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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女 編

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第四十五話 風切りのエンリケ

 風が、唸りを上げた。


 風翔国の兵士たちが倒れ伏す中、ただ一人、老将だけが立っていた。


 風帝ソウム。


 白髪を風に揺らし、杖を地に突き立てる。その瞳に、恐れはない。


「……来るべき時が、来たか」


 正面に立つのは、かつての誇り。

 今は雷帝国の兵器、風切りのエンリケ。


 完全制御された装甲。感情のない視線。

 風そのものを従える存在。


「エンリケ」


 ソウムは、名を呼んだ。


「我が国を守るために鍛えた力を……よくも、ここまで歪めたものだ」


 返事はない。ただ、風が応えた。

 ソウムは、杖を高く掲げる。


「これは――」


 地面が、軋む。空気が、圧縮される。

 街全体の風が、ソウムの周囲へ集束していく。


「かつて、国家転覆を狙った大盗賊団を――」


 老いた体が、きしむ。それでも、魔力は衰えない。


「一撃で壊滅させた奥義」


 杖を、振り下ろす。


「真空竜巻」


 ――ドォォォォンッ!!!


 巨大な竜巻が発生した。建物を削り、地面を抉り、空間そのものを引き裂く暴風。


 すべてを呑み込む、破壊の嵐。その中心に、エンリケがいた。


 やがて、風が止む。


 瓦礫と粉塵が舞う中。エンリケは立っていた。

 装甲の一部に、わずかな擦過痕。かすり傷。


「……な……」


 ソウムの目が、わずかに見開かれる。


「これほどまでに……完成している、というのか……」


 次の瞬間、風が裂けた。エンリケのアームが、音もなく伸びる。風を切るのではない。風そのものになる。


 そして老将の胸を、貫いた。


「……っ」


 ソウムの口から、血が溢れる。膝が、崩れ落ちた。


「風帝様!!」


 アリスの叫びが、街に響く。


 その声に。


 エンリケは、ゆっくりと振り返った。無機質な瞳が、ミリアとアリスを捉える。


 黒炎を纏う少女。

 機械の力を持つ少女。


 新しい時代の担い手。ソウムは、最後の力で顔を上げた。掠れた声。


「風は……もう、若者に託す……」


 その目が、静かに閉じられる。

 風が、止んだ。ミリアは、拳を握り締める。黒炎が、怒りではなく、覚悟として燃え上がる。


「……許さない」


 アリスが、一歩前に出る。


「あなたが、どんな兵器でも」


 並び立つ、二人。


「ここから先は」


 ミリアの黒炎が、強く脈動する。


「私たちが、止める」


 雷帝国研究所の最上階。ランスは、窓際で腕を組み、満足そうに笑っていた。


「いい……実にいい」


 舞台は整った。役者は揃った。


 一方で。


「……やってられねぇ」


 ゴリガンは、すでに裏口から街を離れていた。振り返ることなく、ただ逃げる。恐怖だけを、胸に抱いて。


 再び風が鳴る。

 それは、終わりの前触れか。

 それとも新しい時代の産声か。


 風が、切断音を立てた。


 それは斬撃ではない。空気そのものが、寸分の狂いもなく裂かれる音。

 エンリケが一歩、踏み出した瞬間だった。次の瞬間、ミリアの視界から消えた。


「っ――!?」


 黒炎が反射的に噴き上がる。しかし遅い。

 気配は、すでに背後。

 衝撃が走る。


「ミリア!!」


 間に割り込んだのは、アリスだった。機械腕が唸りを上げ、展開された防御機構が風を受け止める。


「ぐ……っ!」


 地面が、抉れた。アリスの足が、数メートル滑る。

 防いだ。だが、受けきっただけだ。エンリケはすでに、その場にいない。


「今の……見えたの?」


 ミリアが息を荒くして問う。


「……一瞬だけ」


 アリスの声は、震えていた。


「軌道が、直線じゃない。風そのものに乗って移動してる」


 だから切れる。


 剣でも刃でもない。エンリケが通った軌跡そのものが、攻撃になる。


 それが、風切りの名の由来。


 次の瞬間。音がした時には、建物の外壁が斜めに切断され、崩れ落ちていた。


「……っ!」


 ミリアが踏み込む。黒炎が拳に集中し、爆発的な加速。


「当たれッ!!」


 黒炎拳。空気を焼き裂く一撃。


 しかし空振り。


 エンリケは、すでに半身ずらしていた。紙一重。黒炎が、装甲の縁を掠めるだけ。


 だが、反撃は即座だった。風が返る。ミリアの腹部に、見えない衝撃。


「……っ、ぐ!!」


 吹き飛ばされる。受け身すら取れない速度。


「ミリア!」


 アリスが駆ける。次は蹴り。


「黒龍脚!」


 黒炎を纏った回し蹴りが、エンリケの側頭部を狙う。だが、エンリケはそこにいない。蹴り抜いたはずの空間。次の瞬間、アリスの背後で、風が鳴った。


「後ろ!」


 ミリアの叫び。アリスは、振り向きざまに腕をクロスする。

 金属音。防御は成功。


「……っ、重い……!」


 圧倒的な質量。速度だけではない。


 正確すぎる。どの角度から来ても、最も効く場所を、寸分違わず抉ってくる。エンリケは、言葉を発しない。感情も、殺意すらない。


 ただ排除。風帝ソウムが守ってきた街を。次の時代の担い手を。無音で、無慈悲に。ミリアは、歯を食いしばる。


(速い……強い……でも――)


 黒炎が、静かに脈動する。


(それでも届かないままじゃ、終われない)


 アリスが、低く息を吐いた。


「ミリア。私が見える瞬間を作る」


 視線を、エンリケへ。

 風が、再び鳴り始める。

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