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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女 編

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第四十七話 雷銃のランス

 瓦礫を跳び越えながら、ジャックは走っていた。


 呼吸は荒い。脚は重い。それでも止まらない。


 ふと、隣を走るクレイを見て、ジャックは剣を引き抜いた。


「おい!」


 走りながら、柄を突き出す。


「お前が持ってた方がいい!」


 クレイが一瞬、目を見開く。


「俺には」


 ジャックは、にやりと笑った。


「拳があるからよ!!」


 剣を受け取ったクレイの手が、強く握られる。


「……恩に切る、相棒!」


 二人は、さらに速度を上げた。


 雷帝国研究所・最上階。破壊された通路の先に、巨大な扉がある。ミリアは、胸の奥がざわつくのを感じていた。


(……勝ってるよね……)


 心の底で、期待してしまっていた。

 これまで見てきた、圧倒的な存在。


 炎帝リグーハン。

 水帝ラグーナシア。


 死闘を演じた、怪物たち。


 覇王ゴウガ。

 漆黒の戦乙女グロリア。


 その誰よりも、間違いなく強かった。


 風切りのエンリケ。


(あの人なら……ランスなんて……)


 扉が、軋みを上げて開かれる。


「……え……?」


 そこにあったのは、勝利の光景ではなかった。

 部屋は、原形を留めていない。壁は抉れ、床は裂け、天井は崩れ落ちている。

 その中心に、倒れているエンリケ。装甲は砕け、片腕はひしゃげ、風はほとんど感じられない。


「……そんな……」


 アリスの声が、震える。


 そして、少し離れた場所。壁にもたれかかるように立つ男。血に濡れ、息も荒い。深い傷を負っている。


 だが、致命には届いていない。

 ランスだった。口元に、歪んだ笑み。


「……遅かったなぁ」


 かすれた声でも、愉悦は隠せていない。

 ミリアの胸が、冷たく沈む。期待は、完全に打ち砕かれた。


 最強は、倒れていた。

 そして、最悪の男はまだ立っている。


 最上階に、重い沈黙が落ちた。


 ミリア、ジャック、クレイ、アリス。

 四人は、同時に構える。


 相手は満身創痍の男、一人。


 それでも、油断はなかった。

 むしろ、勝てるはずだという理屈が、逆に不気味だった。


 ランスは、血を拭いながら、薄く笑う。


「……この程度の負傷でな」


 一歩、前へ。


「お前らを殺すことなど、造作もない」


 その手に、銃が現れる。引き金が引かれた。


麻痺散弾スタンショット


 バンッ!!


 銃声と同時に、空間が震えた。


 散弾ではない。目に見えない電磁波が、扇状に広がる。


「……っ!?」


 ミリアの身体が、強張る。黒炎が、強制的に沈黙させられる。

 ジャックの拳が、痙攣する。クレイの剣が、床に落ちた。


「く……そ……!」


 アリスの機械腕が、悲鳴を上げて停止する。


 完全な足止め。ランスはゆっくりとミリアを見た。その視線には、敵意よりも選別の色があった。


「だがな」


 低く、告げる。


()がお前を殺すなと、言う」


 ミリアの瞳が、揺れる。

 次の瞬間。ランスは、背を向けた。


「また会おう。黒炎龍を宿す者」


 そして窓へ、躊躇なく飛び降りる。



 割れたガラスの向こう、はるか下。そこには、数人の影。

 ローブを纏った者たちが、同時に魔法陣を展開する。光が走り、落下するランスの身体を受け止めた。ゆっくりと降下。そのまま、闇の中へ消えていく。


「……逃が、した……」


 クレイが、歯噛みする。だが彼の視線は、すでに別のものを捉えていた。


(……あの連中……)


 動きが、揃いすぎている。魔法の発動が、統一された規格のようだった。


(部下……?いや……雷銃のランス…まさか!)


 考えが、まとまりかけたその時。


「……あ……」


 か細い声。次の瞬間、慟哭が爆発した。


「いやああああああああああああああッ!!!」


 アリスだった。

 砕けた装甲。動かない身体。


 壊れたエンリケを、強く、強く抱き締めている。


「やだ……やだよ……戻ってきたばっかりなのに……!」


 最上階に、泣き声が響き渡る。

 誰も、言葉を発せなかった。

 勝利はなく。救いもなく。


 ただ、失った重さだけがそこにあった。


 数時間後。


 風翔国の空は、静かだった。


 あれほど荒れ狂っていた風は嘘のように穏やかで、瓦礫の間を、弱いそよ風が通り抜けていく。


 ミリアたちは、街の外れに立っていた。


 雷帝国研究所は、完全に破壊された。歪められた技術も、兵器も、すべて瓦礫の下だ。


 雷帝国の陰謀は、阻止した。


 だが、風帝ソウムはもういない。

 ミリアは、地面を見つめたまま拳を握る。黒炎は、燃えない。

 クレイは、剣を背負い直し、無言で空を仰いだ。

 ジャックもまた、歯を食いしばり、何も言わない。


 勝ったはずなのに、胸に残るのは、重さだけだった。


「……英雄様」


 声がした。


 振り返ると、生き残った街の人々が、そこにいた。


 包帯を巻いた者。

 瓦礫にまみれた服のままの者。

 それでも、彼らの目は、真っ直ぐだった。


「あなたたちがいなければ……この街は、消えていました」


「風帝様も……きっと、感謝しておられる」


 誰かが、そう言った。


 ミリアは、思わず俯く。


(……英雄なんかじゃない)


 救えなかった命が、確かにある。それでも彼らは、頭を下げた。


 英雄だと、呼んでくれた。


 アリスは、少し離れた場所で、風の止んだ空を見ていた。抱えていたのは、父の形見。もう、風は吹かない。


 やがて、彼女は振り返る。ミリア、ジャック、クレイの前に立ち、はっきりと言った。


「……私、あなたたちについて行く」


 三人が、顔を上げる。


「いつか必ず」


 アリスの声は、震えていなかった。


「父の仇を取る。雷帝国と……ランスを」


 沈黙。そして、ミリアが一歩前に出る。


「……一緒に行こう」


 黒炎が、わずかに揺れた。それは怒りではなく、誓いの炎だった。

 こうして、風翔国を後にする四人の背中を、風は、静かに見送っていた。


 失われたものは、戻らない。

 だが、歩みは止まらない。

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