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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第四章 白雷龍を宿す者 編

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第五十一話 動き出す雷

 新年を迎える頃。


 炎龍国は、束の間の安らぎに包まれていた。

 城下町には正月飾りが並び、子どもたちの笑い声が冬の空気に溶けていく。人々は誰もが、今年こそ平穏であることを願っていた。


 その時だった。炎龍城に、緊急の報がもたらされる。


「雷帝国、侵略開始を確認」


 炎龍国の隠密が、膝をついて告げた言葉に、謁見の間の空気が凍りつく。


 リグーハンは、目を閉じ、短く息を吐いた。


「来たか……」


 覚悟は、すでにできていた。


「同盟国へ伝令を飛ばせ!」


「はっ!」


「炎龍国は、戦争準備に入る」


 その宣言は、王としてではなく、ひとりの戦士としての決意だった。

 祝祭の色は、一瞬にして消え、国は再び戦火へ向かって動き出す。


 ――その頃。


 城の一角、静かな回廊で、ジャックはアリスと並んでいた。機械の少女は、いつもと変わらぬ無表情で、遠くの空を見つめている。


 戦争開始の報は、すでに二人の耳にも届いていた。


「……父さんの仇、取るんだろ?」


 ジャックの言葉に、アリスは小さく頷いた。


「うん」


 それきり、沈黙が落ちる。冬の風が、二人の間を通り抜けた。


「……この戦争が終わったら……」


 アリスは、そう言いかけて、言葉を切った。


「?」


 ジャックが首を傾げる。


「どうした?」


 アリスは一瞬、視線を伏せる。


「……やっぱり、いい!機械の私には、関係ない話だから」


 その言葉に、ジャックは眉をひそめた。


「そんなわけないだろ」


 少し考えたあと、彼は照れたように頭をかく。


「じゃあさ……今度は俺から、いいかな」


 アリスが顔を上げる。


「この戦争が終わったら――俺と、付き合ってくれないか?」


 その瞬間、アリスの思考が止まった。


「……え?」


 目を見開き、言葉を失う。


「私……機械だよ?それでも、いいの?」


 声が震え、人工の瞳に涙が浮かぶ。感情は不要なはずだった。それでも、止められなかった。


 ジャックは、迷いなく答えた。


「機械だろうが、人間だろうが……アリスは、アリスだろ」


 その言葉に、アリスの涙が零れ落ちる。


「……うん」


 一歩近づき、彼女は背伸びをするようにして、ジャックの唇に口付けた。それは拙く、けれど確かな温もりを伴ったキスだった。


 遠くで、戦争の準備を告げる鐘が鳴り始める。


 新年の始まりは、同時に別れと覚悟の始まりでもあった。それでも、この約束だけは、二人の心に深く刻まれた。


 必ず、生きて帰る。その未来のために。



 数日後。


 暖かいはずの炎龍国に、あり得ない光景が広がっていた。空から、粉雪が舞い落ちている。


 この国には地熱がある。

 雪が降ることはあっても、積もることは決してない。それが常識だった。


「……雪?」


 城壁の見張り兵が、訝しげに空を見上げる。


 その瞬間だった。白く霞む雪の向こう。ゆっくりと、だが確実に迫る影が見えた。


 最初は、黒い帯のように。やがてそれは、無数の槍、旗、鎧の反射となって輪郭を持つ。


「大軍だ!!」


 兵士の喉が鳴る。


「……雷帝国」


 間違いない。

 紫電を象った軍旗が、雪の中ではっきりと揺れていた。


 次の瞬間、炎龍城下町全域に警報が鳴り響く。

 重く、低く、何度も。人々が立ち止まり、顔を上げる。恐怖と覚悟が、街を駆け抜けた。


「……ついに、この時が来たか」


 炎帝リグーハンは城壁の上から、迫る軍勢を見据えた。


「住民を避難させろ。全員だ!迎撃は、門の外で行う」


 命令は即座に伝わり、街は戦時の顔へと変わる。民は地下施設や後方へ誘導され、兵たちは城門前へ集結していく。


 炎龍城下町から少し離れた、広大な平原。


 そこはかつて、何もない土地だった。だが今この場所は、炎龍国と雷帝国。二つの大国が激突する戦場となる。


 そして同時に。


 黒炎龍と、白雷龍。


 因縁と覚醒が交差する、決戦の舞台だった。


 雪は、静かに降り続けている。嵐は、すでに始まっていた。


 互いの姿を、完全に視認した瞬間。


 戦場の空気が、弾けた。合図などいらない。怒号と咆哮が重なり、両軍は一気に距離を詰める。


 白兵戦。


 先頭に立ったのは、クレイだった。


「前へ出ろ!」


 炎帝剣サンブレイクを掲げ、彼は兵士たちを導く。


「押し込め! 炎龍国の意地を、ここで見せるぞ!!」


 その叫びに応えるように、炎龍兵たちは鬨の声を上げる。槍が閃き、剣が交錯し、雷帝国の兵士が次々と倒れていった。


 炎と血が、雪を溶かしていく。


「行け!」

「怯むな!」


 数の上でも、勢いでも、炎龍国が押していた。

 ――だが。前線が、唐突に押し返される。


「なっ……!?」


 炎龍兵の一人が、吹き飛ばされた。現れたのは、人の形をしていながら、明らかに異質な存在。


 金属の装甲。無機質な動き。

 雷帝国の機械兵。


「来たか……!」


 クレイは歯を食いしばり、前へ踏み出す。

 炎帝剣サンブレイクが、赤く輝いた。


「――煌溶断!」


 振り抜かれた刃から、灼熱の斬撃が放たれる。

 並の剣なら、振るう前に自壊するほどの熱量。


 だが、炎帝剣は決して溶けない。


 灼熱が機械兵を包み、金属が赤熱し、焼け落ちる。

 一体目が、膝をつき、そのまま崩れ落ちた。


「やったぞ!」


 だが、歓声は上がらない。


 雪煙の向こうから、重い足音が響く。


 一体、二体。


 さらに。クレイの前に立ちはだかったのは、四体の機械兵だった。同時に動き出す金属の巨躯。無感情な視線が、ただクレイを捉える。


「……チッ」


 クレイは剣を構え直す。


 この先は、兵の力だけでは押し切れない。

 戦場は、次の段階へと踏み込んだ。

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