表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 光神教団の異端者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/132

第十二話 怪物

 血の匂いが、まだ鼻に残っていた。


 山を下り、川から離れた獣道を、二つの影が並んで歩いている。


 エリオと、ゴリガン。


 エリオの白装束は、もはや白とは呼べない。返り血が乾き、斑に染み付いている。

 対してゴリガンは、相変わらずの歩き方だった。肩の力を抜き、どこか気怠げに。


「……しかし、めちゃくちゃだな」


 先に口を開いたのは、ゴリガンだった。


「任務完了だの、失敗だのは置いといてよ。やべーだろ、アイツら殺したの」


 まるで他人事。落ちていた小枝を踏み折るような、軽い調子。


 エリオの足が止まる。振り返り、ゴリガンを睨みつけた。


「……うるさい」


 低く、怒気を孕んだ声。


「貴様も逆らうなら、殺すぞ」


 一瞬。ゴリガンの表情が、消えた。


 卑屈でも、媚びでもない。

 ただの無表情。


「……お前さ」


 声音が、変わる。


「調子に乗るのも、大概にしろよ」


 空気が、ぴたりと張り詰めた。


「俺はこの小隊の長だぞ!!」


 エリオが叫び、拳を振り抜く。

 だが次の瞬間、世界が反転した。


「がっ――!?」


 首を、掴まれていた。

 指が食い込み、呼吸が奪われる。


 そのまま。

 地面へ、叩きつけられた。


 鈍い音。背中から衝撃が走り、肺の空気が一気に吐き出される。


 ゴリガンは、エリオの首を掴んだまま、ゆっくりと体重をかけた。逃げ場はない。視界が暗くなっていく。


「……貴様とはな」


 低く、耳元で囁く。


「潜ってきた修羅場も、舐めた辛酸も、ぜんぜん違うんだよ」


 指の圧が、増す。


「あんまり図に乗ると、殺すぞ」


 その言葉に、冗談は一切なかった。


 ゴリガンは、かつてのゴリガンではない。


 風翔国での戦い。

 ミリアたちとランスが激突したあの戦場で、逃げ延びたゴリガンは、光神教団に捕らえられていた。


 機械兵強化の実験台として。


 失敗作。

 そう呼ばれ、何度も捨てられかけた。


 だが、死ななかった。


 無茶な改造。常人なら即死する処置。

 それらを、天性の異常な生命力で、耐え抜いた。


 結果。失敗作は、完成品を超えた。


 半機械でもない。

 人でも兵器でもない。


 完全体。


 臆病で、卑怯で、生き延びることしか考えていなかった男は、弱さを知り、怖さを知り、そして生き残る術を、骨の髄まで理解していた。


 だからこそ。

 ゴリガンは、化けた。


 圧が、さらに増す。


「っ……! ぐ……!」


 エリオの身体が震える。死の恐怖が、直接、喉元に触れた。


 そして。


 温かい感触が、下半身に広がった。


 失禁。


 その瞬間を、ゴリガンは見逃さなかった。

 ふっと、力を抜く。首を離し、エリオを解放した。


 エリオは咳き込みながら、地面に転がり、惨めに喘ぐ。ゴリガンは立ち上がり、埃を払うように手を叩いた。


「……立てよ」


 見下ろす視線は、冷え切っている。


「村に行くんだろ?」


 一歩、先に歩き出しながら、吐き捨てる。


「これからは、立場を弁えろよ」


 振り返りもせずに、言った。


「小隊長さんよ」


 その背中を、エリオは見上げることしかできなかった。恐怖と屈辱が、血と同じように、体内に染み込んでいく。


 この小隊のボスは誰なのか。

 その答えを、エリオは、身をもって知った。


 二人の歩みは、明らかに遅れていた。


 湖畔での衝突。エリオと信者たちの揉め事。

 無駄に流れた時間は、半日以上。


 それでも、彼らは進んだ。


 川沿いを外れ、獣道を抜け、夕暮れに沈みかけた頃、ようやく目的の村が見えてきた。


 小さな村だった。水明国の辺境。川の恵みにすがるだけの、静かな集落。


 煙が立つ家々。

 畑。

 家畜の鳴き声。


 村外れで足を止めたゴリガンが、ふと振り返る。


「なあ、エリオ」


 軽い口調。だが、視線は鋭い。


「お前は、どう思う?」


 試すような問い。エリオは、一瞬、言葉に詰まった。喉が乾く。


「……」


 無意識に、背筋が伸びる。


「この村に」


 口を開いた瞬間、自分でも分かった。声が、変わっている。


「この村に、匿われている可能性があります」


 自然に、敬語だった。小隊長として、支配する側の言葉ではなかった。


 それは心理的な屈服。先ほど、首を掴まれ、死を突きつけられた記憶が、身体の奥で命令していた。

 ゴリガンは、その変化を、当然のように受け取った。


「へぇ……」


 口元に、歪んだ笑み。


「いいねぇ」


 一歩、村を見渡しながら言う。


「じゃあ、俺の手柄にするなら、教えてやるよ」


 エリオが、息を呑む。


「……?」


 ゴリガンは、顎で示した。


「あの家だ」


 夕暮れの中で、ひときわ目立つ建物。他より少しだけ整っていて、人の出入りが多い家。


「怪しいのは、あそこ」


 エリオの視線が、自然とそこへ向く。看板代わりの木札。簡素な造りの扉。


(……診療所?)


 その瞬間、胸の奥が、ざわついた。


「……あそこは」


 呟くように言う。


「村医者、バルサロの診療所です」


 ゴリガンは、にやりと笑った。


「だろ?」


 まるで、答え合わせをするように。


「人が集まる。怪我人も匿える。外から見れば善人面」


 一歩、踏み出す。


「一番、隠すのに向いてる」


 夕闇が、村を包み始める。

 診療所の窓から、灯りが漏れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ