第四話 悪魔の兄弟
大陸南方、火山帯に最も近いと言われる荒れ地に、ひっそりと存在する町・火柱町。
名の通り、昼夜問わず地割れから蒸気や火炎が噴き上がり、常に焦げた岩肌の匂いが漂っている。
町を囲む壁も、石と鉄が熱で歪んでおり、まるで剣を振るった跡のような傷が至る所に残っている。
この町には、兵士はいない。警備隊もいない。
必要ないのだ。
代わりに、暗月四天王の中でも最悪の二人が、ここを遊び場のように支配しているから。
中央広場。
黒焦げの地面を、裸足のように軽やかに歩く細身の男がいた。
キル。
キレるほど鋭く研ぎ澄まされた双腕の刃、アームブレードを持つ男。
身長はジャックと同じくらい。だが体は骨のように細く、影のように素早い。
「んあぁ~……退屈。なんも面白いことねぇなあ。なぁ、兄貴」
その声に、背後から鈍い音とともに大きな影が揺れる。
ヘル。
巨大な戦鎚を片手で振り回す、怪力の巨漢。
赤黒く焼けた皮膚、火山の岩のような筋肉。
踏み出すたびに地面が沈む。
「文句言うなら、なんか連れてこいよキル。ぶっ壊すもんがねぇと昼寝もできねぇ」
「兄貴はホント、脳筋~。オレが連れてきたら全部潰すだろ?」
火柱町の住民は気配を殺すように建物の陰に隠れ、息を潜めていた。
二人が会話しているだけで、町に“死”の匂いが増すからだ。
誰も近づかない。近づける者はいない。
味方ですら、すぐ殺される。
だからこの町には兵士がいない。
二人きり。それで十分だった。
そのとき、町の外れで砂煙が上がった。
視界の悪い灰色の地平に、黒い影がいくつも動く。
「兄貴、来たみたいだよ。レジスタンスってやつ」
「へぇ……」
ヘルの口角が、石の割れるような音とともにゆっくり上がる。
「やっと殺せるのか」
火柱町の門前。
粗末な鎧を着た十数名の若者たちが武器を握りしめていた。
「ここなら……! 二人きりのはずだ! 数で押せば……!」
「火柱町を、あの悪魔の兄弟から……!」
気迫だけはあった。だが、気迫だけで勝てる相手ではない。
最初に動いたのはキルだった。
風が裂けた。
次の瞬間、レジスタンスの一人の首が、音もなく宙に舞った。
「うん……やっぱり弱っ。拍子抜け~」
「なっ……速……っ!」
誰も、何が起きたか見えていない。
アームブレードの切断面だけが、鮮烈に残っていた。
動揺の叫びを上げる前に、地面が弾けた。
「うおおおおおお!!」
ヘルの足が地面を叩き割り、巨大なハンマーが振り抜かれる。
風ではない。
爆発でもない。
ただ“振った”だけで、大地が抉れ、レジスタンスたちの体が空へ散った。
骨が砕け、肉片が飛び、砂埃に赤が混じる。
数十名の奇襲は一分もかからなかった。
文字通り、瞬殺。
「やっべぇ兄貴、今日は絶好調じゃん」
「まだだ。まだ物足りねぇ……もっと壊せるもんないのかよ」
二人は血の海の中、飽きたように欠伸をする。
正義も大義もない。
目的も思想もない。
ただ殺すことが楽しい。
それだけで四天王に登りつめた。
暗月国の覇王が、その純粋すぎる武力を気に入ったから。
その火柱町へ、霧の中から一人の影が近づいていく。
疲れ切った走りで、肩で息をしながら。
ゴリガンだった。
「はぁ……はぁ……キル様、ヘル様! ご報告があります!」
二人が同時にゆっくり振り返る。
刃のような視線に、ゴリガンの背筋が凍りつく。
「報告……? つまんねぇもんなら殺すぞ~?」
「オレを起こすだけの価値、あんだろうな?」
ゴリガンは震える声で叫んだ。
「黒炎……! 黒炎の少女が……紅蓮町に……!」
二人の目つきが、同時に変わった。
殺意が、風景を暗く染めた。
「へぇ……」
「おもしれぇ……」
キルとヘルが、ゆっくりと笑う。
「行くか、兄貴」
「ああ。次はその黒炎を……ぶっ壊す」
火柱町に、地獄が歩き出す。
キル&ヘル兄弟が火柱町で血の雨を降らせている頃、ミリアたちのいる集落は、まるで別世界のように穏やかな空気が流れていた。
最近この集落を任されたレイアは、相変わらず冷静で、表情から本心を読み取ることは難しい。
しかし彼女は支配者というよりは、監視者としての距離感を保っており、ミリアたちの日常に干渉しすぎることはなかった。
ミリアは井戸のそばで水汲みをしていた。
朝の光が水面でキラキラと踊り、風が髪を揺らす。
「ミリア、今日の畑、見に行く?」
エマが駆け寄り、いつもの笑顔で声をかける。
「うん。そろそろトマトが赤くなってる頃かな」
2人はバケツを並べて運びながら、のどかな足取りで畑へ向かった。
その途中、遠くから鋭い視線を感じる。
レイアが少し離れた丘の上から彼女たちを見ていた。
だが、近づいてくる気配はない。
ただ静かに、まるで観察しているだけ。
ミリアは視線を感じつつ、わざと日常の会話を続けた。
「ね、エマ。レイアさん、最近ちょっと柔らかくなった気がしない?」
「んー……どうだろう。怒ってる時のレイアさん、めちゃ怖いし」
「たしかに」
2人は苦笑しながら畑に入った。
周囲の村人たちも、以前に比べてずっと落ち着いた表情をしている。
レイアが支配者として振る舞わないおかげで、日常の作業はスムーズに進み、子どもたちは笑い声をあげて走り回る。
だが、レイアがいる限り、安心し切る者は一人もいなかった。
彼女の無表情の奥に、どんな計算が潜んでいるのか誰にもわからないからだ。
昼下がり。
ミリアは木陰でエマと簡単な弁当を広げた。
「こんな日が続けばいいのにね」
ミリアのつぶやきに、エマは空を見上げて笑う。
「続くよ。だって私たち、強くなってるもん」
どこか楽観的だが、その言葉には確かな芯があった。レイアの監視下でも、ミリアたちは着実に絆を深め、生活を整えていた。
戦いの影は遠ざかったように見える。
──だがそれは、嵐が来る前に訪れる、奇妙な静けさだった。




