第四十九話 白雷龍を宿す者
炎龍城下町。
王城から少し離れた石畳の通りは、昼の陽を浴びて賑わっていた。
鍛冶屋の槌音、香辛料の匂い、子どもたちの笑い声。戦の報せは届いている。それでも人々は、今日を生きることをやめていなかった。
「……すごい」
アリスが、思わず声を漏らす。
赤茶色の屋根が連なり、家々の壁には炎龍国の紋章が刻まれている。市場には肉や野菜、武器、防具が並び、炎の国らしく、どれも力強い。
「ここが、炎龍城下町」
「だろ?」
前を歩いていたジャックが、振り返って笑った。
「戦ばっかりの国だと思われがちだけど、普段はこんなもんだ」
彼は慣れた足取りで、人混みを縫っていく。
「右が市場、左が職人街。奥に行くと酒場が多い」
「……詳しいんですね」
「生まれも育ちも炎龍国。暗月国との戦い以降、ずっとここに暮らしてるしな」
少し照れたように、頭をかく。
ミリアとクレイは、少し後ろで二人を見守るように歩いていた。ミリアは、どこか安堵した表情で城下町を眺めている。
(こういう時間も……必要よね)
ふと、ジャックが立ち止まった。
「腹、減ってないか?」
アリスは一瞬迷い、素直に頷いた。
「……実は」
「よし、決まりだ」
彼が指さしたのは、煙が立ち上る屋台だった。鉄板の上で焼かれる肉と香草。油の弾ける音。
「炎龍串だ。城下名物」
「炎……?」
「名前ほど辛くないから安心しろ」
二本買い、一本をアリスに渡す。
「はい、新入り歓迎」
アリスは、少し驚いたようにそれを受け取った。
「……ありがとう」
一口かじる。香ばしさと肉汁が広がり、目を見開く。
「美味しい……!」
「だろ?」
ジャックは満足そうに笑った。
「風翔国じゃ、こういうの無かったか?」
「ええ……もっと、静かで……」
「じゃあ、炎龍国向きだな。騒がしいし、暑苦しいし」
冗談めかして言うと、アリスは小さく笑った。
「……嫌いじゃないです」
その言葉に、ジャックは一瞬だけ目を丸くし、すぐに照れ隠しのように視線を逸らした。
「そ、そうか」
少し歩いた先。広場では、子どもたちが木剣で打ち合っている。
「わっ、危なっ」
「ほらほら、腰が引けてるぞー!」
ジャックが声をかけると、子どもたちが振り返る。
「ジャック兄ちゃんだ!」
「剣、教えて!」
「仕方ねぇな」
ジャックは剣を借り、簡単な構えを見せる。動きは荒いが、実戦的だった。
それを、アリスはじっと見つめていた。
「……優しいんですね」
「は?」
「子どもたちに」
一瞬、言葉に詰まる。
「……まあ、放っとけないだけだ」
子どもたちに剣を返し、歩き出す。
「俺は英雄でも何でもない。ただの田舎育ちだ」
「それでいいと思います」
アリスは、はっきりと言った。
「私、こういう人好きです」
「……っ!」
ジャックは、思わず立ち止まり、耳まで赤くなる。
「お、おい、そういうのはだな……!」
後ろから、ミリアが苦笑する。
「仲良くなったみたいね」
「見てるこっちが微笑ましいな」
クレイも、静かに言った。
城下町に、夕暮れが近づく。
赤い空が、炎龍国の屋根を染める。
この時間が、永遠ではないことを、誰もが知っている。それでも今は剣を置き、笑い、歩ける。
嵐の前の、確かな平和。
炎は、静かに燃えていた。
次なる戦いの日を待ちながら。
一方その頃――
龍の渓谷。
黒炎龍が目覚めた地。白き雷雲が渦巻く断崖の中心に、雷帝ハイドは立っていた。
空は割れ、雷が大地を穿つ。白光が、渓谷そのものを満たしていく。
「……来い」
ハイドが、低く告げた。応えるように、雷が収束する。雷鳴が、言葉を成した。
『貴様に宿り数年経つが……話すのは、初めてだな。ハイド』
白雷龍の声は、威厳に満ちていたが、どこか冷ややかだった。
『黒炎が目覚めた今、貴様がこの地に来ると分かっていた。問おう――』
白雷が、ハイドの身体を貫くように走る。だが、それは破壊ではない。選別だった。
『力の果てに、お前は何を目指している』
ハイドは、一瞬も迷わなかった。
「世界統一だ」
雷が、ざわめく。
『……世界統一?』
白雷龍は、嘲るように雷鳴を轟かせる。
『そんなくだらんことのために、我が力を求めるとは思えん』
その言葉に、ハイドは眉一つ動かさなかった。
「くだらない……か」
静かな声だった。だが、その奥には、深い怨念と確信があった。
「我が父・インドラは、戦争の果てに死んだ。悪いのは、攻め込んだ父だ。水帝ラグーナシアは、国を守った英雄として語られている」
白雷が、わずかに揺れる。
「だがな……」
ハイドは、天を仰ぐ。
「そのさらに昔の歴史を見れば、どの国も同じだ!奪い、奪われ、守り、破られ……それを、ただ繰り返してきただけ」
雷が、次第に激しさを増す。
「戦争をなくし、真の平和を作るためには、絶対的な王が必要なのだ」
ハイドの声は、渓谷全体に響いた。
「一国の王では足りぬ。世界の、人類の王が」
沈黙。
白雷龍は、しばし何も語らなかった。
雲が渦を巻き、雷が唸る。
やがて、その声が再び落ちる。
『……なるほど』
それは、否定でも肯定でもない。
『人の欲と絶望が辿り着く、ひとつの答えだ。だが覚えておけ、雷帝ハイド』
白雷が、ハイドの全身を包み込む。
『我は王の剣であり、枷でもある。お前が王である限り、我は力を貸そう』
雷光が、爆ぜた。
白雷龍は、ハイドの内へと溶け込む。雷帝の身体から、白き稲妻が溢れ出す。
その瞳に宿ったのは、迷いなき狂気。
こうして白雷龍も、真の力へと覚醒した。
世界統一という名の理想のもと、
新たな破滅が、静かに産声を上げたのだった。




