第四十二話 化け物
雷帝国の研究所は、常に低い唸りを上げていた。
地下深くで稼働する発電炉。無数の雷導管を走る紫電。それらすべてが、巨大な獣の鼓動のように建物全体を震わせている。
最上階、将軍専用の私室。
ランスは窓際に立ち、分解した雷銃を丁寧に磨いていた。
布に油を含ませ、金属の一片一片を確かめるように。表情は穏やかだ。だが、その目は獲物を待つ捕食者のそれだった。
――コンコン。
「入れ」
扉が乱暴に開かれる。
現れたのは、巨漢の機械兵士。
ゴリガンだった。顔色は蒼白で、息が荒い。
「た、大変です!! ランス様!!」
ランスは銃から目を離さない。
「騒がしいな。要点だけ言え」
「清風街に……あのガキどもが現れました!!黒炎の少女と、その仲間です!!」
その瞬間。
ランスの口元が、わずかに歪んだ。
銃身を組み上げ、軽く振って感触を確かめる。
「……ほう」
低く、楽しげな声。
「こちらが探しても見つからなかったというのに」
窓の外。清風街の方向に、雷雲が集まり始めている。
「向こうから来た、か」
ランスは、はっきりと笑った。
「ってことは、勝算があると踏んだ、ということだな」
振り返り、命じる。
「ゴリガン。すぐに指示を出せ」
「はっ!」
「エンリケを出動。全権を与える。それと……ディアドロを叩き起こせ」
その名に、ゴリガンの喉が鳴った。
「研究者ディアドロに伝えろ。未完成品も含め、機械兵をすべて出せ」
「……プロトタイプも、ですか?」
「当然だ」
ランスの声に、迷いは一切なかった。
「実戦で壊れる程度なら、その程度の価値しかない」
窓の外で、雷が鳴る。
「清風街は、いい実験場だ」
清風街。
表向きは穏やかな交易都市。
だが今は、空気が明らかに張り詰めていた。
ミリアたちは、隠れることなく大通りを進んでいた。人々は道の端へと避け、息を呑んで見送る。黒炎の気配を、無意識に感じ取っている。
「……視線が多いな」
ジャックが低く言う。
「当然よ」
アリスは周囲を見渡す。
「ここは雷帝国の目が届く街。私たちが現れた時点で、もう伝わってる」
クレイは剣に手をかけたまま、前を見据える。
「隠れる気は、最初からない」
ミリアは、うなずいた。
「研究所を叩く。それしか、終わらせる方法はない」
その時だった。
――ガシャン。
金属が地面を踏み鳴らす音。通りの先、路地、屋根の上。次々と現れる雷帝国兵。
そして
「……来たか」
クレイが目を細める。兵士たちの間から、異形が姿を現した。
人型ではある。だが、関節は不自然に太く、装甲は粗雑。紫電が漏れ、制御しきれていない力が外に滲んでいる。
プロトタイプ機械兵。
完全体の成功率が低いため、兵隊の頭数を稼ぐために作られた量産型。
「未完成品まで出してきたか」
ジャックが吐き捨てる。
「歓迎するわ」
ミリアの黒炎が、静かに揺らめいた。
恐怖はない。洞窟で得たものが、確かに胸にある。
「行こう」
その背後。
研究所最上階。ランスは高所から、清風街全体を見下ろしていた双眼鏡越しに、黒炎の少女を捉える。
「いい位置だ」
満足げに、呟く。
「逃げ場も、隠れ場もない」
雷雲が街を覆う。
「さあ、踊れ」
雷帝国将軍ランスは、戦場を観劇する準備を整えていた。
割れた窓から、清風街を見下ろす影があった。ゴリガンだ。彼は柱の陰に身を潜め、ランスの背中を盗み見ていた。
「勝算がある」
その言葉が、頭から離れない。
(何を……見てやがる)
ゴリガンの喉が、ひくりと鳴った。
清風街・大通り。
戦いは、すでに始まっていた。
「邪魔だッ!!」
クレイの剣が、雷帝国兵の装甲を断ち割る。
火花とともに兵士が崩れ落ちる。
その横を、ジャックが駆け抜けた。
「数が多いだけだ!!」
鋭い一撃。雷銃を構えた兵士の喉を、正確に断つ。
二人の動きに、迷いはない。訓練でも、偶然でもない。生き残るために磨かれた殺しだった。
「来るわ」
アリスがプロトタイプ機械兵を殴り飛ばす。アリスが失敗作と呼ばれる理由は、自我が残っているからだ。だが実力だけなら、完成品に劣らない。
不安定な駆動音を立て、ミリアに向かってプロトタイプ機械兵が突進する。
「遅い」
ミリアが、一歩踏み込んだ。黒炎が、以前とは明らかに違う密度で燃え上がる。
拳を振るう。衝撃波とともに、機械兵の胴体が圧し潰れ、内部から紫電が噴き出した。
もう一体、ミリアが黒炎を叩き込む。装甲が溶け、核が焼き切られ、機械兵は崩壊した。
黒炎の力が、明らかに増している。荒々しさは消え、代わりに意思が宿っていた。
それは、真実を知った証。黒炎龍とともに、世界を背負うと選んだ証だった。
ゴリガンは、双眼鏡越しにその光景を見ていた。
「……なんだ、ありゃ」
声が、震える。黒炎の少女が、機械を壊している。
(あんなの……)
「ゴウガや……リグーハンなんて……目じゃねえ……」
機械相手だというのに、ゴリガンは失禁しかけた。恐怖が、理屈を超えていた。
その背後で。
「いいね、いいねぇ」
ランスが、楽しげに笑った。
「やっぱり、予想以上だ」
通信機を取り上げ、淡々と告げる。
「ディアドロ。次だ」
『……何を、出すつもりですか』
「決まってるだろう?」
ランスの目が、細くなる。
「あの化け物を解放しろ」
通信の向こうが、ざわつく。
『あ、あれは……!!唯一、機械化に成功した……』
「熊だった、何か」
ランスは訂正する。
「もう、生物じゃない。兵器だ」
やがて、ランスはディアドロ達のいる研究室にやってきた。巨大な隔離扉の前で、研究員のひとりが叫んだ。
「待ってください!!あれを放てば、清風街の人間も」
言葉は、最後まで続かなかった。
――バチィッ!!
雷光。
研究員は、その場で崩れ落ちた。ランスは、銃口から煙を上げたまま、周囲を見回す。
「他に、意見のあるやつ」
静寂。
「いるか?」
誰も、何も言えなかった。ディアドロたちは、顔面蒼白のまま、隔離装置の操作を始める。
警告灯が赤く点灯する。
解放。次の瞬間。
扉の内側から、金属と肉が擦れる音。
咆哮。巨大な影が、研究室へ躍り出た。
そして迷わず人を喰った。悲鳴も、抵抗も、意味を成さない。
研究員たちは次々と引き裂かれ、食い千切られていく。その中で、ランスとディアドロだけが生き残った。
ディアドロが反応できた理由は、ひとつ。彼は万が一に備え、少しずつ自分自身を機械化していた。皮膚の下で、金属が軋む。
(……やはり、正解だった)
血に塗れた研究室の奥で、化け物が次の獲物を求めて吠えた。
しかし、そんな化け物もランスには襲いかからない。機械になっても本能で理解していた。
この男の底なしの悪意と、底なしの実力に逆らえば、命など世界から削除されるだけだと。




