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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 光神教団の異端者

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第九話 推薦

 清風街・光神教団施設。


 白い石床に、エリオは膝をついていた。

 額を床に近づけ、視線を伏せる。


「……任務、失敗しました」


 短く、はっきりと。報告を受けた玄武は、玉座のような椅子に腰を下ろしたまま、しばらく何も言わなかった。


 怒気はない。咎める気配もない。


「そうか」


 やがて、低く一言。


 エリオの肩が、わずかに強張る。叱責を覚悟していた。だが玄武は立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。


「若い」


 淡々とした声。


「だが、実力は十分だ。迷いも少ない。何より」


 エリオの前に立ち、見下ろす。


「忠誠心がある」


 その言葉に、エリオの胸が熱くなる。

 玄武は続けた。


「前白虎・ランスが死んでから、教団は落ち着かない」


 視線を遠くに向ける。


「白虎の席を巡って、小競り合いが起きている。表には出ていないがな」


 エリオは、息を詰めた。


 白虎。四神の一角。

 教団における、武と粛清の象徴。


「私は、お前を次代の白虎に据えたい」


 はっきりとした言葉。


「その器がある」


 エリオの指が、床に食い込む。


「……身に余る光栄です」


「ならば、応えよ」


 玄武は、視線を鋭くした。


「手紙の中身は、推薦状だ。お前を白虎に推すためのな」


 そして、もう一つ。


「加えて、風翔国制圧の知らせ」


 その言葉に、エリオは顔を上げかけ、すぐに抑えた。


「もし、あのルシオが生きていたら」


 玄武の声が、低く沈む。


「あるいは、死んでいたとしても……第三者が手紙を開いたら?」


 一瞬の沈黙。


()()()()()という言葉が、外に漏れる」


 玄武は、冷静に言った。


「それは、敵を増やす。余計な警戒を生む。教団にとって、不要な混乱だ」


 エリオは、歯を食いしばる。


「……私の不手際です」


「違う」


 玄武は、きっぱりと否定した。


「だからこそ、次がある」


 振り返り、命じる。


「部隊を編成する」


 地図が広げられ、指が一筋の線をなぞる。


「お前と、五人」


 エリオは、静かに頷いた。


「目的は一つ。川に落ちた手紙の回収」


 玄武は、言い切った。


「そして、万が一ルシオが生きていれば、始末せよ。死んでいても、手紙は必ず見つけろ」


 その時。列の中から、一歩前に出る影があった。


 深くフードを被った、白い信者。


 ゴリガン。


 義眼が、かすかに光る。口元が、歪んだ。


「……また、面倒な仕事だな」


 エリオは、その存在を一瞥する。嫌悪はない。信頼もない。ただ、使える駒。


「出立は、すぐだ」


 玄武の声が、部屋に響く。


「私の期待に応えよ、エリオ」


 その言葉を背に、エリオは立ち上がった。

 忠誠を胸に。そして、失われた手紙を取り戻すために。


 川沿いの捜索は、三日目に入っていた。


 水は速く、濁りも強い。

 岩に引っかかった布切れ、血痕、荷の残骸。

 どれも決定打にはならない。


 エリオは先頭に立ち、淡々と指示を飛ばしていた。


「川幅が狭まる地点を重点的に探せ」


「下流へは、二刻ごとに合流確認」


 迷いがない。

 年若いが、判断は正確で、部隊はよく動く。


 三日目の昼過ぎ。


 川に沿って進んだ先に、小さな村が見えた。

 水明国の外れ。漁と薬草で細々と生きる、名もない集落。


「……村か」


 エリオが、視線を走らせる。


「聞き込みを行う。刺激するな」


 村に入ると、空気はひどく静かだった。

 外から来た白装束を見て、住民たちは一瞬だけ動きを止め、すぐに目を逸らす。


「最近、川で人を見なかったか」


「怪我人が流れ着いたという話は?」


 エリオの問いに、村人たちは口を揃える。


「知りません」


「見ていません」


「そんな話は、聞いておりません」


 どれも、丁寧すぎる返答だった。

 それを、ゴリガンは聞いていた。


(……おかしいな)


 彼は、こういう場面を何度も生き延びてきた。

 逃げる側。媚びる側。嘘をつく側。


 だからこそ、わかる。


(これは()()()()じゃねぇ)


 視線が、わずかに泳ぐ。

 答える前に、必ず一瞬、誰かの顔色を窺う。

 沈黙の間合いが、妙に揃っている。


(隠してやがる)


 村の奥。川へ続く小道。

 包帯の匂い、薬草の気配。


 点と点が、頭の中で繋がりかける。


 ゴリガンは、ちらりとエリオを見た。


 若い。

 有能。

 そして、次代の白虎候補。


(……へっ)


 胸の奥で、黒い感情が蠢く。


(俺は、あいつより長く、数多の修羅場を生き延びてきた。逃げて、媚びて、泥を啜ってな)


 それなのに、歳下のガキが命令を出し、評価され、上に行く。


 面白くない。


 だからゴリガンは、何も言わなかった。


 気づかなかったふりをする。知らないふりをする。

 それもまた、彼の得意技だった。


「……情報なし、か」


 エリオは、村を一通り見回し、判断を下す。


「時間をかけすぎた。先へ進む」


 部隊は、村を抜けた。

 誰も振り返らない。


 村人たちは、彼らの背が見えなくなるまで、ただ頭を下げ続けていた。


 ゴリガンだけが、最後に一度川を見た。流れは速く、何も語らない。


(……コイツが失敗した後で、俺の手柄にしてやるぜ)


 その義眼が、かすかに光る。


 こうしてエリオ部隊は、最も近い真実を素通りした。だが、それはルシオが助かったという意味ではない。


 ただ、嵐が一拍、遅れただけだった。

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