


 声は、やけに穏やかだった。


「お前の……勝ちだ……ゴフ……」


 斧に体重を預けたまま、笑う。


 だが。


 いつまで経っても、剣は振り下ろされない。


「……?」


 ガンドロフが、ゆっくりと振り返る。


 ジャックは、剣を下ろしていた。


「……なぜだ」


 低い声。


「お前ほどの男が」


 一歩、踏み出す。


「なんで……こんなカルト教団に、肩入れしてんだ」


 問いは、責めではなかった。

 純粋な疑問だった。


 ガンドロフは、目を細めた。


 そして、喉を鳴らすように笑った。


「……いい質問だな」


 血を吐きながら、それでも。


「坊主」


 視線が、ジャックを捉える。


「次は……俺の話を、聞け」


 斧に縋ったまま、巨漢は立っていた。


 ガンドロフは、ゆっくりと息を吐いた。


「俺はな……」


 斧に縋ったまま、視線を落とす。


「ずっと、死線を生きてきた」


 戦場。

 瓦礫。

 血と鉄の匂い。


 勝てば生きる。

 負ければ死ぬ。


 ただ、それだけの世界。


「そんな俺に……玄武は、未来をくれた」


 光神教団大幹部・玄武。

 その名を口にした瞬間、声がわずかに震えた。


「安定した寝床、食い物、戦う理由……」


 短く笑う。


「戦争のない明日だ」


 だから。


「そのために、人を殺した」


 視線を上げる。自嘲の色が、はっきりと浮かぶ。


「俺は……腐った」


 血を吐きながら、言い切った。


「だから……殺してくれ」


 剣を下ろしたままのジャックを、真っ直ぐに見る。


 ジャックは、黙って聞いていた。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「……ルシオがよォ」


 声は、かすれていた。


「エリオを、生かしたんだわ」


 一歩、ふらつきながら前に出る。


「殺されかけたのに……だぜ?」


 ガンドロフの目が、わずかに見開かれる。


「で、エリオの野郎は……」


 息を吸う。


「改心しやがった……」


 沈黙。


 ジャックは、剣を強く握った。


「だから俺は……」


 視線を上げる。


「アンタを、許す」


 それが、限界だった。


「……っ」


 足が崩れ、ジャックはその場に倒れ込んだ。

 剣が、乾いた音を立てて転がる。


「……おい!?」


 ガンドロフが叫ぶ。


 その声は、さっきまでの獣のものではなかった。


「お前ら、ここまでだ!!」


 信者たちへ、怒号。


「コイツを医務室に運べ!最優先だ!!」


 一瞬の躊躇、だが。


「……了解」


 誰かが答えた。信者たちは、武器ではなく、担架を手に動き出す。

 イーヴァとトルネロも、武器を下ろした。


「……戦いは終わりだな」


「ええ……」


 二人は、ジャックの傍へ駆け寄る。


 同時に、ガンドロフ自身にも応急処置が施され始める。腹の傷を押さえながら、巨漢は天井を仰いだ。


「……許された、かよ」


 小さく、呟く。誰にも聞こえない声で。


 こうして、一つの戦いは決着した。


 剣でも、斧でもなく。

 命を奪うことでもなく。


 選ばれたのは、「止める」という結末だった。

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