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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者

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第五十九話 アリスの覚悟

 ラグーナシアを担いで駆けるジャックの視界に、嫌なものが映った。


 平原の一角。雪と血に染まった地面に、炎龍国、水明国、暗月国の兵士たちが倒れている。


 その中心に、一人の男がいた。

 雷銃を肩に掛け、無傷で佇むその姿。


 そして、倒れ伏す兵の中に、かつて世話になった、アリウムとガイツの姿があった。


「……くそ……」


 ジャックの奥歯が軋む。その男の前に立ちはだかるのは、三人。


 アリス。

 レイア。

 クレイ。


 全員、満身創痍。それでも剣を、拳を、構え続けている。今すぐにでも、加勢したい。剣を振るい、あの男を止めたい。


 だが、腕の中でかすかに息をするラグーナシア。


「……今は……」


 ジャックは歯を食いしばった。


「水帝の命が、最優先だ……!」


 視線を振り切るように前を向き、全力で駆け抜ける。


 戦場を離れ、炎龍城下町へ。


 城下町に待機していた医療班が、慌ただしく動き始めた。


 その中心に立つのは、炎龍国の王女・クレア。

 白衣に身を包み、冷静な眼差しで現場を指揮している。


「担架を! 治療室を空けて!」


 そこへ、血と煤にまみれたジャックが飛び込んできた。


「クレア!! 急患だ!!」


 担がれたラグーナシアの姿を見た瞬間、医療班がざわめく。


 だが、クレアは取り乱さなかった。


 彼女自身に、戦闘用の魔力はない。それでも、王女として、そして医療指揮官としての目が、状況を正確に捉えていた。


 ラグーナシアの全身に、薄く、しかし確実に纏わりつく蒼い魔力。


 それは鎧のように、彼女の命を包み込んでいる。


 クレアは、静かに言った。


「……流石、水帝様」


 その声には、敬意と安堵が滲んでいた。


「魔力を鎧のように纏い、致命傷を避けています」


 命の灯は、まだ消えていない。


 ジャックの肩から、わずかに力が抜けた。

 だが、戦場では今も仲間たちが命を懸けて戦っている。


 戦場の中央。


 倒れ伏す兵士たちの中で、ただ一人無傷で立つ男。

 雷銃のランス。


 その前に立つのは、

 アリス、レイア、クレイ。


 だが、力の差は明白だった。


「――遅い」


 ランスが引き金を引く。


 雷弾が、空気を裂いて飛来する。


 レイアが鉄棒を叩きつける。


「剛雷突!!」


 轟音と共に放たれた一撃。

 だが、ランスは半歩、影に溶けるようにずれただけで回避した。


「……っ!」


 次の瞬間、クレイが踏み込む。


「火炎斬り!!」


 炎を纏った剣閃が、一直線に走る。

 しかし、ランスは銃身で軽く弾き、炎ごと軌道を逸らした。


「雑だな」


 低く、冷たい声。間髪入れず、銃口が向く。


 雷弾が、連続して放たれた。


 レイアが跳ぶ。

 クレイが転がる。


 一発が、確実に命を奪う軌道で迫る。


 その瞬間。


 ガシッ。


 金属音。雷弾は、素手で掴み取られていた。


「……アリス?」


 クレイが息を呑む。


 機械の少女アリスは、火花を散らす雷弾を握り潰し、静かに前へ出た。


「あなたの弾道……すべて計算済みです」


 その瞳には、迷いがなかった。

 もはや、ランスと真正面から渡り合えるのは、アリスだけだった。


 ランスは、愉快そうに口角を吊り上げる。


「はは……無駄なことを」


 銃を肩に担ぎ、嘲笑う。


「最高傑作と呼ばれたエンリケですら、俺には敵わなかった」


 アリスを見下ろす視線。


「失敗作の貴様が、勝てるはずがないだろう?」


 アリスは一歩、前へ出た。


「……父は、あなたを追い詰めました」


 声は震えていない。


「そして今、私には仲間がいます」


 背後に、レイアとクレイが立つ。


「三人なら」


 アリスの瞳が、鋭く光る。


「父すら、超えられる」


 戦場の空気が、張り詰めた。

 雷銃が、再び構えられる。

 機械の少女は、拳を握った。


 雷鳴と火花が、絶え間なく戦場を裂いていた。


 ランスの放つ銃撃は、もはや“弾幕”と呼ぶべき密度に達している。

 そのすべてを、アリスは計算し、回避し、受け止め続けていた。


 だが――


「……っ」


 装甲が、ひび割れる。関節部から火花が散り、駆動音が乱れ始める。


 アリスは壊れかけていた。


「まだ……動けます」


 そう言い聞かせるように呟いた瞬間。

 ランスの銃身が、異様な光を帯びた。


「冥土の土産に、奥義を見せてやる」


 空気が震える。


超電磁砲レールガン!!」


 轟音。


 雷が、一直線の槍となって放たれた。

 回避不能の一撃。山を穿つほどの貫通力。


 アリスは、逃げなかった。


 直撃。腹部が、貫かれる。金属が裂け、内部構造が露出し、雷が身体を突き抜けた。


 だが、それでもアリスは倒れなかった。


「――っ!!」


 前へ。焼け焦げた身体を引きずりながら、ランスに掴みかかる。両腕で、がっちりと。


「……捕獲、完了」


 ランスの動きが、止まる。


「なに……?」


 アリスの瞳が、強く光った。


「今です……!」


 振り返り、叫ぶ。


「クレイ……レイアさん……トドメを……!」


 しかし、クレイの足が止まった。


「アリス……お前……」


 腹に空いた穴。内部が焼き切れ、火花が散る。

 助からないと、誰の目にも分かる状態。

 剣を握る手が、震えた。


「……そんなの……できるかよ……!」


 だが、レイアはもう動いていた。


「迷うな」


 低く、鋭い声。鉄棒を地面に突き、踏み込む。


「覇王の戦いに、躊躇は不要だ」


 雷が、身体を走る。


「剛雷突・虎牙こが!!」


 獣の咆哮のような雷撃。

 一直線に、ランスの胸へ。

 アリスは、さらに力を込めた。


「……これが……私の、役目です」


「……離れろ、失敗作!!」


 金属の指が、食い込む。


「ふざけるな…!こんなところで終わってたまるか!!」


 ランスは初めて焦りを見せた。

 そして、ランスの動きが完全に封じられた。


 雷光が、二人を包み込む。

 次の瞬間、すべてが閃光に飲み込まれた。

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