第六十二話 本当の敵
やわらかな光が、まぶたの裏に差し込んだ。
「……ん……」
ゆっくりと、意識が浮上していく。
白い天井。静かな空気。微かに香る薬草の匂い。
「……ここは……?」
その声に、すぐ応えるように、優しい声がした。
「おはよう、ミリア」
隣の椅子に腰掛けていたのは、水帝ラグーナシアだった。穏やかな微笑みを浮かべながら、彼女は言う。
「やっと起きたね」
ミリアは少し目を見開き、身体を起こそうとする。
「……私、どれくらい寝てたの?」
ラグーナシアは指を立て、軽く考える素振りをしてから答えた。
「およそ、一カ月くらいかな」
「……えっ」
ミリアの口から、間の抜けた声が漏れた。
その瞬間――
「ミリア!!」
勢いよく扉が開き、ジャックとガイツが駆け込んでくる。
「目ぇ覚ましたって聞いてさ!」
「本当に……よかった……!」
ジャックは感極まったように笑い、ガイツは安堵の息をつく。
「心配かけすぎだぞ、ミリア」
「生きててくれて、ほんとによかった」
その少し後ろから、落ち着いた足取りでレイアが入ってきた。
「……無事で何よりだ」
そして、ほんのわずかに表情を和らげて言う。
「ミリア。本当に、よかった」
「みんな……ありがとう」
ミリアは小さく微笑んだ。
こうして、長い眠りは終わった。
数日後。
体調も回復したミリアたちは、新炎帝・クレイに呼び出され、城の会議室へと集められていた。
「おー、炎帝サマ。まだその肩書き似合ってねぇな」
ジャックが軽口を叩く。
「うるさい。俺だって慣れてないんだ」
クレイは苦笑しながらも、玉座の前に立つ。
そこに集まっていたのは――
ミリア、ジャック、クレア。
水帝ラグーナシア。
水明国の戦士アリウム。
覇王レイアと、その右腕ガイツ。
クレイは一度、全員を見渡してから、深く頭を下げた。
「まずは……改めて礼を言う。雷帝国との戦争は、皆のおかげで勝利できた。この国も、人々も、守られた」
重い沈黙の中、クレイは言葉を続ける。
「だが……本当の敵は、まだ残っている」
その名を、はっきりと口にした。
「光神教団だ」
場の空気が、わずかに張り詰める。
「朱雀が口にしていた白虎」
クレイは拳を握りしめた。
「……あれは、ランスのことだった」
ミリアたちの表情が、一斉に強張る。
クレイの言葉が、重く場に落ちた。
沈黙の中で、ミリアが静かに口を開く。
「……ハイドは……?それから……雷銃のランスは……どうなったの?」
一瞬、空気が張り詰めた。クレイは目を伏せ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「ミリア……お前は、確かにハイドに勝った」
「だが、最後にとどめを刺したのは、光神教団幹部の朱雀だ」
ミリアの指が、わずかに震える。
「……じゃあ、ランスは……?」
今度は、クレイではなくレイアが答えた。
「撃破された。だが……犠牲になった者がいる」
ミリアの胸に、嫌な予感が走る。
「……誰……?」
レイアは、静かに視線を落とした。
「アリスだ」
時間が、止まったように感じた。
「……え……?」
ミリアの喉から、かすれた声が漏れる。
「アリスが……死んだ……?」
誰も否定しなかった。
その沈黙が、すべての答えだった。
ミリアは唇を強く噛みしめる。
声を出せば、きっと壊れてしまうと分かっていた。
「……っ……」
肩が、小さく震える。声を押し殺したまま、ミリアの目から涙が溢れ落ちた。
泣き声は上げない。ただ、静かに、止めどなく。
ジャックが歯を食いしばり、拳を握る。
「……くそ……」
クレイもまた、目を伏せたまま続ける。
「光神教団は……この大陸に何百年も前から存在する、歴史あるカルト教団だ。浄化と称して、異端と見なした者を殺す……思想も、やり方も、すべてが危険な組織だ」
ラグーナシアが静かに補足する。
「王族も、民も、例外じゃない。彼らは神の意志を盾に、殺戮を正当化する」
ミリアは涙を拭いながら、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、悲しみと決意が宿っていた。
「……アリスの死を……無駄にはしない……」
小さな声だったが、確かな強さがあった。
雷帝国との戦争は終わった。
だが、光神教団という真の敵との戦いが、今まさに始まろうとしていた。
クレイは、ゆっくりと視線を一同に向けた。
「そして……もう一つ、伝えなければならないことがある」
その声は、これまで以上に重かった。
「雷帝ハイドと、三大将、さらに将に匹敵する実力者たちをすべて失った雷帝国は――」
言葉を区切り、静かに告げる。
「もはや、国として機能していない」
場の空気が凍りつく。
「現在、雷帝国の領土は……光神教団に乗っ取られた」
「国は解体され、光神教会区域として再編されている」
ミリアの目が見開かれる。
「……乗っ取られた……?」
ラグーナシアが苦い表情でうなずいた。
「雷帝国の民は、救済という名の支配を受けている」
「実質的には……光神教団の傀儡国家だ」
ガイツが低く唸る。
「戦争が終わったと思ったら……次は宗教かよ」
レイアは腕を組み、鋭い目で天井を見上げる。
「……つまり、麒麟は最初から、雷帝国を器として使うつもりだった」
クレイはうなずく。
「ハイドも、ランスも……教団にとっては駒だった」
「役目を終えたら、切り捨てる。それだけの存在だ」
ミリアは、拳を強く握りしめる。
アリスの死。
ハイドの最期。
奪われた国。
「……許せない……」
小さな声だったが、そこには怒りと決意が込められていた。
クレイはまっすぐにミリアを見る。
「次に立ち向かう相手は、国家でも、軍でもない。信仰を武器にした、狂信者の集団だ」
ジャックが剣の柄を握りしめる。
「……だったら、ぶっ潰すだけだろ」
クレイは、ゆっくりとうなずいた。
「雷帝国との戦争は終わった。だが、光神教団との戦いは、ここからが本番だ」
静かな炎が、それぞれの胸に灯る。
新たな敵。
新たな戦い。
そして、アリスの死が残した意味。
ミリア達は、新たな戦いへと向かい始めていた。




