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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 風翔国奪還戦
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第二十三話 黒炎と槍、迎撃者と毒

 施設前の広場。


 倒れ伏す兵士と、瓦礫と、まだ消えきらない毒の匂い。その中心で、四つの気配が正面からぶつかり合っていた。


 ミリアが一歩踏み出した、その瞬間。


 ――内側から、低い声が響く。


『あのファルクと言う男、気をつけなさい』


 黒炎が、僅かにざわめいた。


『魔力が高い。それなり、ではない。かなりだ』


「……わかってる」


 ミリアは小さく息を吐く。視線の先では、ファルクがすでに構えを取っていた。無駄がない。力の誇示もない。ただ、殺すための立ち方。


 一方で。


「くく……」


 オセロスは二人の間に割って入るでもなく、楽しそうに後退しながら瓶を指で弾いていた。


「いい配置だねぇ。前は力、後ろは毒。理想的だ」


「喋るな」


 アリウムが、低く言い放つ。


「この距離だ。貴様に好き勝手させるつもりはない」


 次の瞬間、ミリアが消えた。


「黒龍脚!」


 地面を踏み砕く音と同時に、黒炎を纏った蹴りが、ファルクへ一直線に叩き込まれる。


 だが。ファルクは、一歩も退かない。

 腕を交差させ、正面から受け止めた。


「……重いな」


 衝撃波が、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。黒炎が絡みつき、装甲のような魔力防御を焦がしていく。


 ミリアは着地と同時に、間合いを詰めた。


「炎装突破!」


 黒炎が全身を覆う。防御ではない。突破前提の加速。


 ファルクの懐に、強引に踏み込む。

 だが、その拳が振り抜かれる前に。


「甘い」


 ファルクの左掌が、ミリアの胸元に突き出される。

 激突。だが、吹き飛んだのはファルクの方だった。


「っ……!」


 ミリアの体表を覆う黒炎が、衝撃を相殺し、そのまま押し切ったのだ。


 その隙を、アリウムは見逃さない。


「百烈突!!」


 槍が、分裂したかのように見えた。


 一突き、二突き、十、五十、百。


 連続突きが、ファルクの防御を削り、魔力の膜に無数の亀裂を走らせる。


 ファルクが、初めて後退した。


 その背後。


「おっとぉ」


 オセロスが、指を鳴らす。地面に転がっていた瓶が、割れた。紫色の煙が、一気に広がる。


「吸ったら終わりだよ」


「させるか!」


 アリウムが即座に踏み込み、槍を横薙ぎに振るう。


鬼薙おになぎ!!」


 鬼の名を冠する一閃が、煙ごとオセロスを薙ぎ払った。


「うわっ、乱暴だなぁ!」


 オセロスは後方へ跳び、紙一重で避ける。だが、煙は完全に散らされた。


 その瞬間。


「今だ!」


 ミリアが、全身の黒炎を一点に集束させる。

 拳。黒炎が、龍の咆哮のように渦巻いた。


「黒炎崩壊拳!!」


 叩き込まれた連撃が、ファルクの防御を砕いた。魔力が爆散し、地面が陥没する。ファルクの体が、数メートル吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「……なるほど」


 瓦礫の中から、ファルクが立ち上がる。息は荒い。だが、目は死んでいない。


「二人がかりで、ようやくか」


「違う」


 アリウムが、槍を構える。


「まだ、始まったばかりだ」


 オセロスは、その光景を見て、心底楽しそうに笑った。


「あはは……最高だよ」


 指先で、新しい瓶を取り出す。


「力と力。意志と意志。そこに毒を一滴――」


 ミリアの黒炎が、再び燃え上がる。


「次で、終わらせる」


 二つの意志と、二つの狂気が同時に高まった。


 ミリアの感情と完全に同調した黒炎が、もはや炎ではなく獄と化している。


「……許さない」


 低い声。だが、その奥には、もはや揺らぎはない。

 拳を握った瞬間、黒炎龍が吼えた。


『行きなさい』


 踏み込み。


「獄炎拳!!」


 空気が裂けた。防御も、技も、読みも関係ない。ただ叩き込むためだけの一撃。


 ファルクの魔力障壁が、音もなく砕け散る。

 否、砕けたのではない。無視された。


 拳はそのまま、ファルクの腹部を、貫いた。


「……っ……」


 短い呼吸音。


 背中側へ、黒炎が突き抜ける。遅れて、血が噴き出した。ファルクの膝が崩れる。誰の目にも明らかだった。


 致命傷。


「……見事だ」


 それが、ファルクの最後の言葉だった。


 崩れ落ちる身体。


 その刹那。


「あぁ、最高だ……!!」


 狂喜の声。


 オセロスだった。倒れゆくファルクの身体に、抱きつくように腕を伸ばす。


「死体ごと、だぁぁぁっ!!」


 瓶が、すべて割れた。


 紫、黒、翠色の違う毒が混ざり合い、災厄の霧となって炸裂する。


「ミリア!!」


 アリウムの叫び。


 だが、避けるには近すぎた。毒霧が、ミリアを包む。喉が焼ける。視界が歪む。四肢が痺れ、力が抜ける。


「……っ……!」


 だが、黒炎が即座に反応した。ミリアの体表を覆う黒炎が、内側へと収束し、毒を焼く。


 浄化。数多の死線を乗り越えたミリアならではの、強引で、乱暴で、命を削る方法。


 死は、回避された。


 しかし。膝が、落ちた。

 黒炎が、消える。ミリアは、その場に崩れ落ち、動かなくなる。


「……あ?」


 オセロスが、目を見開く。


「死んでない……? でも、動けない……?」


 その瞬間だった。


「貴様は」


 低く、冷え切った声。アリウムが、槍を構えていた。


「俺が殺す」


 全身の投擲。槍は一直線に飛ぶ。


「……え?」


 オセロスの間の抜けた声。


 次の瞬間、槍は頭部を貫通。後頭部から血と脳漿が弾け、オセロスの身体が、糸の切れた人形のように倒れた。


 声も、悲鳴も、もう出ない。

 完全撃破。静寂が、訪れた。


 瓦礫の中で、ファルクの亡骸と、オセロスの死体が横たわる。アリウムは、すぐにミリアの元へ駆け寄った。


「ミリア!」


 呼吸はある。脈も、弱いが確かだ。


「……生きている」


 安堵と、怒りが、同時に胸を満たす。アリウムは、立ち上がり、施設を睨んだ。


 個室持ち二名、撃破。だが。


「終わりじゃないな」


 光神教団の中枢は、まだ奥にある。そして、街は、風翔国は、まだ救われていない。


 戦いは、確実に次の段階へ進んでいた。

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