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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 暗月の覇王 編

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第五話 悪魔の襲来

 朝の紅蓮町は、空気が澄んでいた。

 町外れの空き地で、乾いた音が規則正しく響く。


 ジャックの拳が突き出され、それをガイツの掌が受け止める。

 鋭いが、無駄がない。年齢不相応な重みがあった。


「……止め」


 ガイツが一歩下がり、軽く息を吐く。


「その歳にしては、かなりやるな。基礎が出来すぎている」


「そうですか?」


 ジャックは息を整えながら、控えめに答えた。


「誰かに習っていたのか? それとも独学か」


 一瞬の沈黙。

 ジャックは拳を握り、視線を地面に落とした。


「……父が、拳法家でした」


 ガイツの眉がわずかに動く。


「父はこの炎龍国で母と結婚し、俺とミリアを育てましたが、元々は水明国の人間です」


「ほう……」


「水明国と雷帝国が戦争になった時、父は水明国に協力しました。戦場で前に出る人でした」


 声は淡々としていたが、どこか硬い。


「でも……雷帝インドラに、殺されました」


 空気が、僅かに重くなる。


 ガイツは腕を組み、記憶を探るように目を細めた。


「雷帝インドラ……確か、あの戦争では――」

「水明国の女王が討ち取った、ですよね」


 ジャックが先に言った。


「ああ。各国にそう伝わっている。女王自ら前線に立ち、雷帝を討伐した英雄譚だ」


 ガイツはそこで言葉を切り、ふとジャックを見る。


「……違うのか?」


 ジャックは小さく首を振った。


「事実は、二人でした」


 静かな声。


「二人?」


「父と女王の二人です」


 ガイツは息を呑んだ。


「父は、女王と並んで雷帝と戦いました」


「だが、名は残らなかった」


「はい」


 ジャックは笑ったようにも見えたが、それは感情のないものだった。


「女王は、正直に公言しています。共に戦った拳法家がいたと」


「それでも……」


「やっぱり、女王が討ち取った雷帝の方が、強いんです」


 名もなき拳法家より、女王。

 物語は、そういうものだ。


 ガイツはしばらく黙り込み、やがて低く言った。


「……それでも、その拳は嘘をつかない」


 ジャックを見る目が、少しだけ変わっていた。


「続けよう。お前の拳が、どこまで届くのか……俺が見てやる」


 ジャックは、静かに拳を構え直した。名を残さなかった拳法家の血が、確かにそこにあった。


 乾いた足音が近づいてくる。


「……何をしているの?」


 振り向くと、レイアが立っていた。

 腕を組み、呆れたように二人を見下ろしている。


「ガイツ」


「はっ」


「監視対象に稽古をつけるとは、どういうつもり?」


 冷ややかな声だったが、怒気は薄い。


「申し訳ありません。つい……」


「私はいいけどね」


 レイアは肩をすくめる。


「見られたら厄介になる。立場ってものがあるでしょ」


「……以後、気をつけます」


 レイアはそれ以上追及せず、ジャックに視線を向けた。


「あなたも。訓練はほどほどにしなさい。目立つのは得策じゃないわ」


「はい……わかりました」


 そう言い残し、レイアは踵を返した。


 その夜。


 レイアの屋敷の食卓には、久しぶりにまともな料理が並んでいた。

 香ばしく焼かれた肉、温かいスープ、柔らかなパン。


「……遠慮しなくていいのよ」


「成長期だ。食える時に食え」


 レイアとガイツは、なぜか二人をやたらと気にかけている。


 ミリアは戸惑いながらも、スープを口に運び、ほっと息を吐いた。


「……おいしい」


「でしょう?」


 レイアは満足そうに微笑む。

 だが、その空気は長くは続かなかった。

 扉が勢いよく開き、町民の男が駆け込んでくる。


「た、大変です! レイア様! ガイツ様!!」


 息を切らし、顔は蒼白だ。


「二人組の男が……町で、暴れています!!」


 レイアの表情が一瞬で変わる。


「場所は」


「中央広場です! もう……もう何人も……!」


 レイアとガイツは即座に立ち上がった。


「行くわ」


「はい」


 その後ろを、ジャックとミリアも追う。


「あなたたちは――」

「足手まといにはなりません」


 ジャックの声は、はっきりしていた。


 レイアは一瞬だけ迷い、短く言った。


「……絶対に前に出ないで」



 町の中央広場は、血の匂いに満ちていた。

 倒れ伏す町民。逃げ惑う人々。

 その中心に、二人の男がいた。


 一人は、両腕にアームブレードを備えた細身の男。

 刃が月明かりを反射し、軽やかに人を裂いていく。


 もう一人は、常人離れした巨体の男。

 素手で人を掴み、投げ、叩き潰していた。


「……殺戮特化型か」


 ガイツが低く呟く。


 次の瞬間、アームブレードの男が笑い声を上げた。


「ははっ! 弱ぇな、この町の連中は!」


 巨大な男が、血に染まった拳を振り上げ、さらに一人を地面に叩きつける。


 ミリアの喉が、無意識に鳴った。


 ――あの時と同じ。


 戦争の匂い。

 殺される側の無力さ。


 レイアは一歩前に出た。


「……ここまでね」


 その声は、氷のように静かだった。

 広場の中央で、二人の男が動きを止めた。


 アームブレードの男が、レイアの姿を認めて口角を吊り上げる。


「……あぁ?」


「誰かと思えば」


 巨大な男が、ゆっくりと首を鳴らした。


「暗月四天王が一人、紅蓮町担当レイア、だったか」


 町民たちの間に、ざわめきが走る。

 四天王という言葉の重み。


 レイアは一歩も引かず、静かに答えた。


「久しぶりね。キル、ヘル」


「覚えててくれたかよ、光栄だなぁ?」


 キルが笑い、ヘルが鼻を鳴らす。


 キルは倒れた町民を足で転がし、レイアを見据えた。


「いやぁ、道理で弱いと思ったわけだ」


「……何が?」


「この町。兵も民も、全部ぬるい」


 アームブレードが、ぎらりと光る。


「四天王最弱のお前の統治下だから、こんなもんか」


 嘲るような声。


 ミリアの指先が、微かに震えた。

 ジャックは、無言で一歩前に出かけるが、ガイツが制した。


 レイアは、薄く息を吐いた。


「……相変わらずね」

「褒め言葉だろ?」


 キルが肩をすくめる。


 レイアは視線を逸らさず、淡々と言った。


「弱いから平和なんじゃない。殺さなくても回る町を、私は選んだだけ」


 ヘルが低く笑う。


「甘ぇな」

「甘さと弱さを、履き違えないで」


 レイアの声は静かだが、確かだった。


「あなたたちは、壊すことでしか自分の価値を示せない」


「……言うじゃねぇか」


 キルの笑みが、僅かに消える。


「だがな、レイア」


「何?」


「そのやり方が通じるのは――」


 キルが、アームブレードを構え直す。


「同じ四天王までだ」


 広場に、張り詰めた沈黙が落ちた。


 戦いは、まだ始まっていない。

 だが、逃げ場はもうなかった。

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