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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 光神教団の異端者

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第三話 異端

 幾つもの山を越え、険しい道を抜けた先。


 ついに、光神教団の一行は風翔国の地へと足を踏み入れた。


 最初に辿り着いたのは、山の麓にある小さな村だった。石造りの家々が並び、風に晒された畑が広がる、素朴な集落。


 しかし、村人たちの態度は、決して友好的とは言えなかった。


「……何の用だ」


「商人か? それとも兵か」


 視線は冷たく、言葉も短い。

 よそ者に対する警戒心が、はっきりと滲んでいた。


 だが、揉め事にはならなかった。百人規模の信者が滞在し、食料や水、簡易宿泊の代金を支払う。


 それだけで、村にとっては十分すぎる“収入”だった。


「……金払い、いいな」


「まあ、悪くない客だ」


 いつしか、村人たちの態度は露骨に変わっていく。

 無愛想だった顔に、営業用の笑みが浮かぶ。

 料理が運ばれ、寝床も用意された。


 良くも悪くも、金がすべてを解決していた。ルシオは、その光景を少し複雑な気持ちで見つめていた。


(正義とか、信仰とか……結局、ここでも金なんだな)


 だが、誰もそのことを口にしなかった。教団の一行は、一夜を村で過ごし、翌朝には再び出発した。


 次なる目的地、風翔国の都市・清風街へ。


 街道を進むにつれ、風の流れが変わる。

 山の冷気とは違う、乾いた空気。

 そして、遠くに見える石壁と高い塔。


「……あれが、清風街か」


 エリオが呟く。かつて、ここには雷帝国の研究施設が存在していた。


 風翔国の中枢に近い、戦略的にも重要な都市。

 だが、今や教団では「光神教団の施設があった聖地だ」と教えられている。

 隊列の前方で、上層信者が淡々と説明する。


「信者たちは、この地で民を守ろうとした」


 信者たちは静かに耳を傾ける。


「だが」


 言葉が、一段低くなる。


「風帝と、その側近である戦士エンリケは、光神の導きを拒んだ」


 ルシオの胸が、わずかにざわつく。


「結果、彼らは“無慈悲の黒炎”に焼かれた」


 空気が張り詰める。


「黒炎龍を宿す者と、その使いが、我らの施設を破壊し、聖なる信者たちを虐殺したのだ」


 白い装束の信者たちが、憤りの表情を浮かべる。


「だからこそ、この清風街は――」


 上層信者は、力を込めて言い切った。


「我らが再び正義を取り戻すべき場所なのだ」


 エリオは拳を握りしめていた。


「許せない……」


「光神の名のもとに、裁きを……」


 祈りの言葉が、隊列の中に広がっていく。だが、ルシオの胸の奥には、別の感情が渦巻いていた。


(本当に……そうだったのか?)


 風帝とエンリケ。


 信者を守ろうとした存在。

 そして、無慈悲に焼かれた被害者。

 教団の教えでは、そう語られている。


 だが、これまでルシオが見てきた“正義”は、必ずしも純粋なものではなかった。


 清風街の城壁が、次第に近づいてくる。


 風が、強く吹き抜ける。


 その先で待つのは、導きか。

 それとも新たな裁きか。


 ルシオは、静かに息を吐き、街を見つめていた。


 清風街の内部へと足を踏み入れる。


 石畳の道。かつて人で賑わっていたであろう通りは、今はどこか空気が重い。

 店は半分以上が閉じられ、開いている店の奥からも、こちらを窺う視線が刺さっていた。


 一行は、街の中心部。

 かつて光神教団の施設があったとされる跡地へと向かう。


 瓦礫だけが残り、白い石材は黒く焦げ、崩れ落ちている。ここが無慈悲の黒炎に焼かれた場所だと、教えられてきた。


 その時。


「おい……お前たち、何者だ」


 街路の脇から、二人組の男が声を上げた。


 痩せた体躯。風に晒された服。

 労働者か、元兵か。判断のつかない風貌。


「こんな大人数で……」


 男の一人が、隊列の白い装束を見て、顔色を変える。


「まさか……雷帝国の――」


 そこまで言った瞬間。どすり、と重い足音が響いた。

 玄武が、一歩前に出る。

 短く、しかし絶対の力を持つ声。


「異端だ」


 一瞬の間。


「とらえろ」


 命令は、それだけだった。


 白装束の信者たちが、一斉に動く。

 抵抗する暇もなく、二人組は腕を捻じ上げられ、地面に押さえつけられた。


「な、なにを――!」


「離せ!」


 叫びは、誰の耳にも届かない。


 玄武は視線を巡らし、名を呼ぶ。


「ルシオ」

「エリオ」


 心臓が、跳ねた。


「……はい」


「お前たちも来い」


 さらに数名の信者が指名される。


 六人。


 拘束された街の人間二人を連れ、玄武は街外れの廃屋へと向かった。


 かつては倉庫か、住居だったのだろう。

 壁は崩れ、屋根も半分落ちている。


 扉を閉めると、外の喧騒は嘘のように遠ざかった。


 薄暗い室内。


 縛られた二人の男は、荒い息を吐いている。


「な……なんなんだ、お前ら……」


 玄武は、ゆっくりと歩み寄った。


 その巨体が、影を落とす。


「我々は、光神教団」


 低く、揺るぎない声。


「世界に仇をなす異端を――」


 一拍。


「浄化する者たちだ」


 その言葉が、廃屋の中に重く落ちた。

 男たちの顔から、血の気が引く。


「ひ……」


 玄武は、ちらりと外を見やる。


 いつの間にか、周囲に集まっていた街の人々が、視線を逸らし、距離を取っていく。


 誰も、助けに来ない。

 誰も、声を上げない。


 白装束と浄化という言葉だけで、十分だった。

 街の人々は、黙って離れていった。

 ルシオは、その背中を見つめていた。


(……異端)


 たった一言で、人はここまで簡単に切り捨てられる。


 廃屋の中で、玄武の影は、やけに大きく見えた。

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