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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者 編

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第五十八話 龍の領域

 雷が、吼えた。

 ハイドの両腕が、白雷に包まれる。筋肉が隆起し、血管が雷光となって浮かび上がった。


千手雷手せんじゅらいしゅ


 一歩。


 踏み込んだ瞬間、空間が歪んだ。


 ハイドの腕が“増えた”かのように見える。否、錯覚ではない。超高速の貫手が、重なり、連なり、千の影を生む。


 雷を纏った貫手の連打。


 空気を裂き、衝撃が遅れて炸裂する凶技。


「――ッ!!」


 迎え撃つミリアの両拳に、黒炎が噴き上がる。


「炎拳乱打!!」


 黒炎龍の力が、拳に宿る。一撃一撃が、爆炎となって炸裂し、雷手と真正面から打ち合った。


 黒と白。

 炎と雷。


 拳と拳が、何度も衝突するたび、凄まじい轟音が戦場に響き渡る。


 地面が陥没し、砕けた岩が宙を舞う。衝撃波が、周囲の兵たちを吹き飛ばした。


「はあああああ!!」


「沈めぇぇぇぇ!!」


 雷帝と黒炎の少女。互いの拳が、意志と意志をぶつけ合う。


 その死角に、蒼い流れが走った。

 ラグーナシアだ。


 正面の激突に巻き込まれぬよう、静かに、しかし確実にサイドへ回り込む。


 水が、彼女の腕に集束する。


「水帝魔斧・蒼裂」


 凝縮された水刃が、斧の形を成し、横薙ぎに放たれる。


 必殺の一撃。


 だが、ハイドは見ていた。視線を逸らさず、身体だけを引く。


「……甘い」


 バックステップ。


 雷光を残し、距離を取る。水刃は虚空を切り裂き、地面を深く抉った。


 間合いが、開いた。


 ハイドは両腕を広げる。白雷が、交差し、収束する。


「十字雷波」


 十字を描く雷の奔流が、一直線に放たれた。大気を焦がし、空間を引き裂く破壊の波動。


 狙いは、ミリア。


 だが、彼女は一歩も退かない。拳を引き、腰を落とす。黒炎が、拳に凝縮され、重く、深く燃え上がった。


「獄炎拳」


 一撃。


 放たれた拳が、雷波と正面から激突する。

 黒炎が雷を呑み込み、噛み砕き、爆散させた。白雷が砕け、黒炎が舞い散る。爆音とともに、雷波は完全に破壊された。


 戦場に、再び静寂が落ちる。


――雷帝ハイドは、一瞬だけ、過去を見た。


(父・インドラは……ここで倒れた)


 脳裏に浮かぶのは、かつての雷帝。

 白雷を自在に操り、雷帝国を絶対の力で支配していた男。


 その父が敗れた相手。


 水帝ラグーナシア。

 そして、ミリアの父。


(だが……)


 ハイドは、心中で冷たく切り捨てる。


(あの二人は、龍ではなかった)


 インドラも、ミリアの父も、竜の力とは無縁。

 純粋な人の身で、帝として戦い、そして倒れた。


(ラグーナシアが、さぞ強かったのだろう)


 それは事実だ。父を討った水帝。その力は、本物だったに違いない。


 だが。


(今回は……話が違う)


 視界の端に映る、黒炎を纏う少女。

 ミリアの背後で、蠢く存在。


 黒炎龍。


 そして、自身の内に渦巻く、白雷。


(龍と龍がぶつかる戦いの前では……)


 ハイドは、静かに、しかし確信をもって思う。


(水帝ですら、とりまきだ)


 人の王の力ではない。

 龍の意志と龍の力が、すべてを決める。


 ハイドの口元が、歪んだ。


「……いい位置だ」


 ラグーナシアが、ミリアを援護するため、わずかに間合いを詰めた、その瞬間。


 ハイドは、動かなかった。代わりに、右手を天へと掲げる。白雷が、指先に集束する。


天雷てんらい


 雷を、放たない。真上へと、撃ち上げる。白雷は、空を貫き、雲を裂き、天へと消えた。


 一瞬の静寂。

 次の刹那、轟音。天が割れた。真上から、落ちる。逃げ場のない、直下の雷撃。


 狙いは、水帝ラグーナシア。


「――ッ!」


 ラグーナシアの直感が、警鐘を鳴らす。空間が、灼ける。影が消え、世界が白く染まる。


 落雷。


 それは、回避ではなく、耐えることを強いる一撃。雷帝ハイドは、白雷を纏いながら、確信していた。


 これは、前座だ。


 本命は、黒炎龍と白雷龍の、真正面からの衝突。


 その前に、水帝を削る。雷は、容赦なく、ラグーナシアの頭上へと、落ちていった。


 天雷が、大地を穿った。


 白光が収束したあと、戦場に残ったのは、深く抉れた地面と―、倒れ伏す水帝ラグーナシアの姿だった。


「……ラグーナシアさん!!」


 叫びと同時に、駆け出したのはジャックだった。


 ジャックの圧力が切れても、雷帝国の兵士は動けない。誰も気づかぬうちに、すでに機械兵を全滅させたモウラの、ジャックの比ではない存在感が全てを支配していたからだ。


 アロンダイトを放り投げるように背へ回し、迷いなく彼女のもとへ辿り着く。蒼衣は焦げ、肌には雷の焼痕。


「……息は……ある」


 胸が、かすかに上下している。


 ジャックは歯を食いしばり、ラグーナシアを抱き上げた。


「生きてる……! だったら、十分だ!」


 その瞬間。


 雷が、唸った。


 ジャックは、理解した。


 (……狙いは俺じゃない)


 視線を上げる。


 雷帝ハイドと、ミリア。


 二人は、互いから一切、目を逸らしていなかった。


 視線を切った瞬間、命が終わると、本能が理解している。


 ミリアの全身を覆う黒炎が、静かに、しかし確実に濃くなっていく。


 ハイドの身体を走る白雷もまた、呼応するように脈打つ。


 竜が、互いを見据えている。


 ジャックは、静かに後退した。

 ラグーナシアを抱えたまま、一歩、また一歩。


 雷帝の視線が、ほんの一瞬、こちらに流れかける。


 だが、ハイドは逸らさない。

 ミリアも、逸らさない。


 切れば、死ぬ。それが、二人の間に成立している、無言の掟だった。


 ジャックは、背を向けた。


「……すぐ戻る」


 誰にともなく呟き、全力で駆け出す。


 目指すは、炎龍城下町。

 治療ができる場所へ。水帝を、生かすために。


 その背中を、雷も黒炎も追わなかった。


 戦場には、二人だけが残る。


 雷帝ハイド。

 黒炎を宿すミリア。


 風が止み、音が消えた。


 互いに、視線だけで、世界を殺している。


 竜と竜。逃げ場も、猶予もない。


 次に動くのは、どちらかが、死を選ぶ瞬間だった。

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