第六十四話 光神教団の影
水明国へと続く街道。
雪解けの水が道端を流れ、春の気配が少しずつ感じられる頃合いだった。
馬車はゆっくりと進み、周囲には人影もまばら。そんな中、道の脇に小さな行商人の馬車が停まっているのが見えた。
「おっ、行商人じゃねぇか」
ジャックが目を輝かせる。
「美味いもん、売ってそうだな!」
そう言うと、馬車が完全に止まるのも待たずに飛び降りた。
「ちょ、ちょっとジャック、待ってよ!」
ミリアも慌てて後を追う。
行商人は愛想よく笑い、荷台から色鮮やかな果実を取り出した。
「旅のお二人さん、これがオススメですよ。甘くて元気が出る」
つやつやとした赤い果実。
「おっ、いいね! しかも無料!?」
「ええ、ただでいいですよ」
ジャックが喜んで手を伸ばした、その刹那。
「一口、毒見しろ」
御者台から、低い声が落ちてきた。
「は!?」
「え?」
ジャックとミリアの声が重なる。
行商人の表情が、一瞬で曇った。
「……なんだと?」
モウラは馬車から降り、静かに歩み寄る。
「この場所、この時間、この距離。それに……」
鋭い視線が、行商人を射抜く。
「なぜ、こちらに殺気を向けている?」
ミリアとジャックがハッとして、行商人の馬車を見る。
確かに。荷台の奥から、複数の気配が伝わってくる。
「……チッ」
行商人は舌打ちした。
「余計なことを……」
次の瞬間。
「黙って食ってりゃ、楽に死ねたのになぁ!!」
叫びと同時に、ナイフが閃いた。
狙いはモウラ。だが、モウラは片手で、ナイフを持つ手首を掴み取った。
「……遅い」
そのまま身体をひねり、行商人を持ち上げる。
「う、うわっ――」
次の瞬間、行商人の身体は宙を舞い、馬車へと叩きつけられた。
――バァン!!
木製の馬車が砕け散る。
中から、白い装束の者たちが四人、飛び出してきた。全員、顔を覆う布と、異様な紋章。
「教団の敵に……」
一人が、低く告げる。
「裁きを」
四人は同時に武器を構え、襲いかかってきた。
ミリアは息を呑む。
「光神教団……!」
ジャックは剣を抜き、ニヤリと笑った。
「なるほどな。果物じゃなくて、死神の行商だったってわけか」
モウラは静かに構えた。
「殲滅する」
街道に、再び戦いの気配が満ちていった。
白装束の四人が、同時に襲いかかってきた。
「裁きを!」
最初に動いたのは、ミリアだった。
足元を踏み込み、黒炎を拳に集中させる。
「黒炎拳!」
轟音とともに放たれた一撃が、正面の信者を直撃。
身体は吹き飛び、地面に叩きつけられる前に、すでに動かなくなっていた。
「……一人」
ほぼ同時。
「よっしゃ、次!」
ジャックが剣を抜く。アロンダイトが光を放ち、横薙ぎに閃く。
二人目の信者は、防御する間もなく胴を断たれ、その場に崩れ落ちた。
残るは二人。
だが、彼らが次の行動を取る前に、影が消えた。
「……え?」
信者の背後に、いつの間にかモウラが立っていた。
次の瞬間。
ゴキッ。
首を掴み、無造作にひねる。
骨が砕ける音とともに、三人目は絶命。
モウラはその手からナイフを奪い取り、振り返る。
最後の一人が、動揺した表情で後退した。
「ま、待――」
言葉は、最後まで発せられなかった。
モウラの身体が流れるように踏み込み、ナイフが心臓に吸い込まれる。
四人目も、静かに崩れ落ちた。
街道に、再び静寂が戻る。
ただ一人。先ほど投げ飛ばされ、瓦礫の中で呻いていた行商人風の男だけが、生き残っていた。
「ぐっ……が……」
モウラは無言で歩み寄り、その胸倉を掴み上げる。
「教団の敵とは、どういう意味だ?」
低く、冷たい声。男は血の混じった唾を吐き、歪んだ笑みを浮かべた。
「答えるくらいなら……死んでやる」
そう言うと、自らの舌を噛み切ろうとする。
だが、モウラの手が顎を掴み、力任せに外した。
「――ッ!? が……がぁ……!!」
口が閉じられなくなり、舌は噛めない。
「言え」
さらに圧力がかかる。骨が軋む音。
ミリアは、その光景に思わず一歩引いた。
「……っ」
その横で、ジャックが小声で囁く。
「あんまり炎龍国にいなかったから、噂でしか聞いたことないけどさ……」
視線はモウラに向けたまま。
「あの人、炎龍国最強の実力者で……」
少しだけ、声を落とす。
「拷問が得意らしい」
ミリアは、言葉を失った。血に染まった街道で、モウラの影だけが、静かに揺れていた。
実は炎龍国と暗月国の戦争の際、ミリア達が炎龍国で暗月四天王などと戦っていたとき、モウラはたった1人で暗月国に乗り込み、援軍や覇王の双璧と呼ばれた実力者達を倒していた。
彼がいなければ、ミリアとジャックも、ここにいなかった可能性すらある。
行商人風の男は、歪んだ笑みを浮かべたまま、荒い息を吐いた。
「教団はな……炎龍国と雷帝国が戦争してる最中、弱った帝たちをまとめて殺して、世界を制圧するつもりだった」
ミリアとジャックの空気が、一瞬で張り詰める。
「でもなぁ……」
男は肩を揺らして笑った。
「雷帝も、潜入してた白虎も、思ったより弱くてよ。まだ余力があるって分かった」
血の混じる唾を吐き捨てる。
「だから作戦は中止だ。今はこうして……お前ら危険な存在を潰して回ってんだよ」
その言葉に、モウラの目が細くなる。
「……そうか」
短く呟き、ナイフを振り上げた。
「待って」
ミリアの声が、それを止めた。
モウラの動きが止まる。
ミリアは一歩前に出た。
「白雷龍を宿していた者は……決して、弱くなんかなかった」
その瞳が、赤く染まる。黒炎が、怒りに呼応するように彼女の身体から溢れ出した。
空気が、重くなる。
「……ひっ……!」
信者の顔から血の気が引き、足元に生ぬるい水音が広がる。
失禁していた。
ミリアは、低く、しかしはっきりと言い放つ。
「お前らのボスに伝えろ」
黒炎が、さらに強く揺らめく。
「私は、お前たちを許さない」
信者は必死に頷き、地面を這うようにして逃げ出した。
やがて、その姿は街道の向こうへ消えていった。
ジャックは深く息を吐き、ミリアを見た。
「……あんな顔、初めて見たぜ」
少しだけ、真剣な声。
「ハイドのこと、やっぱ相当引きずってんだな」
ミリアは黒炎を収め、静かに首を振る。
「……アリスのことも」
モウラがナイフを拭いながら、淡々と告げる。
「だが、今の判断は間違っていない」
視線を遠くへ向ける。
「敵の上層に怒りを届けるのも、戦術の一つだ」
ジャックが苦笑する。
「拷問で終わらせるより、よっぽど効きそうだな」
ミリアは小さく息を整え、前を向いた。
「……水明国、急ごう」
馬車は再び走り出す。
光神教団という本当の敵に向かって。
ーーー 第四章 白雷龍を宿す者 完 ーーー




