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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女 編

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第四十六話 心に響く叫び

 風が、一点に収束した。


「今――!」


 アリスの声と同時に、機械腕が限界まで展開される。

 演算、予測、補正。風切りの軌道を読むのではない。来る場所を固定する。


 空間が、歪んだ。エンリケの動きが、ほんの一拍だけ遅れる。


「――ッ!!」


 ミリアが踏み込む。黒炎が、爆ぜる。

 拳、肘、膝。

 連撃ではない。一撃必殺の連結。


「黒炎崩壊拳ッ!!」


 衝撃が、街路を貫いた。風が散り、装甲が軋み、エンリケの身体が数メートル吹き飛ぶ。


 一瞬だけ。


「……当たっ――」


 ミリアの言葉は、途中で切れた。立っている。


 エンリケは、何事もなかったかのように起き上がる。装甲に、ひび。だが致命ではない。


 いや、違う。最初から、通じていない。風が、再び彼の周囲に集う。先ほどよりも、静かで、鋭い。

 圧が違う。アリスの背筋を、冷たいものが走った。


「……だめ……」


 次元が、違う。技量でも、力でもない。存在の完成度が違う。


 エンリケが、消える。

 次の瞬間、ミリアの身体が宙を舞った。


「……っ!!」


 黒炎が散る。受け身を取る間もなく、地面に叩きつけられる。視界が、揺れる。


 (……動……け……)


 だが、身体が言うことを聞かない。エンリケが、ゆっくりと歩み寄る。音はしない。ただ、終わりが近づく気配だけがある。


 アームが、持ち上がる。


「やめてぇぇぇぇぇッ!!!」


 街に、裂けるような叫びが響いた。アリスだった。


「やめて!!お願いだから……やめて!!」


 その瞬間、風が止まった。


 エンリケの動きが、完全に停止する。アームは、ミリアの喉元、数センチの位置。

 微細な振動。装甲の内部で、何かが軋む。


「……」


 エンリケの瞳。無機質だった光に、揺らぎが生じる。


「……ア……リ……ス……?」


 かすれた声。

 機械のノイズに混じる、人の声。アリスが、息を呑む。


「……お父……さん……?」


 その言葉が、最後の鍵だった。


 風が、荒れる。だがそれは、攻撃ではない。混乱だ。


 エンリケは、ゆっくりと周囲を見渡す。


 瓦礫。泣き叫ぶ人々。倒れ伏す兵士。

 そして地に横たわる、老将。風帝ソウム。

 エンリケの呼吸が、乱れる。


「……俺が……」


 視線が、自分の手に落ちる。血と、風の痕跡。


「……やったのか……?」


 問いは、誰に向けられたものでもない。それは取り戻された自我が、最初に発した言葉だった。


 風が、震える。兵器は今、人へと覚醒した。


 沈黙の中で。エンリケは、ゆっくりと膝をついた。


 金属が地に触れる、鈍い音。アリスと、倒れたままのミリアへ向き直る。その動作は、不器用で、どこか人間臭い。


「……すまない」


 声はまだ掠れている。だが、確かに意思があった。


「俺は……

 自分が、何をしていたのかも……分からずに……」


 アリスは、涙をこぼしながら首を振る。


「いい……いいから……」


 ミリアは、痛む身体を引きずるようにして、上体を起こした。黒炎は弱々しく揺れている。


「……謝るなら……生きて……終わらせてからにしなさい……」


 その言葉に、エンリケは一度だけ、深く息を吐いた。


 そして顔を上げる。視線は、街ではない。空の彼方。雷帝国研究所の最上階。


 風が、再び集まり始める。

 だがそれは、刃ではない。怒りだ。


「――そこにいるのだろう!!?」


 エンリケの声が、街を震わせる。


「ランス!!!」


 雷帝国研究所、最上階。割れた窓の向こうで、ランスは腕を組み、楽しげに口角を吊り上げた。


「やれやれ……」


 小さく、呟く。


「こいつも、失敗作じゃねぇか」


 その瞬間、風が消えた。いや、圧縮された。


 次の瞬間、エンリケは風そのものになった。

 地を蹴る音すらない。通りを、屋根を、空間を、一直線に切り裂いていく。


 機械の出力が解放され、脚部が悲鳴を上げる。それでも止まらない。


 一跳び。


 雷帝国研究所の外壁を蹴り、最上階の窓を、風圧だけで破壊する。

 ガラスが弾け飛ぶ。エンリケは、室内へ着地した。


「――貴様だけは!!」


 風が、吼える。


「必ず倒す!!」


 ランスは、愉快そうに肩をすくめた。


「いいねぇ……それでこそ、最高のデータだ」


 一方、街路。ミリアは、歯を食いしばって立ち上がる。足が、震える。


「……行くわよ……」


 ジャックが、剣を支えに身体を起こす。


「当たり前だろ」


 クレイは、無言で拳を握り締める。炎が、弱く灯る。アリスは、空を見上げたまま、静かに言った。


「……お父さんを……一人には、させない」


 ボロボロの身体。満身創痍。


 それでも、四人は走り出した。


 風の行く先へ。雷帝国研究所へ。

 すべてを終わらせるために。

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