第二十三話 黒炎と槍、迎撃者と毒
施設前の広場。
倒れ伏す兵士と、瓦礫と、まだ消えきらない毒の匂い。その中心で、四つの気配が正面からぶつかり合っていた。
ミリアが一歩踏み出した、その瞬間。
――内側から、低い声が響く。
『あのファルクと言う男、気をつけなさい』
黒炎が、僅かにざわめいた。
『魔力が高い。それなり、ではない。かなりだ』
「……わかってる」
ミリアは小さく息を吐く。視線の先では、ファルクがすでに構えを取っていた。無駄がない。力の誇示もない。ただ、殺すための立ち方。
一方で。
「くく……」
オセロスは二人の間に割って入るでもなく、楽しそうに後退しながら瓶を指で弾いていた。
「いい配置だねぇ。前は力、後ろは毒。理想的だ」
「喋るな」
アリウムが、低く言い放つ。
「この距離だ。貴様に好き勝手させるつもりはない」
次の瞬間、ミリアが消えた。
「黒龍脚!」
地面を踏み砕く音と同時に、黒炎を纏った蹴りが、ファルクへ一直線に叩き込まれる。
だが。ファルクは、一歩も退かない。
腕を交差させ、正面から受け止めた。
「……重いな」
衝撃波が、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。黒炎が絡みつき、装甲のような魔力防御を焦がしていく。
ミリアは着地と同時に、間合いを詰めた。
「炎装突破!」
黒炎が全身を覆う。防御ではない。突破前提の加速。
ファルクの懐に、強引に踏み込む。
だが、その拳が振り抜かれる前に。
「甘い」
ファルクの左掌が、ミリアの胸元に突き出される。
激突。だが、吹き飛んだのはファルクの方だった。
「っ……!」
ミリアの体表を覆う黒炎が、衝撃を相殺し、そのまま押し切ったのだ。
その隙を、アリウムは見逃さない。
「百烈突!!」
槍が、分裂したかのように見えた。
一突き、二突き、十、五十、百。
連続突きが、ファルクの防御を削り、魔力の膜に無数の亀裂を走らせる。
ファルクが、初めて後退した。
その背後。
「おっとぉ」
オセロスが、指を鳴らす。地面に転がっていた瓶が、割れた。紫色の煙が、一気に広がる。
「吸ったら終わりだよ」
「させるか!」
アリウムが即座に踏み込み、槍を横薙ぎに振るう。
「鬼薙!!」
鬼の名を冠する一閃が、煙ごとオセロスを薙ぎ払った。
「うわっ、乱暴だなぁ!」
オセロスは後方へ跳び、紙一重で避ける。だが、煙は完全に散らされた。
その瞬間。
「今だ!」
ミリアが、全身の黒炎を一点に集束させる。
拳。黒炎が、龍の咆哮のように渦巻いた。
「黒炎崩壊拳!!」
叩き込まれた連撃が、ファルクの防御を砕いた。魔力が爆散し、地面が陥没する。ファルクの体が、数メートル吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「……なるほど」
瓦礫の中から、ファルクが立ち上がる。息は荒い。だが、目は死んでいない。
「二人がかりで、ようやくか」
「違う」
アリウムが、槍を構える。
「まだ、始まったばかりだ」
オセロスは、その光景を見て、心底楽しそうに笑った。
「あはは……最高だよ」
指先で、新しい瓶を取り出す。
「力と力。意志と意志。そこに毒を一滴――」
ミリアの黒炎が、再び燃え上がる。
「次で、終わらせる」
二つの意志と、二つの狂気が同時に高まった。
ミリアの感情と完全に同調した黒炎が、もはや炎ではなく獄と化している。
「……許さない」
低い声。だが、その奥には、もはや揺らぎはない。
拳を握った瞬間、黒炎龍が吼えた。
『行きなさい』
踏み込み。
「獄炎拳!!」
空気が裂けた。防御も、技も、読みも関係ない。ただ叩き込むためだけの一撃。
ファルクの魔力障壁が、音もなく砕け散る。
否、砕けたのではない。無視された。
拳はそのまま、ファルクの腹部を、貫いた。
「……っ……」
短い呼吸音。
背中側へ、黒炎が突き抜ける。遅れて、血が噴き出した。ファルクの膝が崩れる。誰の目にも明らかだった。
致命傷。
「……見事だ」
それが、ファルクの最後の言葉だった。
崩れ落ちる身体。
その刹那。
「あぁ、最高だ……!!」
狂喜の声。
オセロスだった。倒れゆくファルクの身体に、抱きつくように腕を伸ばす。
「死体ごと、だぁぁぁっ!!」
瓶が、すべて割れた。
紫、黒、翠色の違う毒が混ざり合い、災厄の霧となって炸裂する。
「ミリア!!」
アリウムの叫び。
だが、避けるには近すぎた。毒霧が、ミリアを包む。喉が焼ける。視界が歪む。四肢が痺れ、力が抜ける。
「……っ……!」
だが、黒炎が即座に反応した。ミリアの体表を覆う黒炎が、内側へと収束し、毒を焼く。
浄化。数多の死線を乗り越えたミリアならではの、強引で、乱暴で、命を削る方法。
死は、回避された。
しかし。膝が、落ちた。
黒炎が、消える。ミリアは、その場に崩れ落ち、動かなくなる。
「……あ?」
オセロスが、目を見開く。
「死んでない……? でも、動けない……?」
その瞬間だった。
「貴様は」
低く、冷え切った声。アリウムが、槍を構えていた。
「俺が殺す」
全身の投擲。槍は一直線に飛ぶ。
「……え?」
オセロスの間の抜けた声。
次の瞬間、槍は頭部を貫通。後頭部から血と脳漿が弾け、オセロスの身体が、糸の切れた人形のように倒れた。
声も、悲鳴も、もう出ない。
完全撃破。静寂が、訪れた。
瓦礫の中で、ファルクの亡骸と、オセロスの死体が横たわる。アリウムは、すぐにミリアの元へ駆け寄った。
「ミリア!」
呼吸はある。脈も、弱いが確かだ。
「……生きている」
安堵と、怒りが、同時に胸を満たす。アリウムは、立ち上がり、施設を睨んだ。
個室持ち二名、撃破。だが。
「終わりじゃないな」
光神教団の中枢は、まだ奥にある。そして、街は、風翔国は、まだ救われていない。
戦いは、確実に次の段階へ進んでいた。




