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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者

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第五十六話 最悪の切り札

 戦場の一角。

 瓦礫と影が折り重なる場所で、二つの気配が静かにぶつかり合っていた。


 影殺のエタルド。

 暗殺者にして、影を住処とする男。


 レイア。

 暗月国の覇王を継ぐ者。


 先に動いたのは、影だった。


 消えた。否、影に溶けたのだ。

 次の瞬間、レイアの背後。地面から伸びるように、刃が閃く。


「遅い」


 金属音。レイアは、振り返りざまに鉄棒を交差させて受け止めていた。二本の鉄棒が、エタルドの短剣を挟み込む。


「……ほう」


 エタルドの口元が、わずかに歪む。


「影を見切るか。だが、そこまでだ」


 エタルドの姿が、再び掻き消えた。

 右。左。背後。影から影へ。連続する斬撃が、死角から襲いかかる。


 レイアは退かない。

 鉄棒を振るう。打つ、払う、弾く。重い金属音が、連続して響く。


「……暗殺者にしては、随分と回りくどいな」


 レイアの声は、静かだった。


「正面からでは、勝てないと知っているからだ」


 影が、嘲るように答える。エタルドが、地面に溶けた。


 次の瞬間、レイアの足元の影が、膨れ上がる。


「死ね」


 影の刃が、下から突き上がる。

 だが、レイアは鉄棒を地面に突き刺した。


「来るのは……そこだ!」


 大地が、砕けた。


「剛雷突!!」


 二本の鉄棒に雷が走る。

 かつてゴウガが、そしてコルドが振るった、暗月伝承の一撃。


 雷を纏った強烈な突きが、影ごと穿つ。


「――なっ!?」


 エタルドは影から引き剥がされ、宙へ跳ね上げられた。だが、空中でも止まらない。


 身体を捻り、無数の影刃を放つ。


 レイアは、踏み込んだ。


「まだだ!」


 二本の鉄棒を、槍のように構える。


「剛雷突・連!!」


 雷を引き裂くような連続突き。影刃を砕き、空気を穿ち、エタルドを追い詰める。


「……くっ!」


 エタルドは地面に着地し、距離を取った。


 肩で息をする。影が、わずかに乱れている。


「まさか……あの技を、女が使いこなすとはな」


「性別で技は選ばない」


 レイアは鉄棒を回し、構えを解かない。


「これは、暗月の覇王の技だ」


 その瞳に、迷いはない。

 雷が、再び鉄棒を包む。


「ならば、これはどうだ?」


 影が、戦場を覆った。夜でも、霧でもない。

 エタルドそのものが、影へと溶け込んでいた。


「ここだ」


 声だけが、四方八方から響く。刃が、影から影へと連なり、同時多発的にレイアへ襲いかかる。

 避けても、受けても、次が来る。


「……くっ!」


 鉄棒で弾く。だが一瞬遅れるたび、影の刃が肌を掠め、血が散る。


 足元。背後。頭上。

 もはや位置という概念が、意味を失っていた。


「どうした、覇王!」


 影が嗤う。


「正面から打ち合う力はあっても、この影を殺すにはまだ足りないか!?」


 影が、収束する。


 一本の殺意。一点突破の、必殺。

 レイアの胸元へ、一直線。


 その瞬間、レイアは鉄棒を地面に突き刺した。


「……足りない?」


 雷が、走る。


「いいえ」


 鉄棒を踏み台に、跳ぶ。一気に、空へ。

 影の刃が、虚空を切った。


「私は」


 宙で、身体を捻る。鉄棒を手放し、両脚を引き絞る。


「覇王だ!!」


 回転。雷と筋力が、踵に収束する。


金剛斧脚こんごうふきゃく!!」


 落雷のような一撃。

 回転踵が、エタルドの影ごと叩き割った。


「がッ!!?」


 衝撃音。大地が陥没し、影が霧散する。

 エタルドは、地面に叩きつけられ、二度と立ち上がらなかった。


 静寂。


 雷が消え、影が戻り、戦場に覇王だけが立っていた。


「……流石、覇王だ」


 少し離れた場所で、機械兵を倒したアリウムが静かに息を吐く。


「影殺のエタルドを、真正面からやり切るとはな」


 その隣で、ガイツが腕を組み、当然のように言った。


「今さらだ」


 視線は、倒れたエタルドではない。

 立つレイア、その背に向けられている。


「レイア様は、すでに暗月国の技を――」


 一拍。


「破壊双掌を除き、すべて会得している」


 誰も、反論しなかった。

 それが事実であり、そして何より、この戦場で証明されたからだ。


 暗月の覇王は、もう継いだ者ではない。

 完成した、覇王そのものだった。


 次の刹那。乾いた破裂音が、戦場を裂いた。


 反応したのは、アリスだった。


 弾丸が空を切る、その一瞬前。アリスは迷わずレイアを抱き寄せ、地を蹴る。

 二人の身体が宙を舞い、次の瞬間、背後の地面が爆ぜた。


「……っ!」


 着地と同時、アリスが振り返る。


 そこにいた。


 黒と銀を基調とした外套。

 手にするのは、槍でも剣でもない。雷銃。


「……ランス」


 アリスの喉から、低い声が零れた。


 雷銃のランス。彼女の宿敵。

 そして、雷帝国が誇る最悪の切り札。


「久しぶりだな」


 淡々とした声。感情は、ない。

 次の瞬間、左右から影が走った。


「させるか!!」


 神速の踏み込みで迫るアリウム。

 正面から地を割る勢いで突進するガイツ。


 同時攻撃。完璧な連携。

 誰もが、そう思った。


「待て、やめろ!!」


 クレイの叫びが、遅れて響く。


「そいつは……!!」


 だが、もう遅い。

 ランスは引き金に、指をかけなかった。

 銃を、ただ逆手に持ち替える。


 殴打。雷銃の銃床が、アリウムの側頭部を叩き割るように直撃した。


「が……!」


 神速が、止まる。身体が宙で回転し、アリウムは地面に沈んだ。


 次の刹那、ガイツが迫る。


「岩撃進!!」


 ランスは半歩踏み込み、蹴り。


雷装脚らいそうきゃく


 肩へ。雷の衝撃が、内側から炸裂する。


「ぐッ!!」


 怪力無双の巨体が、まるで紙屑のように吹き飛ばされ、地面を転がった。


 二秒も、かかっていない。


 アリウムとガイツ。

 水明国と暗月国の中枢戦力が、同時に戦闘不能。


 静寂。雪が、落ちる音だけが残った。ランスは、何事もなかったかのように雷銃を肩に担ぐ。


 引き金は、引いていない。

 ただの殴打と蹴りだけで、すべてを制圧した。


 クレイは、歯を噛みしめた。


 ランスの強さは知っている。

 知っているからこそ、止めたかった。


 アリスは、レイアを庇うように前に出る。

 視線は、決して逸らさない。


 宿敵が、目の前にいる。


 雷銃のランスが、戦場に立った。


 最悪は、まだ始まったばかりだった。

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