表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 暗月の覇王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/86

第八話 旅の途中

 炎龍国の中心都市、炎龍城下町。


 そこを目指し、ミリアとジャックは街道を進んでいた。背負い袋の中には、紅蓮町の人々が分けてくれた食料。わずかだが、旅を続けるには十分な資金。


 見送るときに向けられた、あの視線。

 感謝と、不安と、期待が混じった目。


 ――戻れなくなったんだな。


 ミリアは、歩きながらそう思っていた。


 日が落ちる頃、二人は小さな村に辿り着く。

 石と木でできた簡素な家々。煙突から、細く立ちのぼる煙。


「今日は、ここで泊まろう」


 ジャックの言葉に、ミリアは頷いた。


 宿は一軒だけだった。古いが、清潔そうな建物。


 兄妹であることを告げると、宿主は少しだけ驚いた顔をしてから、頷く。


「部屋は一つでいいね。節約になるだろ」


「はい」


 鍵を受け取ると、宿主は木桶を二つ運んできた。

 中には、湯気の立つ湯。


 それと、畳まれたタオル。


「風呂はないが……これで体を拭くといい」


「ありがとうございます」


 部屋に入ると、簡素な寝台が二つ。小さな窓から、夜の気配が流れ込んでくる。


 ジャックは桶を置くと、軽く背を向けた。


「ミリア、先に済ませろ」


「え……」


「俺、外ぶらついてくる」


 それだけ言って、ジャックは部屋を出た。


 ミリアは、しばらく扉を見つめてから、桶に視線を落とす。タオルを湯に浸し、絞る。温かさが、指先にじんわりと伝わった。


 身体を拭くたびに、今日までの疲れが少しずつ溶けていく。血と煙の匂いが、ようやく薄れていった。


 ――生きてる。

 それだけで、今は十分だった。


 一方、ジャックは夜の村を歩いていた。

 街灯は少ない。そのぶん、空がよく見える。


「……すげぇな」


 思わず、足を止める。


 雲ひとつない夜空。

 無数の星が、手を伸ばせば掴めそうなほど近い。


 戦いのあとだというのに。

 世界は、何事もなかったかのように静かだった。


 少しだけ、時間を潰す。

 深呼吸をして、気持ちを整える。


 やがて、ジャックは宿へ戻った。


 ――コン、コン。


「ミリア、俺だ」


 扉が開く。


「もういいよ」


「ありがと」


 ジャックは桶を手に取り、入れ替わるように部屋に入る。用を済ませて戻ると、ミリアは寝台に腰掛けていた。


 ジャックは、何気ない調子で言う。


「なぁ、外」


「うん?」


「星がすげー綺麗だったぜ」


 ミリアは、少しだけ微笑んだ。


「……見たかったな」


「明日も晴れてりゃ、見れるさ」


 それだけの会話。けれど、その静けさが、今は何よりも救いだった。


 翌朝。


 木製の机に並べられた、質素な朝食。

 温かいスープと硬めのパン。

 それでも、身体に染みる。


 二人が食べているのを見ながら、宿主は腕を組んだ。


「……あんたら、旅人だろ」


「はい」


 ミリアが答える。


「どこから来た?」


「火花村です」

「それから、紅蓮町を通って……ここへ」


 宿主の眉が、ぴくりと動いた。


「火花村……」


 短く、息を吐く。


「あそこは……まだ、大丈夫なのか?」


 ミリアは、一瞬だけ言葉を選んだ。


「……平和でした。少なくとも、私たちが出るまでは」


「そうか……」


 宿主は、少しだけ安堵したように頷く。

 そして、視線を二人に戻した。


「で、次はどこへ行くつもりだ?」


 ミリアとジャックは、顔を見合わせる。


「城下町です」


 その言葉が落ちた瞬間。


 宿主の顔色が、はっきりと変わった。


「……炎龍城下町か」


 声が、低くなる。


「命が惜しけりゃ、やめとけ」


 場の空気が、張り詰めた。


「あそこはもう、昔の城下町じゃねぇ。暗月軍の連中がうろついてる。噂じゃ……」


 そこで、宿主は言葉を切った。


「……いや、やめとこう。聞かなくていい」


 ジャックは、パンを置き、立ち上がった。


「心配してくれて、ありがとな。おっちゃん」


 穏やかな声だった。


「でもさ」


 真っ直ぐに、宿主を見る。


「俺たちは、行かなくちゃいけないんだ」


 宿主は、しばらく二人を見つめていた。


 やがて、諦めたように肩を落とす。


「……若いってのは、怖ぇな」


 小さく笑い、布袋を差し出した。


「干し肉だ。少しだが、足しにしな」


「ありがとうございます」


 宿の外へ出ると、朝の空気が澄んでいる。


 宿主は、戸口に立ったまま言った。


「無事でいろ……生きて、帰ってこい」


 ミリアは、深く頭を下げた。


「はい」


 ジャックは軽く手を振る。


「世話になった!」


 二人は並んで、街道へ踏み出す。

 背後で、宿の扉が静かに閉じられた。


 前方に続く道の先。

 そこにあるのは、炎龍城下町。


 そして、避けられぬ運命。

 兄妹は、迷いなく歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ