第五十二話 それぞれの死闘
戦場の只中。
アリスは雷帝国の兵士たちを、次々と殴り飛ばしていた。拳が当たるたび、金属と骨が同時に砕ける鈍い音が響く。
「……どこ」
無機質な声で呟きながら、視線は常に戦場を走査している。
探しているのは、一人。雷銃のランス。
そのすぐ傍で、ジャックはアロンダイトを振るっていた。白銀の剣が描く軌跡は鋭く、雷帝国兵の防御を容易く断ち切る。
「邪魔だ、どけ!」
剣と拳。二人は自然と背中を預け合い、前へ進む。
その時だった。
「おい!あの時の続き!やろうぜ!!」
戦場に、不釣り合いなほど楽しげな声が響いた。
ジャックが振り返る。そこに立っていたのは、雷帝国の戦士。狂気じみた笑みを浮かべる男・サイガ。
不意打ちではない。逃げも隠れもしない。堂々と、ジャックの正面に立っていた。
「……またお前か」
ジャックは剣を構え直す。
「調子狂うんだよな……お前といると」
「そう言うなよ!」
サイガは笑い、武器を構える。
「楽しもうぜ!!」
次の瞬間。剣が、ぶつかった。金属音が炸裂し、火花が散る。互いに一歩も引かない、真っ向からの激突。戦場の喧騒の中で、そこだけが異様な熱を帯びていた。
一方、その少し離れた場所。ミリアに向かって、異様な気配が迫っていた。ドス黒いオーラを纏った、女。
「……クソガキ……」
低く、濁った声。
「……メスブタ……死に晒せ!!」
女は、細身の刃を突き出す。
速い。あまりにも速すぎて、連撃は視認すらできない。空気が裂け、死の軌跡だけが残る。
「……っ!」
ミリアは即座に地面へ手をついた。
「火柱鎧!!」
轟音とともに、炎が噴き上がり、彼女の周囲を包む。不可視の刃が炎に弾かれ、火花が散った。
炎の向こうに、女の姿が浮かび上がる。
「……お前は」
ミリアの前に立っていたのは、メアリだった。
「グロリア様の仇……!」
歪んだ声で叫ぶ。
「貴様だけは! 貴様だけは、絶対に殺す!!」
その瞬間、ミリアは背筋に、氷のような感覚を覚えた。
なぜなら。メアリの顔には、グロリアの遺体から削ぎ取ったと思われる顔が、縫い付けられていたからだ。
縫合の跡は生々しく、狂信と執念がそのまま形になっていた。
「……っ」
ぞっとする。それは敵意ではない。壊れきった信仰そのものだった。
四体の機械兵に包囲され、クレイは歯を食いしばった。炎帝剣サンブレイクを振るうが、四体は連携して距離を詰めてくる。金属の腕が、同時に振り下ろされた。
「……っ」
もう、ダメか。そう思った、その瞬間。
「百烈突!!」
凄まじい突風とともに、無数の突きが叩き込まれる。一体の機械兵が、文字通り穴だらけになり、次の瞬間には原形を失って崩れ落ちた。
「助太刀するぞ!」
姿を現したのは、水明国の槍使いアリウム。
水のように流れる構え。その槍は、止まらない。
そして、間髪入れず。
「岩撃進!!」
轟音。まるで大型車同士が正面衝突したかのような衝撃が走る。体当たり一撃で、もう一体の機械兵が粉砕された。
「道は開けたな」
巨躯の男。
暗月国の将軍ガイツ。
同盟国の参戦。
その光景に、クレイだけでなく、炎龍国の兵士たちの士気が一気に跳ね上がる。
「水明国だ!」
「暗月国も来たぞ!!」
「まだ戦える!」
「押し返せ!!」
戦場の空気が、再び炎を取り戻す。
だが、その刹那。クレイの背後に、気配がない。冷たい殺意だけが、唐突に現れた。
(――後ろ!?)
ナイフが、静かに、確実に、背中へと伸びる。
その瞬間。
「私には、見えている」
両手に鉄棒を持ち、白銀の髪を後ろで束ね、黒い軍服に身を包んだ女性。
鉄棒が閃き、甲高い音を立ててエタルドのナイフを、弾き飛ばした。
「……なに?」
殺影のエタルドが、初めて驚愕を滲ませる。
そこに立っていたのは、
暗月国の覇王・レイア。
圧倒的な存在感。周囲の戦場が、彼女を中心に静まり返る。
レイアは、ちらりとクレイたちを見る。
「あなた達は機械兵を」
それだけ告げると、ゆっくりと前に出た。視線は、ただ一人。殺影のエタルドを、正面から捉える。
「殺影のエタルド……影に潜む者が、表に出てきたわね」
鉄棒を構え、微笑む。
覇王と、暗殺者。
ここに、新たな死闘が始まろうとしていた。
降り続く雪。それは、自然現象ではなかった。
戦場の後方、高台に立つ男が、冷え切った視線で平原を見下ろしている。
氷鬼フロイス。
白い外套を翻し、彼は静かに呟いた。
「……死ね。気付かぬまま」
フロイスが手のひらを前に突き出し、拳を力強く握る。
瞬間。舞い落ちていた雪が、凍りつく。ひとつひとつが鋭利な刃へと変じ、無数の氷刃となって宙に浮かび上がった。
「なっ――」
「逃げろ!!」
炎龍国の兵士たちに、避ける暇はない。圧殺するように、氷の刃が降り注ごうとした、その時。
叩きつけるような音。
雪が、激しい雨へと変わった。冷気が、押し流される。氷刃は形を保てず、次々と砕け散った。
「……ほう?」
フロイスが、眉を上げる。
雨の向こうから、ひとりの女性が歩み出た。青を基調とした装束。揺れる水の気配そのもののような存在。
水帝ラグーナシア。
「氷鬼フロイス」
澄んだ声が、戦場に響く。
「あなたの悪名は、有名よ」
フロイスは、愉快そうに口角を上げた。
「これはこれは……水帝ラグーナシア」
肩をすくめる。
「そちらこそ、前王インドラ様を殺した、我が国の怨敵だ」
そして、薄く笑う。
「まあ、バガンを殺してくれたおかげで、私は出世できた。私にとっては、恩人でもあるがね」
雨と雪が、二人の間でぶつかり合う。
水と氷。
帝と鬼。
この戦場は、すでに個々の因縁が剥き出しになる段階へと突入していた。
次に砕けるのは果たして、どちらか。
そして――戦場のさらに奥。雷鳴と炎が交錯するその中心で、二つの存在が向き合っていた。
炎帝リグーハン。
雷帝ハイド。
互いに一歩も譲らず、ただ視線だけがぶつかり合う。周囲の兵士たちは、無意識のうちに距離を取っていた。
ここは、王の領域だ。先に口を開いたのは、ハイドだった。
「いきなり大将戦か?リグーハン」
紫電が、その身を纏う。白雷龍の力が、抑えきれず空気を震わせている。
リグーハンは、静かに炎を燃やした。
「避けては通れん」
その声には、揺らぎがない。
「ミリアとジャックには、返しきれない恩がある」
一歩、前に出る。
「そして、暗月の前覇王ゴウガのこともある」
炎が、彼の背後で大きく揺らめいた。
「貴様を殺し、恩と仇を、ここで取る」
ハイドは、低く笑う。
「……なるほど」
雷が、地を焦がす。王同士の因縁。個人としての決意。もはや退路はない。炎帝と雷帝。二つの帝が、この戦場で激突しようとしていた。
その一撃一撃が、国の命運を左右することを、誰もが本能で理解していた。
戦場は、完全に分断された。
それぞれが、それぞれの因縁と向き合う。
もはやこれは、ただの国家間戦争ではない。
魂と狂気がぶつかり合う、決戦だった。




