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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者

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第五十三話 狂気を宿す者

 剣と剣がぶつかり合う音が、戦場の喧騒の中でもはっきりと響いていた。


「――ははっ!」


 笑ったのはサイガだ。


「その剣! いいなぁ! 前より重い!」


「そっちこそ、楽しそうだな!」


 ジャックは歯を食いしばり、アロンダイトを振るう。紅蓮鉱石の籠手が、剣撃の衝撃を吸収し、拳での追撃を可能にしていた。


 斬る。殴る。蹴る。

 距離は近い。近すぎる。互いに、逃げる気はない。


「なぁジャック」


 剣を受け流しながら、サイガが言う。


「今回は、引き分け無しだよな!?」


 ジャックの目が、鋭く細まった。


「あぁ、今回で終わらせる!」


「だよな!!」


 サイガが吼えた。雷を纏った剣が振り下ろされる。ジャックは正面から受けた。足元の大地が砕け、衝撃が全身を駆け抜ける。


 だが、退かない。懐に潜り込む。

 拳。籠手が、サイガの腹部に叩き込まれた。


「――がっ!」


 それでもサイガは笑う。


「効く効く!! 最高だ!!」


 距離が開いた、その瞬間。ジャックの手が、懐に伸びた。


「……またそれか!」


「前と同じだと思うなよ」


 放たれた六角手裏剣は、一本ではない。

 二本。三本。角度を変え、時間差で迫る。


 サイガは一つを弾き、二つ目をかわす。

 だが、三つ目が腿を抉った。


「っ……!」


 体勢が崩れる。その刹那、ジャックはすでに踏み込んでいた。


「終わりだ!!」


 アロンダイトが、全力で振り下ろされる。


 サイガは、避けない。否、避けられなかった。

 アロンダイトは、サイガの剣を打ち落とし、肩口から深く斬り裂いた。


 血が噴き出す。

 サイガの身体が、膝をつく。荒い息。それでも、顔は笑っていた。


「……なぁ」


 サイガは、地面に落ちた剣を見ず、ジャックを見上げる。


「最高だった」


 視線が、真っ直ぐだった。


「引き分けじゃ……ないな」


「……ああ」


 ジャックは、剣を下ろさなかった。


「今回は、俺の勝ちだ」


「だな……」


 サイガは、ゆっくりと仰向けに倒れた。地面が赤く染まっていく。


「次は……もう、ねぇか」


 それが、最後の言葉だった。ジャックは、しばらく動けなかった。剣を握る手が、わずかに震えている。


「……楽しかったよ」


 誰にともなく、そう呟く。そして、戦場へと視線を戻した。

 まだ終わっていない。だが一つ、確かに決着はついた。



 火花と金属音が、絶え間なく弾け散る。

 ミリアとメアリ。互いに一歩も引かず、間合いは常に致死の距離だった。


 細剣が閃く。だが――


「遅いッ!」


 ミリアの踏み込みが、わずかに勝った。黒炎を纏った拳が、嵐のように叩き込まれる。


「炎拳乱打!!」


 一発、二発、三発。拳の軌跡が残像となり、メアリの細剣の速度を完全に上回った。


「っ……!」


 防御が間に合わない。

 拳が、顔面を掠める。


 その瞬間。メアリの顔に縫い付けられたグロリアの顔の一部が、じゅっと音を立てて焼け焦げた。


「……あ?」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間。


「ぎゃああああああああああああああ!!」


 メアリが、発狂した。


「やめろォ!! 触るなァ!! ◯△⬜︎✖︎!!」


 意味を成さない叫びを上げながら、細剣を力任せに投げつける。


 ミリアは反射的に身を捻る。視界が、刹那、切れた。


「このクサレメスブタァ!!」


 メアリが、獣のように飛びかかる。ミリアの身体を掴むと、そのまま肩に噛み付いた。


「っ……!!」


 肉を裂く痛み。ミリアの動きが、わずかに止まる。その隙を、メアリは逃さない。


 拳。歪んだ笑みを浮かべたまま、全力で振り抜かれる。


 直撃。ミリアの顔面が弾け、後方へ吹き飛ぶ。地面に転がり、鼻から血が垂れ落ちた。


「……っ、く……」


 顔を上げるミリアに、メアリは吼える。


「お前がッ!!」


 血走った目。引き攣った口元。


「お前が全てを奪った!!」


 喉が裂けるほどの声で。


「私の全てを奪ったんだァァァ!!」


 かつて――

 雷帝インドラが、水帝ラグーナシアに敗れた戦争があった。

 敗北は、国を割り、人を捨てた。街は荒れ、家を失い、名もなく彷徨う者たちが溢れた。

 

 メアリも、その一人だった。


 行き場を失い、路地裏で身を縮め、ただ次の日を待つだけの存在。そんな彼女に、手を差し伸べたのが、グロリアだった。


「生きたいなら、ついてきなさい」


 それは、慈悲でも、同情でもない。ただ当然のことのように。


 食事を与え、寝床を与え、剣を教えた。やがて、側近と呼ばれる位置にまで、引き上げた。


 だが、メアリだけが特別だったわけではない。


 サイガも。他の部下たちも。

 グロリアは、同じように面倒を見ていた。


 それでも――

 それでも、メアリは、グロリアが大好きだった。


 雷帝国の兵士たちの多くは、彼女を「やばい女」だと噂していた。

 水帝の裏切り者。歪んだ価値観。どこか壊れていると。


 だが、メアリは違った。彼女は、知っていた。


 グロリアは、水帝ラグーナシアと親友だったこと。

 そして告白し、振られ、水明国を去ったこと。


(女性に、告白した)


 その事実が、メアリの中で、奇妙な希望に変わった。


(なら……私と、結ばれる未来も……ある)


 水帝ラグーナシアではない。ならば、自分が。


(グロリア様は、私の……)


 いや、違う。


(私は、グロリア様の物)


 そう思うたび、胸が満たされた。世界が、意味を持った。


 彼女は、グロリアを崇拝した。

 心酔し、生きる拠り所にした。


 夜。ひとりになったとき。


 グロリアの声を思い出し、その背中を、強さを、存在を思い描き、救われるように、すがるように、毎晩、同じ想いに身を委ねていた。


(あぁ……グロリア様……グロリア様ッ!)


 それが、愛なのか、依存なのか、狂気なのか。

 メアリ自身にも、もう区別はつかなかった。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


 グロリアを失った世界は、耐えられなかった。


 だから。

 だからこそ。

 その仇であるミリアを前にした今、メアリの心は、完全に壊れていたのだ。 


「お前だけは絶対に許さない。想像つく限り、最大限惨たらしく殺す」


 雪と血と狂気が、戦場に渦巻いていた。

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