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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者

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第六十三話 雷帝ハイドは悪だったのか

 ある日。


 ミリアは、ひとりで炎龍城の地下へと向かっていた。重厚な扉の向こうにあるのは、戦死者たちを安置する静かな空間。

 その奥、最も厳重に保管された場所に、アリスは眠っていた。


 腹を貫かれ、まるで壊れた人形のように横たわる機械の少女。胸部のコアは沈黙し、かつて宿っていた光は、もうどこにもない。


「……アリス……」


 ミリアは、そっと歩み寄る。


 あれほど強く、あれほど必死に戦った少女の最期が、これほど静かだなんて。


 拳が、震えた。

 その時、ミリアの内側で、黒炎龍の声が響く。


『……人の進化を、我はずっと見てきた』


 低く、しかしどこか穏やかな声音。


『それは、いつも我らの想像を超えるものだった』


 ミリアは、アリスから目を離さない。


『いずれ……彼女を“完全に復元”する技術者が現れるだろう』


「……本当に?」


『ああ。だが――』


 わずかな間。


『その頃には、お前はもう、この世にはおらんかもしれぬ』


 ミリアは、少しだけ笑った。


「……それでも、いい」


 彼女は、アリスの額に手を伸ばし、静かに目を閉じた。


「誰かが、またアリスを……生き返らせてくれるなら」


 地下の静寂の中、炎の揺らめきだけが、二人を照らしていた。


 数日後。


 ミリアとジャックは、新炎帝・クレイに呼び出されていた。


「次の任務だ」


 クレイは、地図を机に広げる。


「光神教会区域の隣に位置する、水明国へ向かってほしい」


「……水明国か」


 ジャックが懐かしそうに呟く。


 かつて、クレイと共に旅をした国。

 だが今、クレイは王として国を守る立場にある。


「俺は、ここを離れられない。炎龍国の守りは、覇王レイア率いる暗月国と連携して固める。光神教団がいつ動くか分からないからな」


 ジャックはにやりと笑う。


「お前が来ないのは少しつまんねぇけど……ま、旅は慣れてるしな」


 ミリアも、小さくうなずいた。


「……分かった」


 こうして、ミリアとジャックは、再び水帝ラグーナシアの収める国、水明国へと向かう。


 雷帝国との戦争は終わった。だが、光神教団という本当の敵との戦いは、まだ始まったばかりだった。


 旅の支度を整え、翌日。


 ミリアとジャックは、炎龍城を発つ馬車に乗り込んでいた。

 御者台に座るのは、黒装束の男。

 炎龍国の隠密、モウラ。


「目的地は水明国。最短ルートで行く」


 低く短い言葉とともに、手綱が鳴る。

 馬車は静かに走り出した。


 冬の終わり。

 道の脇には、まだ溶けきらない雪が残り、空気は冷たく澄んでいる。吐く息は白く、遠くの山々は淡い光をまとっていた。


「……静かだね」


 ミリアが窓の外を見ながら呟く。


「戦争が終わった実感、あんまりねぇな」


 ジャックは後頭部をかきながら、そう返した。

 しばらく、馬車の揺れと馬の蹄の音だけが続く。

 やがて、ミリアがぽつりと口を開いた。


「ねえ、ジャック……」


「ん?」


「雷帝ハイドって……本当に、心の底から悪党だったのかな」


 ジャックは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに答えた。


「悪党だろ」


 即答だった。


「理由があったにしろ、覇王ゴウガへの仕打ち、水明国を落とすためにグロリアやバガンを仕掛けてきたこと……」


 視線を前に向けたまま、言い切る。


「国も人も、道具みたいに扱ってた。どう考えても悪党だ」


 ミリアは、少しだけ目を伏せる。


「……でも」


 静かに続けた。


「ランスが、光神教団の幹部だったって分かって……」


「……ああ」


「ハイドのやり方も、ランスが裏で糸を引いてた部分があったんじゃないかなって思って」


 馬車の揺れが、わずかに強くなる。

 その時、御者台から低い声が落ちてきた。


「半分正解で、半分ハズレだな」


 二人は顔を上げる。


「モウラさん?」


 隠密は前を見たまま、淡々と続けた。


「確かにランスは、雷帝国に深く食い込んでた。軍事、諜報、政治……裏から操作してた部分も多い」


 馬の歩調が一定に保たれる。


「だがな」


 モウラの声が、少しだけ低くなる。


「ハイドは操られていた()()()じゃない」


 ミリアが息を呑む。


「白雷龍の力を得てから、ハイドは自分の意思で選んだ。強さによる支配。恐怖による統治。ランスの思想と重なっただけだ」


 沈黙が落ちる。


「つまり……」


 ジャックが呟く。


「ランスは火種で、ハイドは自分で火を大きくしたってことか」


「そういうことだ」


 モウラは短くうなずく。


「光神教団は背中を押すだけ。堕ちるかどうかを決めるのは、いつも人間自身だ」


 ミリアは、窓の外の雪景色を見つめたまま、小さく呟いた。


「……ハイドも、人だったんだね」


 馬車は、静かに進み続ける。

 白い道の先に、水明国が待っている。


 そして、光神教団という、さらに大きな闇が。

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