第五十一話 動き出す雷
新年を迎える頃。
炎龍国は、束の間の安らぎに包まれていた。
城下町には正月飾りが並び、子どもたちの笑い声が冬の空気に溶けていく。人々は誰もが、今年こそ平穏であることを願っていた。
その時だった。炎龍城に、緊急の報がもたらされる。
「雷帝国、侵略開始を確認」
炎龍国の隠密が、膝をついて告げた言葉に、謁見の間の空気が凍りつく。
リグーハンは、目を閉じ、短く息を吐いた。
「来たか……」
覚悟は、すでにできていた。
「同盟国へ伝令を飛ばせ!」
「はっ!」
「炎龍国は、戦争準備に入る」
その宣言は、王としてではなく、ひとりの戦士としての決意だった。
祝祭の色は、一瞬にして消え、国は再び戦火へ向かって動き出す。
――その頃。
城の一角、静かな回廊で、ジャックはアリスと並んでいた。機械の少女は、いつもと変わらぬ無表情で、遠くの空を見つめている。
戦争開始の報は、すでに二人の耳にも届いていた。
「……父さんの仇、取るんだろ?」
ジャックの言葉に、アリスは小さく頷いた。
「うん」
それきり、沈黙が落ちる。冬の風が、二人の間を通り抜けた。
「……この戦争が終わったら……」
アリスは、そう言いかけて、言葉を切った。
「?」
ジャックが首を傾げる。
「どうした?」
アリスは一瞬、視線を伏せる。
「……やっぱり、いい!機械の私には、関係ない話だから」
その言葉に、ジャックは眉をひそめた。
「そんなわけないだろ」
少し考えたあと、彼は照れたように頭をかく。
「じゃあさ……今度は俺から、いいかな」
アリスが顔を上げる。
「この戦争が終わったら――俺と、付き合ってくれないか?」
その瞬間、アリスの思考が止まった。
「……え?」
目を見開き、言葉を失う。
「私……機械だよ?それでも、いいの?」
声が震え、人工の瞳に涙が浮かぶ。感情は不要なはずだった。それでも、止められなかった。
ジャックは、迷いなく答えた。
「機械だろうが、人間だろうが……アリスは、アリスだろ」
その言葉に、アリスの涙が零れ落ちる。
「……うん」
一歩近づき、彼女は背伸びをするようにして、ジャックの唇に口付けた。それは拙く、けれど確かな温もりを伴ったキスだった。
遠くで、戦争の準備を告げる鐘が鳴り始める。
新年の始まりは、同時に別れと覚悟の始まりでもあった。それでも、この約束だけは、二人の心に深く刻まれた。
必ず、生きて帰る。その未来のために。
数日後。
暖かいはずの炎龍国に、あり得ない光景が広がっていた。空から、粉雪が舞い落ちている。
この国には地熱がある。
雪が降ることはあっても、積もることは決してない。それが常識だった。
「……雪?」
城壁の見張り兵が、訝しげに空を見上げる。
その瞬間だった。白く霞む雪の向こう。ゆっくりと、だが確実に迫る影が見えた。
最初は、黒い帯のように。やがてそれは、無数の槍、旗、鎧の反射となって輪郭を持つ。
「大軍だ!!」
兵士の喉が鳴る。
「……雷帝国」
間違いない。
紫電を象った軍旗が、雪の中ではっきりと揺れていた。
次の瞬間、炎龍城下町全域に警報が鳴り響く。
重く、低く、何度も。人々が立ち止まり、顔を上げる。恐怖と覚悟が、街を駆け抜けた。
「……ついに、この時が来たか」
炎帝リグーハンは城壁の上から、迫る軍勢を見据えた。
「住民を避難させろ。全員だ!迎撃は、門の外で行う」
命令は即座に伝わり、街は戦時の顔へと変わる。民は地下施設や後方へ誘導され、兵たちは城門前へ集結していく。
炎龍城下町から少し離れた、広大な平原。
そこはかつて、何もない土地だった。だが今この場所は、炎龍国と雷帝国。二つの大国が激突する戦場となる。
そして同時に。
黒炎龍と、白雷龍。
因縁と覚醒が交差する、決戦の舞台だった。
雪は、静かに降り続けている。嵐は、すでに始まっていた。
互いの姿を、完全に視認した瞬間。
戦場の空気が、弾けた。合図などいらない。怒号と咆哮が重なり、両軍は一気に距離を詰める。
白兵戦。
先頭に立ったのは、クレイだった。
「前へ出ろ!」
炎帝剣サンブレイクを掲げ、彼は兵士たちを導く。
「押し込め! 炎龍国の意地を、ここで見せるぞ!!」
その叫びに応えるように、炎龍兵たちは鬨の声を上げる。槍が閃き、剣が交錯し、雷帝国の兵士が次々と倒れていった。
炎と血が、雪を溶かしていく。
「行け!」
「怯むな!」
数の上でも、勢いでも、炎龍国が押していた。
――だが。前線が、唐突に押し返される。
「なっ……!?」
炎龍兵の一人が、吹き飛ばされた。現れたのは、人の形をしていながら、明らかに異質な存在。
金属の装甲。無機質な動き。
雷帝国の機械兵。
「来たか……!」
クレイは歯を食いしばり、前へ踏み出す。
炎帝剣サンブレイクが、赤く輝いた。
「――煌溶断!」
振り抜かれた刃から、灼熱の斬撃が放たれる。
並の剣なら、振るう前に自壊するほどの熱量。
だが、炎帝剣は決して溶けない。
灼熱が機械兵を包み、金属が赤熱し、焼け落ちる。
一体目が、膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
「やったぞ!」
だが、歓声は上がらない。
雪煙の向こうから、重い足音が響く。
一体、二体。
さらに。クレイの前に立ちはだかったのは、四体の機械兵だった。同時に動き出す金属の巨躯。無感情な視線が、ただクレイを捉える。
「……チッ」
クレイは剣を構え直す。
この先は、兵の力だけでは押し切れない。
戦場は、次の段階へと踏み込んだ。




