第四十八話 神をも欺く
炎龍国。
赤き城壁を越え、ミリアたち四人は、ようやく祖国の地を踏んだ。
王城・謁見の間。
玉座に座すのは、炎帝リグーハン。
老いを感じさせぬ威厳と、燃えるような瞳が、静かに彼らを見下ろしていた。
「……無事に、戻ったか」
その一言に、張り詰めていたものが、少しだけ緩む。ミリアは、一歩前に出て、頭を下げた。
「風翔国にて……雷帝国の研究所を破壊しました」
クレイが、続く。
「ですが……風帝ソウムは、殺されました」
その名を聞いた瞬間、謁見の間の空気が、わずかに沈む。リグーハンは、目を閉じた。
短い沈黙。
「……無念だ」
低く、重い声。
「風を守り抜いた、誇り高き帝だった」
だが、次の瞬間。炎帝は、四人をまっすぐに見据えた。
「それでも」
拳を、玉座の肘掛けに置く。
「お前たちは、雷帝国の企みを一つ潰した」
声に、確かな熱が宿る。
「そして何より……生きて、帰ってきてくれた」
その言葉は、命令でも評価でもない。感謝だった。ミリアの胸が、少しだけ温かくなる。
リグーハンは、振り返り、側近に命じた。
「至急だ」
声が、鋭くなる。
「クレイとジャック」
二人が、背筋を伸ばす。
「この二人に真打ちを渡せるよう、国一番の鍛冶屋に手配しろ」
謁見の間が、ざわめく。
「次の戦いは……今までの武器では、足りぬ」
側近は、深く頭を下げた。
「はっ!」
リグーハンは、再び四人へ向き直る。アリスの存在にも、視線を留める。
「……アリス」
その声は、炎帝ではなく、年長者のものだった。
「お前もだ」
一拍、置いて。
「今はとにかく、ゆっくり休め」
戦士としてではない。まだ、若者として。
「次の戦は……確実に、もっと苛烈になる」
ミリアたちは、深く頭を下げた。
炎龍国の炎は、静かに揺れていた。
それは、失われた風を弔いながらも、次なる嵐に備える、静かな炎だった。
雷帝国。
紫電走る城壁の内側で、ランスは立ち止まり、背後の部下たちに振り返った。
「ここからは、俺一人で行く」
淡々とした声だった。
「お前らは、麒麟様に報告しろ」
一瞬の沈黙の後、部下たちは片膝をつく。
「かしこまりました」
そして、揃って告げる。
「白虎様」
ランスは何も言わず、踵を返した。
雷帝城の重厚な門が開く。玉座の間。
雷帝ハイドは、玉座に深く腰掛けたまま、ランスの報告を聞いていた。
風翔国での戦闘。研究所の破壊。エンリケの失敗。
そして――
「龍の渓谷で、黒炎龍が覚醒しました」
その言葉に、ハイドの指が、わずかに強張る。
「……やはり、か」
低く、吐き捨てるような声。
恐れ。それは、雷帝という仮面の奥に、確かに存在していた。
「余は――」
ハイドは、立ち上がる。
「自ら、龍の渓谷へ向かう」
玉座の間に、緊張が走る。
「戻った暁には、炎龍国へ侵攻する。
国ごと……黒炎龍を、潰す」
それは宣戦布告であり、殲滅命令だった。
ハイドは、誰の返答も待たず、城を後にする。
雷帝城を任されたのは、ランスだった。去っていく雷帝の背を見送りながら、ランスは心の中で、静かに笑う。
(……全て、計画通り)
そもそも。
ランスが龍の渓谷の村で、ミリアを探していた理由。それは、彼女を捕らえるためではない。
覚醒させるためだった。取り巻きにエンリケを配置し、試し、削り、追い詰める。
黒炎龍を目覚めさせるための、舞台装置。
村長の意地で、行き先は掴めなかった。だが、結果は同じ。ミリアは、自ら龍の渓谷へ向かった。
ランスが、望んだ通りに。
(黒炎龍を恐れるハイドに、これを伝えれば……)
答えは、最初から分かっている。ハイドは、白雷龍を覚醒させに行く。
それこそがランスの野望。
否。光神教団の願い。龍を解き放ち、世界を戦火に沈め、すべてを焼き払い、打ち砕き、均す。
世界の浄化という名の、終わり。
そして今。その終焉へ、確実に一歩近づいていた。
だが、ランスの悪意はその程度では終わらない。
(世界が、光神教団の力で統一された時……)
彼は、思う。
(その頂点にいる者は、不要だ)
教祖麒麟。神を名乗る存在。
(殺すのは、あいつだ)
雷帝でもない。龍でもない。
(最後に立つのは、この俺だ)
世界の王として。ランスは、雷帝城の玉座に腰を下ろした。
空では、雷が鳴る。
それは、すべての破滅が動き出した合図でもあった。
ーーー 第三章 機械の少女 編 完 ーーー




