第四十三話 獄炎拳
それは、最初は理解できなかった。
悲鳴。血飛沫。雷帝国の兵士と、逃げ惑う街の人間が、区別なく引き裂かれていく。
「……あれは」
ミリアの視界に、巨大な影が映る。
金属と肉が歪に融合した、異形。咆哮を上げながら、人を喰い、踏み潰し、叩き壊す。
化け物。
「街の人まで……!」
次の瞬間。化け物が、一直線にミリアへ向かってきた。質量そのものが襲いかかる。
「――っ!」
ミリアは地面に手をついた。黒炎が爆発的に噴き上がる。
「火柱鎧!!」
黒炎が鎧の形を取り、ミリアの身体を包む。化け物の爪が叩きつけられるが、炎の装甲がそれを受け止めた。
地面が割れ、衝撃が街路を走る。
「ミリア!」
アリスが横に並ぶ。二人は並び立つ。
守るための炎と、切り裂くための覚悟。
化け物を前にしても、退かない。
「止めるわ」
ミリアの声は、震えていなかった。
「ここで必ず!」
一方、その少し離れた場所。ジャックの前に、ひとりの男が立ちはだかった。
雷帝国ランス部隊・兵士長レオ。
両腕に装着された鉤爪が、紫電を纏っている。
「……ガキにしちゃ、いい目をしてるな」
獣のような笑み。
「だが、ここまでだ」
鉤爪が唸りを上げる。ジャックは、剣を構えた。
「悪いが、通る」
雷と刃が、ぶつかり合う。
さらに別の戦線。
クレイの前に現れたのは、白衣の男。
ディアドロ。
すでに人の形を保ってはいるが、皮膚の下で金属が脈打っている。
「ほう……」
歪んだ興味の視線。
「いい素体だ。非常に、いい」
ディアドロは、ゆっくりと構える。
「貴様には素質がある。殺さぬ程度に痛めつけ、機械兵にしてやろう」
クレイの目が、冷たくなる。
「……断る」
剣を、握り直した。
そのとき。風が、変わった。街路を突き抜ける、鋭い風圧。
「な――!?」
雷帝国兵士たちが、次々と吹き飛ばされる。建物の上から、無数の影がなだれ込んできた。
風翔国の軍。先頭に立つのは、ひとりの老将。
「遅れてすまぬな」
風帝ソウム。老体でありながら、その背には揺るぎない威厳があった。
「この街は、風翔国が守る」
ソウムが、杖を振るう。
「真空斬刃」
次の瞬間。真空が、刃となった。
――ズドンッ!!
空間そのものが裂け、プロトタイプ機械兵が、一体、また一体と両断されていく。
「ば、馬鹿な……!」
雷帝国兵士が薙ぎ倒され、隊列が崩壊する。
勝利が見えかけた。
だが。ふいに、風が吹いた。ソウムのそれとは違う。冷たく、研ぎ澄まされた殺意の風。
次の瞬間。風翔国の兵士たちが、血飛沫を上げて倒れた。
「……っ!」
ソウムは、即座に悟る。この風を知っている。
正面を、見据えた。
「来たか」
低く、重い声。
「我が最大の兵にして、風翔国の誇り……だったというべきか」
そこに立っていたのは。
白と銀の装甲。完璧な制御。
風そのものを従える存在。
雷帝国が誇る、機械兵の最高傑作。
風切りのエンリケ。
風が、鳴いた。
化け物が、ミリアとアリスをまとめて叩き潰そうと腕を振り上げる。
「私が止める」
アリスが、踏み込んだ。機械化された脚部が唸りを上げ、一瞬で距離を詰める。
拳が化け物の関節部へ突き刺さり、装甲が砕け内部の金属が露出する。
「中枢、見えた!」
「わかった!」
ミリアの黒炎が、腕から奔流となって伸びる。
だが、化け物は笑った。
理性の欠片もない、獣の嘲笑。
次の瞬間、アリスを喰らおうと、大きく口を開く。
「アリス!!」
ミリアの胸が、熱を帯びる。
怒りではない。恐怖でもない。
選択。
『守りなさい』
黒炎龍の声が、静かに響く。
『あなたが選んだものを』
黒炎が、変質した。ミリアは、一歩踏み込む。
「獄炎拳」
拳が、化け物の胸部へ突き込まれる。
次の瞬間。内部から、黒炎が爆発した。肉も、金属も、同時に焼き切られる。
化け物の動きが、止まる。
アリスは、即座に追撃した。機械化された腕部が展開し、内蔵された高出力ブレードが露出する。
「終わりよ」
振り抜く。中枢部が、正確に断たれた。
巨体が、崩れ落ちる。土煙が上がり、街路に、静寂が戻った。
化け物は、もう動かない。ミリアは、肩で息をしながら立ち尽くす。黒炎は、ゆっくりと鎧を解いた。
「……終わった?」
アリスが、周囲を確認する。
「ええ」
ミリアは、うなずいた。
「もう、誰も……喰わせない」
瓦礫の向こうで、助かった街の人々が、震えながら二人を見ていた。
人と、機械。
少女と、炎。
守ったという事実だけは、同じだった。
ミリアは、アリスを見る。
「ありがとう」
アリスは、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
「……あなたとなら、ね」
だが、戦いは終わっていない。風が、遠くで鳴いていた。




