第四十四話 勝ち切る
雷が、唸った。
紫電を纏った鉤爪が、風を裂く。
「どうした! 守る気はあるのに、力が足りねえなァ!」
レオの笑みは獣そのものだった。
鉤爪が、ジャックの肩口を掠める。血が飛び、地面に落ちる。
「……っ!」
ジャックは、歯を食いしばった。 純粋な技量では、レオが上だ。
「剣だけじゃ無理だろ?」
レオが間合いに入る。
――次の瞬間。
ジャックは、剣を手放した。
「……は?」
レオの一瞬の困惑。その隙を、逃さない。
ジャックは、踏み込み、拳を叩き込んだ。
――ゴッ!
鎧越しでも伝わる衝撃。
「剣だけだなんて、言ってねえ」
肘。膝。頭突き。
剣士の動きではない。だが、戦場で生き残るための動きだ。
「チッ!」
レオが距離を取ろうとした瞬間、ジャックの手が、腰へ伸びる。
六角手裏剣。
「甘ぇ!」
レオは鉤爪で弾く。だが、それは一つだけではなかった。
二つ。三つ。弾いた瞬間、別の角度から襲う。
「……くっ!」
肩。太腿。
浅いが、確実に削る。
「ちまちましてんじゃねえ!」
雷が、爆ぜた。鉤爪が、ジャックの腹部を裂く。
「ぐ……!」
ジャックは、膝をついた。視界が、揺れる。血の味。
――また、負けるのか?
脳裏をよぎる、過去の敗北。
バガンには一撃で倒され、
サイガとはギリギリの引き分け。
そして、あのゴリガンに敗北……
届かなかった剣。
だが、今回は違う。
ジャックは、剣を拾う。
震える手で、握り直す。
「俺は……折れない」
レオが、鼻で笑う。
「気合だけで勝てるかよ」
「気合じゃない」
ジャックは、前に出た。
「意地だ」
剣を振る。だが、それは囮。
間合いに入った瞬間、剣を滑らせ、肘を叩き込む続けて、膝。そして至近距離。
最後の六角手裏剣が喉元へ。
「――っ!?」
反射的に、レオは鉤爪で防ぐ。だが、ジャックの剣がそこにあった。
「終わりだ」
刃が、雷を断ち切る。鉤爪が、地面に落ちる。レオの目が見開かれる。
「ば……」
言葉は、続かなかった。ジャックの一撃が、胴を打ち抜いた。レオは、崩れ落ちる。
静寂。ジャックは、その場に立ち尽くし、そして膝から崩れ落ちた。
「……勝った」
ぼろぼろだった。傷だらけだった。
それでも、今回は立って終わった。遠くで、風が鳴る。ジャックの心は、折れていなかった。
一方、
白衣の男は、楽しそうに笑っていた。
「いい……実にいい……」
ディアドロの皮膚の下で、金属が蠢く。関節が不自然に鳴り、背中から展開した補助肢が地面を掴んだ。
「その剣、その構え、その目だ。貴様は完成形になれる」
クレイは剣を構える。刃に、炎が宿る。
「興味ない」
「即答か。惜しいな」
ディアドロが腕を振る。伸縮する機械肢が、剣と激突する。衝撃が腕に走る。
「っ……!」
「殺しはしない。四肢を潰し、意識を残して連れていく」
機械肢が、四方から襲いかかる。
クレイは後退しながら、剣を振るう。
「火炎斬り!」
炎の斬撃が、一本の機械肢を焼く。だが、内部から新たな部品がせり出し、即座に再構成される。
「無駄だ。私は進化している」
ディアドロの声には、確信があった。
次の瞬間、不可解な速度で距離を詰められる。腹部に重い衝撃。クレイは吹き飛ばされ、地面を転がった。
「……ぐっ」
立ち上がろうとした瞬間、首元に冷たい感触。
「ほら、終わりだ」
機械肢が、喉を締め上げる。
「君の剣技も、精神も、素材としては最高だ」
クレイの視界が、暗くなる。
(……ふざけるな)
脳裏に浮かぶのは、仲間の顔。
ミリア。ジャック。アリス。
(俺は、道具じゃない)
剣を、強く握る。炎が、再び灯った。
「炎斬波ッ!!」
至近距離で放たれた衝撃波が、ディアドロを弾き飛ばす。
「ほう……まだ立つか」
ディアドロは、嬉しそうだった。
「やはり、最高だ」
クレイは、ゆっくりと剣を構え直す。炎が、変質していた。赤でも、橙でもない。白に近い、眩い光。
「……何を?」
ディアドロが、初めて警戒する。剣が、軋む。刃が、熱で歪み始める。
「この剣は、もう保たない」
クレイは、静かに言った。
「でもお前を止めるには、十分だ」
炎が、剣そのものと融合する。
「煌溶断」
踏み込み。
一閃。それは斬撃ではない。超高熱の線だった。
ディアドロの機械肢が、触れた瞬間に溶け落ちる。装甲が流れ、内部機構が焼き切られる。
「な――!?」
初めて、ディアドロの声に焦りが混じる。煌熱が、胴体を貫いた。
「馬鹿な……私の身体は……完成形の……!」
次の瞬間、クレイの剣が限界を迎えた。刃が溶け、砕け、地面に落ちる。
だが、ディアドロの身体もまた、膝から崩れ落ちた。機械と肉の融合体は、熱に耐えきれず、完全に機能停止する。
クレイは、剣の柄だけを握ったまま、立っていた。
「……人は」
静かな声。
「溶かして作るもんじゃない」
ディアドロは、動かない。剣を失ったクレイの背後で、炎がゆっくりと消えていく。
だが、その背中は誰よりも、剣士だった。




