第三話 異端
幾つもの山を越え、険しい道を抜けた先。
ついに、光神教団の一行は風翔国の地へと足を踏み入れた。
最初に辿り着いたのは、山の麓にある小さな村だった。石造りの家々が並び、風に晒された畑が広がる、素朴な集落。
しかし、村人たちの態度は、決して友好的とは言えなかった。
「……何の用だ」
「商人か? それとも兵か」
視線は冷たく、言葉も短い。
よそ者に対する警戒心が、はっきりと滲んでいた。
だが、揉め事にはならなかった。百人規模の信者が滞在し、食料や水、簡易宿泊の代金を支払う。
それだけで、村にとっては十分すぎる“収入”だった。
「……金払い、いいな」
「まあ、悪くない客だ」
いつしか、村人たちの態度は露骨に変わっていく。
無愛想だった顔に、営業用の笑みが浮かぶ。
料理が運ばれ、寝床も用意された。
良くも悪くも、金がすべてを解決していた。ルシオは、その光景を少し複雑な気持ちで見つめていた。
(正義とか、信仰とか……結局、ここでも金なんだな)
だが、誰もそのことを口にしなかった。教団の一行は、一夜を村で過ごし、翌朝には再び出発した。
次なる目的地、風翔国の都市・清風街へ。
街道を進むにつれ、風の流れが変わる。
山の冷気とは違う、乾いた空気。
そして、遠くに見える石壁と高い塔。
「……あれが、清風街か」
エリオが呟く。かつて、ここには雷帝国の研究施設が存在していた。
風翔国の中枢に近い、戦略的にも重要な都市。
だが、今や教団では「光神教団の施設があった聖地だ」と教えられている。
隊列の前方で、上層信者が淡々と説明する。
「信者たちは、この地で民を守ろうとした」
信者たちは静かに耳を傾ける。
「だが」
言葉が、一段低くなる。
「風帝と、その側近である戦士エンリケは、光神の導きを拒んだ」
ルシオの胸が、わずかにざわつく。
「結果、彼らは“無慈悲の黒炎”に焼かれた」
空気が張り詰める。
「黒炎龍を宿す者と、その使いが、我らの施設を破壊し、聖なる信者たちを虐殺したのだ」
白い装束の信者たちが、憤りの表情を浮かべる。
「だからこそ、この清風街は――」
上層信者は、力を込めて言い切った。
「我らが再び正義を取り戻すべき場所なのだ」
エリオは拳を握りしめていた。
「許せない……」
「光神の名のもとに、裁きを……」
祈りの言葉が、隊列の中に広がっていく。だが、ルシオの胸の奥には、別の感情が渦巻いていた。
(本当に……そうだったのか?)
風帝とエンリケ。
信者を守ろうとした存在。
そして、無慈悲に焼かれた被害者。
教団の教えでは、そう語られている。
だが、これまでルシオが見てきた“正義”は、必ずしも純粋なものではなかった。
清風街の城壁が、次第に近づいてくる。
風が、強く吹き抜ける。
その先で待つのは、導きか。
それとも新たな裁きか。
ルシオは、静かに息を吐き、街を見つめていた。
清風街の内部へと足を踏み入れる。
石畳の道。かつて人で賑わっていたであろう通りは、今はどこか空気が重い。
店は半分以上が閉じられ、開いている店の奥からも、こちらを窺う視線が刺さっていた。
一行は、街の中心部。
かつて光神教団の施設があったとされる跡地へと向かう。
瓦礫だけが残り、白い石材は黒く焦げ、崩れ落ちている。ここが無慈悲の黒炎に焼かれた場所だと、教えられてきた。
その時。
「おい……お前たち、何者だ」
街路の脇から、二人組の男が声を上げた。
痩せた体躯。風に晒された服。
労働者か、元兵か。判断のつかない風貌。
「こんな大人数で……」
男の一人が、隊列の白い装束を見て、顔色を変える。
「まさか……雷帝国の――」
そこまで言った瞬間。どすり、と重い足音が響いた。
玄武が、一歩前に出る。
短く、しかし絶対の力を持つ声。
「異端だ」
一瞬の間。
「とらえろ」
命令は、それだけだった。
白装束の信者たちが、一斉に動く。
抵抗する暇もなく、二人組は腕を捻じ上げられ、地面に押さえつけられた。
「な、なにを――!」
「離せ!」
叫びは、誰の耳にも届かない。
玄武は視線を巡らし、名を呼ぶ。
「ルシオ」
「エリオ」
心臓が、跳ねた。
「……はい」
「お前たちも来い」
さらに数名の信者が指名される。
六人。
拘束された街の人間二人を連れ、玄武は街外れの廃屋へと向かった。
かつては倉庫か、住居だったのだろう。
壁は崩れ、屋根も半分落ちている。
扉を閉めると、外の喧騒は嘘のように遠ざかった。
薄暗い室内。
縛られた二人の男は、荒い息を吐いている。
「な……なんなんだ、お前ら……」
玄武は、ゆっくりと歩み寄った。
その巨体が、影を落とす。
「我々は、光神教団」
低く、揺るぎない声。
「世界に仇をなす異端を――」
一拍。
「浄化する者たちだ」
その言葉が、廃屋の中に重く落ちた。
男たちの顔から、血の気が引く。
「ひ……」
玄武は、ちらりと外を見やる。
いつの間にか、周囲に集まっていた街の人々が、視線を逸らし、距離を取っていく。
誰も、助けに来ない。
誰も、声を上げない。
白装束と浄化という言葉だけで、十分だった。
街の人々は、黙って離れていった。
ルシオは、その背中を見つめていた。
(……異端)
たった一言で、人はここまで簡単に切り捨てられる。
廃屋の中で、玄武の影は、やけに大きく見えた。




