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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者

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第五十四話 炎装突破

 メアリの瞳は、もはや焦点を結んでいない。

 それでも口元だけは歪んだ笑みを形作っていた。


「ふふ……ふふふふ……」


 笑っている。だが、そこに感情の揺らぎはない。

 あるのは壊れきった執着だけだ。


「殺す……殺す……殺す……」


 細剣はもう無い。それでも、メアリは躊躇なく踏み込んだ。


 速い。異様なほどに。


 ミリアが距離を取ろうとした瞬間、その視界に、すでにメアリの顔があった。


「――っ!?」


 爪。否、指先。鋭利な何かで引き裂かれたような衝撃が、ミリアの頬を走る。


「ぐっ……!」


 反撃の拳を振るう。だが、空を切る。

 次の瞬間、腹部に衝撃。

 息が詰まり、体がくの字に折れた。


「がはっ……!」


 膝をつくミリアを、メアリは見下ろす。


「ほら……ほらほらほらぁ……!」


 拳、肘、膝。無秩序で、だが速い。

 理性を捨てたがゆえの、純粋な殺意の連打。


 黒炎で防御しきれない。加護のバンテージが悲鳴を上げるように軋み、衝撃が直接、骨へと伝わった。


(……まずい)


 ミリアは歯を食いしばる。


(このままじゃ……押し切られる……!)


 だが、退けない。退くわけにはいかなかった。


「……あぁぁぁぁぁ!!」


 ミリアの胸奥で、何かが吼えた。


 黒炎が、質を変える。揺らめいていた炎が、芯を持ち、凝縮されていく。

 さらに、腕に巻かれた加護のバンテージが、呼応するように淡く光を放った。


 守護と破壊が、同時に重なる。


 ミリアは、一歩踏み出す。


「獄炎拳」


 渾身。迷いも、恐怖も、怒りも、すべてを叩き込んだ一撃。


 空気が焼け、地面が爆ぜる。黒と紅が絡み合った炎が、一直線にメアリを飲み込んだ。


「見切ったァ!!」


 だが。メアリの身体が、紙一重で炎の奔流をすり抜ける。


 見えている。


 狂気に染まったその瞳が、獄炎の軌道を正確に捉えていた。常人離れした動体視力。


「……あは」


 炎を背に、メアリが笑う。


「遅い」


 死闘の果て。互いに満身創痍。それでも、ミリアは止まらない。距離を詰め、腕を伸ばす。


 そして、ついに捉えた。


 だが、その瞬間。メアリは、自らの身体が黒炎に焼かれることすら、意に介さず、前へ踏み出した。


 皮膚が焦げ、肉が裂ける。

 それでも、その足は止まらない。


 狂気が、炎を踏み越えて迫ってくる。


 雪と血と黒炎が舞う中、

 二人の死闘は、いよいよ臨界へと近づいていた。


 ――出し惜しみをしていたら、やられるぞ。


 頭の奥で、低く、重い声が響いた。


 黒炎龍。


 ミリアは、わずかに歯を噛みしめる。


(……分かってる)


 白雷龍。

 その存在を前に、ミリアは力を温存していた。

 切り札は、最後まで隠しておくべきものだと、そう判断していた。


 だが、目の前のメアリは、もはや常識の枠にいない。


 狂気。執着。崩壊した感情。


 それらが束ねられ、一本の刃となって、ミリアへ向けられている。


(……届いてる)


 はっきりと、そう感じた。


 この狂気は。この殺意は。


 グロリアの強さに。


 メアリの足が、地面を蹴った。修羅の形相。歯を剥き、目を見開き、叫びとも咆哮ともつかぬ声を上げながら、一直線に突っ込んでくる。


「――――ァァァァァァ!!」


 ミリアは、静かに息を吸った。


(……覚悟を、決める)


 黒炎が、爆ぜた。


 腕。

 脚。

 胴。

 髪の先まで。


 全身を覆うように、黒炎が纏わりつく。

 揺らめきではない。装甲だ。

 龍の炎を身にまとう、戦闘形態。


 メアリが、笑う。


「それで……それで来るのかァァ!!」


 逃げない。避けない。


 ミリアもまた、一歩踏み込んだ。

 正面から二つの存在が、一直線に激突する。


「炎装突破!!」


 衝突の瞬間、光と熱が爆発した。

 黒炎がすべてを呑み込み、雪も、血も、悲鳴も、意味を失う。


 一瞬の後。ミリアが、歩いていた。


 その背後には、何も残っていなかった。

 雪も。血も。狂気も。


 ただ、焼き払われた空気だけが、静かに揺れていた。


 ミリアは立ち止まり、拳をゆっくりと下ろす。

 その表情は、勝者のものではない。

 ただ、覚悟を終えた者の顔だった。


 炎装突破の反動は、確実に身体を蝕んでいた。


 黒炎が消えた直後、ミリアの足から力が抜ける。

 膝が地面に落ち、荒い息が零れた。


「……っ……」


 その隙を、雷帝国の兵士たちは見逃さない。


「今だ!」

「仕留めろ!!」


 四方から突撃。剣、槍、雷撃。

 ミリアへと、殺意が雪崩れ込む。


 だが。


「させるかよ!!」


 怒号とともに、一人の男が割り込んだ。


 ジャック。


 サイガを倒し、なお刃を握る力を失っていない。

 返り血に濡れたアロンダイトが、雷光を弾き飛ばす。


「ここは俺がやる!!」


 兵士を蹴散らしながら、振り向きざまに叫ぶ。


「ミリア! お前は体休めとけ!!」


「……!」


 一瞬、視線が交わる。


 そこに、迷いはなかった。


 ミリアは、何も言わずに頷く。

 回復に専念するため、深く呼吸を整え、意識を内側へ沈めた。


 兄の背中が、前線に立つ。


 信じている。


 誰よりも。

 あの人の強さを。


 だからこそ、傍観できる。

 だからこそ、任せられる。


 そして、その期待にジャックは応える。


「来いよ……!」


 踏み込み、斬る。

 殴る。

 雷帝国兵の隊列が、次々と崩れていく。


 剣一本。

 拳一つ。


 妹の信頼を背負った男の戦いだった。


 やがて、ミリアの呼吸が落ち着き始めた頃。


 ――遠方。地平線の向こうで、空が裂けた。

 爆発的な炎。それと絡み合う、凄まじい雷光。

 轟音が遅れて届き、大地が低く震える。


「……あれは……」


 ミリアが、顔を上げる。


 その胸の奥で、黒炎が、微かにざわめいた。


『……どうやら』


 黒炎龍の声。


『白雷龍も、無傷とはいかないようだな』


 炎と雷が、激突している。

 次なる決戦が、確実に近づいている証。


 ミリアは、静かに拳を握った。


 この戦場は、まだ終わらない。


 戦火の向こうを見据えながら、彼女は、次に備えて立ち上がった。

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