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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 風翔国奪還戦

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第二十二話 個室持ち、現る

 光神教団の施設が、はっきりと視界に入った頃。


 水明国の兵士たちは、すでに半数ほどまで削られていた。


 毒に侵され、動かなくなった者。

 まだ立ってはいるが、顔色の悪い者。

 呼吸の浅さを隠そうと、歯を食いしばって歩く者。


 それでも、隊列は崩れていない。それが、なおさらこの街の異常さを際立たせていた。


「あっ!!」


 エリオが、施設の外壁に立つ人影を見つけ、声を張り上げた。


「みんな、あいつに近づくな!!あいつは……教団屈指のサイコ野郎だ!!」


 指差した先。


 白い壁の影で、毒瓶を弄ぶ男。


「オセロスだ! 毒に気をつけて!!」


 その声に応えるように、オセロスが、ゆっくりとこちらを振り返った。


 そしてニタリ、と。

 不快なほど楽しげな笑みを浮かべた。


「……あぁ」


 細い喉から、甘ったるい声が零れる。


「生きていたんだね、エリオ」


 視線が、隣に立つ青年へと滑る。


「それに……ルシオも」


 肩をすくめ、小瓶を一本、指先で弾いた。


「裏切りの罰としてさ。とびっきり苦しい毒を、特別に投与してあげるよ」


 その言葉に。空気が、爆ぜた。


「貴様ァァァッ!!」


 アリウムが、理性を焼き切るように怒号を放つ。


「よくも……よくも我が仲間たちを!!」


 一歩踏み出そうとした、その瞬間。


 黒い炎が、先に走った。


 ミリアだった。感情を抑える素振りもない。ただ、撃つべき敵を撃つ。


 凝縮された黒炎弾が、一直線にオセロスへ――

 向かわなかった。


 横合いから、別の影が割り込む。白い施設の正面扉が、きぃ……と軋む音を立てて開いた。


 現れた男は、片手を前に出す。


 左手のひら。そこに、黒炎弾が吸い込まれるように収束し、爆ぜた。低い爆音、だが男は一歩も動かない。


 黒炎は、左手のひらで、完全に殺されていた。


「……ほう」


 低く、落ち着いた声。


「これが、黒炎か」


 視線が、ミリアを正面から射抜く。

 長身。無駄のない筋肉。

 無表情だが、その奥に確かな闘志がある。


 個室持ち。


「ファルク……!」


 ルシオが、息を呑んで名を呼んだ。


「気をつけてください、アイツの魔力は、桁外れです!!」


 ファルクは、ゆっくりと左手を下ろし、焦げ跡ひとつない掌を見せる。その視線が、完全にミリアへ固定される。


「ここから先は、毒遊びではない」


 オセロスが、肩をすくめて笑った。


「やれやれ、主役を取られたかな。まぁいいや。どうせ、みんな死ぬし」


 ミリアは、一歩前に出た。黒炎が、静かに、しかし確実に膨れ上がる。


 ファルクは、口元だけをわずかに歪めた。


「それでいい」


 ミリアとファルクが睨み合う、その刹那。

 背後の空気が、わずかに歪んだ。


 気配が薄い。殺意だけが、針のように鋭い。


 反応したのはミリアでも、アリウムでもなかった。


「……遅ぇよ」


 ジャックだった。振り向きざま、懐に手を入れる。

 躊躇はない。


 乾いた金属音が、石畳に弾けた。

 投擲された六角の鉄片が、空を切り裂き、背後の影を正確に貫く。


「……っ!?」


 声にならない悲鳴。建物の壁に張り付いていた暗殺者が、胸元を押さえ、そのまま崩れ落ちた。

 仮面の奥から、血と泡が漏れる。


 即死ではない。だが、もう戦えない。


 ジャックは、倒れた影に一瞥もくれず、声を張り上げた。


「ルシオ! エリオ!!」


 二人が、即座に反応する。


「周りの奴らに目を光らせろ!!正面だけ見てたら、死ぬぞ!!」


「了解!」


「任せてください!」


 三人は、自然と距離を取り合い、背中を預ける形で散開した。見るべきは、教団施設ではない。


 街だ。


 通りを歩く女。

 物陰で祈る老人。

 家の前で俯く子供。


 その中に、混じっている。


「……いた」


 ルシオが、低く呟いた。


 歩調が、わずかに合っていない。視線だけが、常に兵士の喉元を追っている。


「二時方向、露店の影!」


 エリオが叫ぶ。


 同時に、男が袖を翻した。


 毒針。


 だが、ルシオの短刀が、寸前でそれを弾き落とす。


「ちっ……!」


 男は舌打ちし、人波へ逃げ込もうとした。


 逃がさない。


 ジャックの六角が、二つ、三つと宙を舞う。


 肩。

 腿。

 足首。


 正確に、動きを奪う位置だけを撃ち抜いた。


「ぐっ……!」


 男は倒れ、人混みに踏み潰されるように消えていく。だが、終わりではない。


「次、来るぞ!」


 エリオの声が、切迫する。


 二階の窓。

 屋根の上。

 路地の奥。


 視線を向けるたび、誰かがいる。


「……くそっ」


 ルシオは歯を食いしばった。


「こいつら、街そのものだ……!」


 信者たちは戦わない。正面には立たない。

 ただ、街に溶け込み、呼吸するように殺す。


 その中心で。


 オセロスは、楽しそうに光景を眺めていた。


「いいねぇ……」


 指先で、新しい毒瓶を転がす。


「疑心暗鬼。最高だよ」


 その視線の先。ミリアとアリウムは、前線で踏みとどまり続けている。


 挟撃。

 毒。

 暗殺。


 すべてを受けながら、なお前へ進む意志。


 ファルクが、ゆっくりと構えを取った。


「黒炎龍だか知らんが、一瞬でケリをつけてやる」


 視線は、ミリアから逸らさない。黒炎が、再び強く揺れる。


 街は、完全に二つに割れていた。


 闇に溶ける狂信と、正面から踏み砕く覚悟。


 次に動く者が、この戦場の流れを決める。

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