第六話 四天王の実力
最初に動いたのは、レイアだった。
地面に突き立てていた二本の鉄棒を引き抜き、軽く回転させる。金属が風を切り、澄んだ音を鳴らした。
「へぇ……」
キルが目を細める。
「その細腕で、棒遊びか?」
レイアは答えない。鉄棒を地面に突き、しなる反動を利用して一気に跳躍した。
――高い。
常人の跳躍ではない。
空中で身体をひねり、キルの背後へ降り立つ。
「っ!」
キルの首元を、鉄棒が掠めた。
皮膚が裂け、血が散る。
「……ちっ」
キルが舌打ちする。レイアは着地と同時に鉄棒を軸に回転し、再び跳躍。
攻撃と移動を一体化させた戦い方。
鉄棒は武器であり、脚であり、翼でもあった。
「統治だけの四天王だと思った?」
レイアが低く言う。
キルの口元が歪む。
「……なるほど。四天王に選ばれただけはある」
次の瞬間、二人の姿が弾けるように交錯した。
一方、広場の反対側。
ヘルの前に立つガイツは、深く腰を落としていた。
全身の筋肉が、戦いのためだけに張り詰める。
次の瞬間。
「うおおおおおお!!」
ガイツが突進した。
身長186㎝、体重115㎏。
全速力のタックルは、もはや武器ではない。
事故。その一言に尽きる。
「えぐ……」
思わず、ジャックの口から漏れた。
だが、ヘルは動かなかった。
いや、動く必要がなかった。
身長230㎝、体重165㎏。
人間の枠を逸脱した、異常な体躯。
ガイツの肩が、確かにヘルの腹部を捉える。
止まった。ガイツの動きが、完全に殺される。
ヘルの両腕が、ガイツの背中を掴んでいた。
「悪くねぇ」
ヘルが低く呟く。
「だが……お前はただの人間だな」
次の瞬間、ガイツの身体が宙に浮いた。
「なっ……!」
片腕で、だ。ヘルはそのまま、ガイツを頭上へ持ち上げる。
そして投げた。鈍い轟音。
ガイツの身体が地面を叩き割り、石畳が砕け散る。
土煙の中で、ガイツは動かない。
ミリアが息を呑む。
黒炎龍の気配が、胸の奥で蠢いた。
人間の戦いではない。これは災害だ。
レイアは、すでに満身創痍だった。
キルのアームブレードが、幾度となく身体を裂いている。
肩、脇腹、腿。
黒い軍服は血で重く染まり、呼吸も荒い。
「……まだ立つの?」
キルが呆れたように言う。
「いい加減、倒れろよ。見てて痛々しい」
レイアは鉄棒を地面に突き、身体を支えた。
「……倒れないわ」
声は掠れている。
だが、瞳だけは死んでいない。
「ここは……私の町」
「ふぅん?」
キルが肩をすくめる。
「町? 人?」
「そう」
血が頬を伝う。
それでも、レイアは視線を逸らさなかった。
「奪われるのを、見過ごさない。それが……私のやり方」
キルの刃が、再び振るわれる。
鉄棒で受けるが、衝撃に弾き飛ばされ、レイアは膝をついた。
それでも、倒れない。
支えているのは、力ではない。
意思だった。
一方。瓦礫の中で、ガイツが咳き込みながら身体を起こそうとしていた。
「……く、そ……」
だが、影が落ちる。
ヘルだった。
背中から、巨大な戦槌を引き抜く。それだけで、空気が震えた。
「終わりだな、人間」
戦槌が、ゆっくりと持ち上がる。
「やめろおおおっ!!」
ジャックが叫び、駆け出した。
だが――
「おっと」
前に、誰かが立ち塞がる。
ゴリガンだった。
「どこ行く気だぁ? ガキ」
「どけ!!」
拳を振るうが、ゴリガンは笑いながら受け流す。
「今はなぁ、主役の時間なんだよ」
視界の端で、戦槌が振り下ろされていく。
間に合わない。
「ガイツ!!」
ミリアの喉から、悲鳴のような声が零れた。
身体が、勝手に前へ出る。
「やめてええええっ!!」
手を伸ばす。
その掌から黒い光が、弾けた。
炎でも煙でもない。
圧縮された黒が、球となって放たれる。
『黒炎弾』
ミリアの心の奥で、あの声が響いた。
黒炎の玉は、一直線にヘルの胸を貫いた。
「――が……っ?」
次の瞬間。
ヘルの身体が、内側から燃え上がった。
黒い炎が筋肉を這い、骨を焼き、巨体を包み込む。
「ぐ……おおおおおおおっ!!」
絶叫。
だが、それは長く続かなかった。
人外の肉体ですら、抗えない。
黒炎という破壊の力。
膝が崩れ、戦槌が地面に落ちる。
やがて、巨体は黒く焼け落ち、動かなくなった。
完全な、死。
広場が、静まり返る。
ミリアは、その場に崩れ落ちた。
「……あ……」
自分の手を見つめる。
震えが止まらない。
また、人を殺した。
だが、ガイツは、生きている。
レイアは、まだ立っている。
キルだけが、信じられないものを見るように、焼け跡を見つめていた。
「……は?」
その笑みが、ゆっくりと消える。
黒炎龍の声が、再びミリアの胸に響く。
『これは始まり。お前が選び、放った力だ』
戦場の空気が、完全に変わった。
遊びは、終わった。次は、キルの番だった。




