第五十九話 アリスの覚悟
ラグーナシアを担いで駆けるジャックの視界に、嫌なものが映った。
平原の一角。雪と血に染まった地面に、炎龍国、水明国、暗月国の兵士たちが倒れている。
その中心に、一人の男がいた。
雷銃を肩に掛け、無傷で佇むその姿。
そして、倒れ伏す兵の中に、かつて世話になった、アリウムとガイツの姿があった。
「……くそ……」
ジャックの奥歯が軋む。その男の前に立ちはだかるのは、三人。
アリス。
レイア。
クレイ。
全員、満身創痍。それでも剣を、拳を、構え続けている。今すぐにでも、加勢したい。剣を振るい、あの男を止めたい。
だが、腕の中でかすかに息をするラグーナシア。
「……今は……」
ジャックは歯を食いしばった。
「水帝の命が、最優先だ……!」
視線を振り切るように前を向き、全力で駆け抜ける。
戦場を離れ、炎龍城下町へ。
城下町に待機していた医療班が、慌ただしく動き始めた。
その中心に立つのは、炎龍国の王女・クレア。
白衣に身を包み、冷静な眼差しで現場を指揮している。
「担架を! 治療室を空けて!」
そこへ、血と煤にまみれたジャックが飛び込んできた。
「クレア!! 急患だ!!」
担がれたラグーナシアの姿を見た瞬間、医療班がざわめく。
だが、クレアは取り乱さなかった。
彼女自身に、戦闘用の魔力はない。それでも、王女として、そして医療指揮官としての目が、状況を正確に捉えていた。
ラグーナシアの全身に、薄く、しかし確実に纏わりつく蒼い魔力。
それは鎧のように、彼女の命を包み込んでいる。
クレアは、静かに言った。
「……流石、水帝様」
その声には、敬意と安堵が滲んでいた。
「魔力を鎧のように纏い、致命傷を避けています」
命の灯は、まだ消えていない。
ジャックの肩から、わずかに力が抜けた。
だが、戦場では今も仲間たちが命を懸けて戦っている。
戦場の中央。
倒れ伏す兵士たちの中で、ただ一人無傷で立つ男。
雷銃のランス。
その前に立つのは、
アリス、レイア、クレイ。
だが、力の差は明白だった。
「――遅い」
ランスが引き金を引く。
雷弾が、空気を裂いて飛来する。
レイアが鉄棒を叩きつける。
「剛雷突!!」
轟音と共に放たれた一撃。
だが、ランスは半歩、影に溶けるようにずれただけで回避した。
「……っ!」
次の瞬間、クレイが踏み込む。
「火炎斬り!!」
炎を纏った剣閃が、一直線に走る。
しかし、ランスは銃身で軽く弾き、炎ごと軌道を逸らした。
「雑だな」
低く、冷たい声。間髪入れず、銃口が向く。
雷弾が、連続して放たれた。
レイアが跳ぶ。
クレイが転がる。
一発が、確実に命を奪う軌道で迫る。
その瞬間。
ガシッ。
金属音。雷弾は、素手で掴み取られていた。
「……アリス?」
クレイが息を呑む。
機械の少女アリスは、火花を散らす雷弾を握り潰し、静かに前へ出た。
「あなたの弾道……すべて計算済みです」
その瞳には、迷いがなかった。
もはや、ランスと真正面から渡り合えるのは、アリスだけだった。
ランスは、愉快そうに口角を吊り上げる。
「はは……無駄なことを」
銃を肩に担ぎ、嘲笑う。
「最高傑作と呼ばれたエンリケですら、俺には敵わなかった」
アリスを見下ろす視線。
「失敗作の貴様が、勝てるはずがないだろう?」
アリスは一歩、前へ出た。
「……父は、あなたを追い詰めました」
声は震えていない。
「そして今、私には仲間がいます」
背後に、レイアとクレイが立つ。
「三人なら」
アリスの瞳が、鋭く光る。
「父すら、超えられる」
戦場の空気が、張り詰めた。
雷銃が、再び構えられる。
機械の少女は、拳を握った。
雷鳴と火花が、絶え間なく戦場を裂いていた。
ランスの放つ銃撃は、もはや“弾幕”と呼ぶべき密度に達している。
そのすべてを、アリスは計算し、回避し、受け止め続けていた。
だが――
「……っ」
装甲が、ひび割れる。関節部から火花が散り、駆動音が乱れ始める。
アリスは壊れかけていた。
「まだ……動けます」
そう言い聞かせるように呟いた瞬間。
ランスの銃身が、異様な光を帯びた。
「冥土の土産に、奥義を見せてやる」
空気が震える。
「超電磁砲!!」
轟音。
雷が、一直線の槍となって放たれた。
回避不能の一撃。山を穿つほどの貫通力。
アリスは、逃げなかった。
直撃。腹部が、貫かれる。金属が裂け、内部構造が露出し、雷が身体を突き抜けた。
だが、それでもアリスは倒れなかった。
「――っ!!」
前へ。焼け焦げた身体を引きずりながら、ランスに掴みかかる。両腕で、がっちりと。
「……捕獲、完了」
ランスの動きが、止まる。
「なに……?」
アリスの瞳が、強く光った。
「今です……!」
振り返り、叫ぶ。
「クレイ……レイアさん……トドメを……!」
しかし、クレイの足が止まった。
「アリス……お前……」
腹に空いた穴。内部が焼き切れ、火花が散る。
助からないと、誰の目にも分かる状態。
剣を握る手が、震えた。
「……そんなの……できるかよ……!」
だが、レイアはもう動いていた。
「迷うな」
低く、鋭い声。鉄棒を地面に突き、踏み込む。
「覇王の戦いに、躊躇は不要だ」
雷が、身体を走る。
「剛雷突・虎牙!!」
獣の咆哮のような雷撃。
一直線に、ランスの胸へ。
アリスは、さらに力を込めた。
「……これが……私の、役目です」
「……離れろ、失敗作!!」
金属の指が、食い込む。
「ふざけるな…!こんなところで終わってたまるか!!」
ランスは初めて焦りを見せた。
そして、ランスの動きが完全に封じられた。
雷光が、二人を包み込む。
次の瞬間、すべてが閃光に飲み込まれた。




