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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 光神教団の異端者

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第一話 疑念

 集会が終わり、信徒たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。


 白い回廊を歩きながら、ルシオは胸の奥のざわつきを抑えきれずにいた。


(あの態度……どう考えてもおかしい)


 白虎の死を悼む空気の中で、ただ一人退屈そうにしていた朱雀。あの姿が、頭から離れなかった。


 やがて、訓練場の近くでエリオの姿を見つける。


 同じ十代で、幼い頃から教団で育った友人。


「エリオ、ちょっといいか」


「ん? どうした、ルシオ」


 ルシオは声を落とし、周囲を気にしながら言った。


「さっきの集会でさ……朱雀様の様子、変じゃなかったか?」


「変?」


「白虎が死んだって話なのに、あくびしてて……全然、悲しそうじゃなかった」


 エリオは一瞬きょとんとした顔をし、次の瞬間顔をしかめた。


「……お前、まさか」


「?」


「朱雀様が美しいから、じっと見てただけじゃないのか?」


「は?」


「不敬だぞ、ルシオ。四獣の御方をそんな目で見るなんて」


「ち、違う! そういう話じゃ――」

「言い訳するな。信仰心が足りてない証拠だ」


 エリオは腕を組み、説教口調になる。


「朱雀様は高潔な存在だ。人の感情なんて、俺たちとは次元が違うんだよ」


 ルシオは言葉を失った。


(……話にならない)


 その時、近くで装備の手入れをしていた、同い年くらいの女性信者が会話に割り込んできた。


「ちょっと、なにその言い方」


「え?」


「朱雀様をジロジロ見てたとか……」


 彼女は鼻で笑う。


「変態」


「ち、違うって!」


「言い訳が一番怪しいんだよ」


 完全に、方向がズレている。

 ルシオは深く息を吐いた。


(誰も、疑問を疑問として受け取らない)


 朱雀の態度が異常だったこと。

 白虎の死が、あまりにも軽く扱われたこと。


 それを口にするだけで、不敬扱いされる。

 この教団では、疑うこと自体が罪なのだ。


 ルシオは黙って、その場を離れた。


 それからのルシオは、ただ流されるように日々を過ごしていた。


 祈りの時間。

 訓練の時間。

 布教活動。

 上層信者による法話。


 光神教団で生きる者にとって、それは当たり前の“日常”だった。


「光神の御名のもとに」


 祈りの声が響く。

 だが、ルシオの心には何も届かなかった。


 床に膝をつき、手を組み、目を閉じていても、頭に浮かぶのは朱雀のあくびと、白虎の死の軽さだけだった。


(本当に……これが“正義”なのか?)


 訓練では、いつも通り剣を振り、銃を撃ち、格闘をこなす。だが、動きは機械的で、感情がついてこない。


「集中しろ、ルシオ」


 教官の声にも、ただ反射的に頷くだけだった。

 布教活動では、街の人々に光神の救済を説く。


「罪ある者には裁きを。迷える者には導きを」


 口は動く。

 だが、言葉は心から出ていなかった。


 上層信者の法話も同じだ。


「この世界は、罪に満ちている。だからこそ我らが必要なのだ」


 熱のこもった演説。

 信者たちの敬虔な眼差し。


 その中で、ルシオだけが取り残されていた。


(……全部、同じ言葉ばかりだ)


 疑問を抱いた瞬間から、正しさは、ただの音になっていた。


 そんなある日。


 教団の中枢から、正式な通達が下された。


「光神教会区域を拡張する」


 広間に集められた信者たちの前で、上層部の声が響く。


「次なる対象は、風翔国」


 ざわめきが走る。


「指揮を執るのは、四獣が一柱、玄武様だ」


 その名に、空気が引き締まった。


 玄武。教団の軍事行動を担う、冷徹な戦略家。


「選抜された部隊を派遣する」


 名が次々と呼ばれていく。


「……ルシオ」


 一瞬、耳を疑った。


「……エリオ」


 隣にいたエリオが、誇らしげに胸を張る。


「聞いたか? 俺たち、選ばれたんだぞ!」


 周囲の信者たちも、羨望の視線を向けてくる。


「すごいじゃないか」

「光神に認められた証だ」


 だが、ルシオの胸は、少しも高鳴らなかった。


(風翔国……)


 そこがどんな国なのか、ルシオは詳しく知らない。


 ただ一つ、分かっていることがある。

 教会区域を広げるという言葉は、戦いを意味するということだ。


 正義の名のもとに。

 裁きの名のもとに。


 そしてまた、人が死ぬ。


 ルシオは、無意識のうちに拳を握りしめていた。


(俺は……何をしに行くんだ)


 祈りも、教えも、もう心に届かない。


 それでも、彼は選ばれた信者として、前に進むしかなかった。


  出発を控えたある日。


 ルシオとエリオは、風翔国についての“教義説明”を受けていた。


 高い天井の講堂。白い光に照らされた祭壇の前で、上層信者が静かに語る。


「風翔国は、すでに導きを失った国だ」


 信者たちは一斉に姿勢を正す。


「かの地では、黒炎龍を宿す者と、その使いが暴れ回った」


 その言葉に、ルシオの耳が自然と研ぎ澄まされた。


「我々、光神教団の施設は破壊され、多くの信者が命を落とした」


 壁に映し出されるのは、崩れた礼拝堂と、焼け焦げた白い旗。


「そして」


 上層信者の声が、わずかに低くなる。


「風帝は、殺された」


 講堂に、静かなざわめきが広がる。


「導く者を失った民は、今も彷徨っている」


 悲しみを帯びたような口調で、そう語られる。


「正義も、秩序も、救いもない」


 ルシオは、拳を膝の上で強く握った。


(黒炎龍……)


 教団が世界の争いの元凶と語る存在。


「だからこそ」


 上層信者は、力を込めて言い切った。


「我々が導くのだ」


 白い衣の信者たちが、一斉にうなずく。


「光神の名のもとに、正しき裁きを」

「迷える民に、救済を」


 エリオは目を輝かせていた。


「すごいな……俺たち、国を救いに行くんだぞ」


 誇らしげな声。


 だが、ルシオの胸は、なぜか重かった。


(黒炎龍を宿す者……本当に、そんな存在なのか?)


 風帝を殺し、施設を破壊し、民を混乱に陥れた悪。


 そう教えられた。だが、これまで教団が語ってきた悪の姿と、ルシオが見てきた現実には、どこかズレがあった。


「なあ、ルシオ」


 エリオが小声で話しかけてくる。


「俺たちが行けば、風翔国もきっと平和になるよな?」


 ルシオは、すぐに答えられなかった。


「……そう、だといいな」


 それだけを、静かに返す。

 講堂の奥では、すでに作戦準備が進められていた。


 玄武の指揮のもと、導きと称する新たな侵攻が、動き出そうとしていた。


 そして、ルシオの中で芽生えた疑念は、まだ小さいながらも、確かに根を張り始めていた。

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