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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 暗月の覇王

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第七話 焼け跡に残ったもの

 キルは、ゆっくりと視線を上げた。


 焼け落ちたヘルの亡骸。

 漂う焦げた匂い。

 そして、まだ立っているレイア。


「……ふふ」


 キルが、笑った。


 レイアは歯を食いしばり、鉄棒を握り直す。

 もう腕は上がらない。脚も震えている。

 それでも、一歩踏み込んだ。


 最後の一撃。


 全身の残りすべてを込め、鉄棒を振り抜く。


 だが、キルはあまりにも簡単にそれをいなした。


 金属が空を切る。

 次の瞬間、腹部に衝撃。


「……っ!」


 蹴り。


 ただそれだけで、レイアの身体は宙を舞った。

 地面を転がり、壁に叩きつけられる。


 鉄棒が、乾いた音を立てて転がった。


「おもしれぇ」


 キルが、心底楽しそうに言う。


「やってやるよ」


 その視線が、ミリアを捉えた。


 黒炎の少女。


 一歩、こちらへ踏み出す。


 ミリアの喉が、ひくりと鳴った。

 身体が竦む。

 さっきまでの勢いが、嘘のように消えていく。


 一方。


 その場に固まっていた、二人。


 ジャックとゴリガン。


 先に、我に返ったのは――ジャックだった。


「……っざけんな……!」


 踏み込む。

 腰を捻り、体重を乗せる。


 渾身の右。


 拳が、ゴリガンの顔面を真正面から貫いた。


「いってぇぇぇぇ!!」


 ゴリガンが悲鳴を上げ、よろめく。

 鼻血を撒き散らしながら、後ずさる。


「クソガキ……! 覚えとけよ!!」


 捨て台詞を吐き、無様に背を向ける。

 そのまま、広場の外へ逃げていった。


 残されたのは。


 倒れたレイア。

 息を呑むミリア。

 拳を震わせるジャック。


 そして――


 ゆっくりと距離を詰める、キル。


「さぁ」


 キルが、口角を吊り上げる。


「次は、お前だ」


 黒炎龍が、ミリアの胸の奥で低く笑った。


『選びなさい』


 キルが距離を詰める。


 その気配に、ミリアは反射的に両手を突き出した。


 黒が、弾ける。


 圧縮された闇、黒炎弾。


 だが。


 キルの身体が、紙一重で消えた。


 黒炎弾は虚空を穿ち、背後の石壁を抉る。


「当たらなけりゃ、どうってことねぇ」


 嘲るような声。


 次の瞬間、左腕のアームブレードが唸りを上げた。

 銀色の刃が、一直線にミリアの首元へ迫る。


 ――速い。だが、ミリアは棒立ちではなかった。


 ジャックほどではない。

 だが、幼い頃から父に叩き込まれた、基礎の格闘。


 身体が、沈む。


 ダッキング。


 刃が、髪を掠めて通り過ぎた。


「……っ!」


 かわすと同時。


 右の拳に、黒が纏わりつく。

 炎ではない。闇でもない。

 破壊だけを宿す、漆黒。


『黒炎拳』


 あの時。

 ザンマを葬った、あの一撃。


 ミリアの拳が、キルの胸元へ突き出される。


 だが。


 甲高い音。


 キルは右腕を差し出していた。

 アームブレードで、真正面から受け止める。


 刹那。


 砕けた。


 黒炎に焼かれ、金属が悲鳴を上げて弾け飛ぶ。

 右腕のアームブレードは、完全に破壊された。


「……ちっ」


 しかし、キルは止まらない。


 反動を利用し、後方へ跳ぶ。

 地面に着地すると同時に、距離を取る。


 ミリアは息を切らしていた。

 拳が、まだ黒く燻っている。


「メスのガキだと思って、油断した」


 キルが、忌々しげに吐き捨てる。


「黒炎の力に加え……格闘の心得があんだな」


 その視線が、レイアとジャックを一瞬だけ舐める。

 そして、踵を返した。


「今日は、ここまでだ」


 背を向けながら、言い放つ。


「炎龍城で待つ」


 次の瞬間。


 キルの姿が、闇に溶けるように消えた。

 残された広場に、重たい沈黙が落ちる。


 ミリアは、ゆっくりと拳を下ろした。

 震えは、もう止まっていない。


 勝ったわけではない。

 ただ、生き延びただけだ。


 黒炎龍の声が、静かに響く。


『よくやった。だが、覚えておけ。奴は退いたのではない。次を選んだだけだ』


 炎龍城。


 そこが、避けられぬ戦場になる。

 ミリアは、焼け落ちた空を見上げた。


 戦争は、確実に本物になっていた。


 戦いが終わったあと、広場はしばらく誰も動けなかった。


 最初に動いたのは、町の人々だった。


「生きてる……!」

「ガイツさん……!」


 恐る恐る、だが確かな足取りで近づいてくる。

 瓦礫の中のガイツを見つけると、すぐに数人が駆け寄った。


「担架を!」

「医者を呼べ!」


 ガイツは咳き込みながら、苦笑した。


「……大げさだな」


 全身に打撲はある。だが、骨は折れていない。

 頑丈な身体が、命を守っていた。


「軽症だ。休めば動ける」


 医者がそう告げると、周囲から安堵の息が漏れた。


 一方、レイアは動かなかった。壁際に横たえられた彼女の身体は、血に濡れ、意識も薄い。呼吸はあるが、浅く不安定だ。


「……ひどいわ」


 医者が眉を寄せる。


「出血と内臓への衝撃が大きい。命に別状はないけれど……」


「……しばらく、入院が必要ですね」


 鉄棒は、静かに彼女の傍らに置かれた。


 町の人々は、二人を慎重に担架へ乗せる。

 守られてきた者たちが、今度は守る番だった。


 ミリアは、その光景を黙って見つめていた。


 胸の奥で、黒炎がまだ燻っている。 ガイツが担架に運ばれる途中、ミリアは駆け寄った。


「……ガイツさん」


「ん?」


 顔を向けた彼は、まだ苦しそうだが、意識ははっきりしている。


「炎龍城について……教えてください」


 その名を聞いた瞬間、ガイツの表情が硬くなった。


「……炎龍城、か」


 一拍、間があった。


「もう、炎龍国の城じゃない」


 ミリアの心臓が、強く跳ねる。


「暗月軍が落とした、かなり前だ。今は……四天王のトップにして、暗月の覇王の右腕ーー」


 低く、重い声。


「コルドが、支配している」


 町の喧騒が、遠くなる。


 炎龍国の国王。炎帝リグーハンがいるはずの城。


 そこが、敵の手にある。


「……そう、ですか」


 ミリアは、拳を握りしめた。

 キルの言葉が、脳裏に蘇る。


 炎龍城で待つ。


 偶然ではない。最初から、そこへ来いという意味だった。


 担架が、医館へと運ばれていく。


 レイアは眠ったまま。ガイツは歯を食いしばりながら、空を見上げていた。


 ミリアは、静かに呟く。


「……行かなきゃ」


 黒炎龍が、応える。


『運命は、もう城を指している』


 炎龍城。


 そこは、敵の巣であり。

 この戦争の心臓部だった。

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