第十四話 交錯
火花と黒炎、そして鋼の衝突音が、村外れに響き渡っていた。
ゴリガンと、ミリア、ジャック。
三つの影が交錯するたび、地面が抉れ、空気が裂ける。
ジャックの剣が唸りを上げる。踏み込みは鋭く、間合いの取り方も、かつてとは比べものにならないほど洗練されていた。
ミリアの黒炎が、連携するように走る。牽制ではない。殺しにいく炎だ。
二人は、明らかに強くなっていた。
それでも。
「……チッ」
ゴリガンは、避ける。受ける。弾く。
致命の一撃を、ことごとく許さない。
その姿に、ミリアの脳裏をよぎるものがあった。
(……エンリケ)
かつて風翔国で立ちはだかった、最強の機械兵。
理不尽な耐久と殺意で、戦場を蹂躙した怪物。
あれと、同じ。
人の形をしていながら、戦いの理屈が違う。
一方で、ゴリガンも内心では舌打ちしていた。
(……クソ)
確実に、強くなっている。
剣も、炎も、読みが甘くない。
(このままやり合えば……)
無傷では、済まない。
ゴリガンは一気に距離を取り、後方へ跳ぶ。
ミリアとジャックも、それ以上は追わず、同じように間合いを空けた。
三者が、睨み合う。
張り詰めた沈黙。
そのときだった。
「手紙を!!」
場違いな叫び声が、割って入った。
「玄武様からの推薦状を、返せ!!」
叫んだのは、エリオだった。血に汚れた白装束のまま、必死の形相で前に出る。
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
間の抜けた声を出したのは、ジャックだった。
「なんだそりゃ?」
本気で分からない、という顔。敵を前にした演技には、見えない。
そのリアクションを見た瞬間。
(……あ?)
ゴリガンの中で、何かが噛み合わなくなる。
(こいつ……本当に、知らねえ)
演技ではない。
芝居でもない。
(どういうことだ……?)
ゴリガンは、視線をミリアに向けた。
「おい」
低い声。
「お前ら、何しにここに来やがった」
一瞬の間。ミリアは、真っ直ぐに答えた。
「ルシオという者を」
黒炎を纏ったまま、迷いなく。
「あなた達から、守りに来ました」
その言葉で、点が線になる。
(……なるほどな)
ルシオがこの村にいる確信。
だが、手紙の話を知らない。
つまり。
(手紙は、渡っていない)
無くしたか。あるいは、封印が解けずに読めなかったか。
いずれにせよ、教団の機密は敵には渡っていない。
胸の奥で、重石が一つ外れる。
(なら、優先度は下がる)
ゴリガンは、即座に判断した。
ルシオは、後でいい。今ここで、黒炎龍と剣士を相手取るリスクの方が、明らかに高い。
ゴリガンは、ふっと肩の力を抜いた。
「……興醒めだな」
踵を返す。
「ルシオは、今度殺せばいい」
そう言って、背を向けた。
「おい、待て!!」
エリオが叫ぶ。
「黒炎龍!! ここで倒す!!」
躍起になって前に出ようとするエリオを、ゴリガンは一切振り返らない。
ただ一言。
「……勝手にしろ」
それだけを残し、歩き出す。
ミリアとジャックは、追わなかった。
今、追えば確実に戦闘は再開する。
(目的は果たした)
ルシオは守った。機密も渡っていない。
ゴリガンの背中が、闇に溶けていく。
エリオだけが、その場に立ち尽くしていた。
怒りと焦りと、理解できない現実に、歯を食いしばりながら。
村には、再び静寂が戻る。
ゴリガンの背が闇に消えた、その直後だった。
「……クソがぁぁ!!」
エリオの理性が、完全に弾け飛ぶ。
腰から短刀を抜き放ち、叫び声と共にミリアへ突っ込んだ。目は血走り、動きは荒い。ただの八つ当たり。勝算も、冷静さもない。
だが、ミリアは一歩も動かなかった。
黒炎も展開しない。視線すら、わずかに向けるだけ。
その理由は、ただ一つ。
彼女の前には、兄がいる。
「……はぁ」
小さく、呆れたような溜め息。ジャックは、剣に伸ばしかけた手を止めた。そして、あっさりと鞘に戻す。
「刃、要らねえな」
次の瞬間。
「がっ!?」
エリオの身体が、宙を舞った。腹部への、正確で容赦のない一撃。蹴り飛ばされたエリオは地面を転がり、短刀を取り落とす。起き上がろうとした瞬間には、もう遅かった。
「動くな」
背中に膝。腕を捻り上げ、体重をかける。
抵抗は、数秒で終わった。
「……っ、ぐ……!」
「はい、終了」
ジャックは手際よく縄を取り出し、エリオを縛り上げる。最も容易く、最も確実な制圧。
ミリアは、ようやく一歩だけ前に出て、冷たい視線を落とした。
「……あなた、もう終わってる」
それだけ言い、興味を失ったように背を向けた。
一方。
村外れの騒ぎが収まり、静けさが戻った頃。バルサロは、診療所へと戻ってきていた。
扉を開けた瞬間、目に入る光景。
「……やられたか」
床板。粉々に砕かれた、地下室への扉。
だが、彼は慌てなかった。
「ふん……」
小さく鼻を鳴らすと、そのまま中へ入る。地下室へ降り、荒らされた寝台と棚を一瞥するだけ。
「……ここまでは、想定内だ」
バルサロは、壁際へ向かい、石畳の一枚に手をかけた。
――ギィ……。
鈍い音と共に、石が外れる。
その下。さらに隠された、狭い縦穴。
即席の地下ではない。本当に隠すためだけに作られた、もう一つ下の空間。
「……ここまでは、見つけられなかったようだな」
ランプを掲げ、降りていく。
ひんやりとした空気。
静寂。
そして。
「……先生」
掠れた声が、闇の奥から返ってきた。
ランプの光が照らした先。簡素な寝台に、包帯を巻いた少年が横たわっている。
ルシオ。
顔色はまだ悪いが、呼吸は安定している。
確かに、生きていた。
「……無事か」
バルサロは、胸の奥で、ようやく息を吐いた。
「全部、想定通りとは言わんがな」
少年の額に手を当て、熱を確かめる。
「……だが、生き延びた。それでいい」
地上では、因縁が交錯し、怪物が去った。
そして地下深くでは、一つの命が、確かに守られていた。
まだ夜は、終わらない。
だが、この夜ルシオは生き残った。




