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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女

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第四十二話 化け物

 雷帝国の研究所は、常に低い唸りを上げていた。


 地下深くで稼働する発電炉。無数の雷導管を走る紫電。それらすべてが、巨大な獣の鼓動のように建物全体を震わせている。


 最上階、将軍専用の私室。


 ランスは窓際に立ち、分解した雷銃を丁寧に磨いていた。

 布に油を含ませ、金属の一片一片を確かめるように。表情は穏やかだ。だが、その目は獲物を待つ捕食者のそれだった。


 ――コンコン。


「入れ」


 扉が乱暴に開かれる。


 現れたのは、巨漢の機械兵士。

 ゴリガンだった。顔色は蒼白で、息が荒い。


「た、大変です!! ランス様!!」


 ランスは銃から目を離さない。


「騒がしいな。要点だけ言え」


「清風街に……あのガキどもが現れました!!黒炎の少女と、その仲間です!!」


 その瞬間。


 ランスの口元が、わずかに歪んだ。


 銃身を組み上げ、軽く振って感触を確かめる。


「……ほう」


 低く、楽しげな声。


「こちらが探しても見つからなかったというのに」


 窓の外。清風街の方向に、雷雲が集まり始めている。


「向こうから来た、か」


 ランスは、はっきりと笑った。


「ってことは、勝算があると踏んだ、ということだな」


 振り返り、命じる。


「ゴリガン。すぐに指示を出せ」


「はっ!」


「エンリケを出動。全権を与える。それと……ディアドロを叩き起こせ」


 その名に、ゴリガンの喉が鳴った。


「研究者ディアドロに伝えろ。未完成品も含め、機械兵をすべて出せ」


「……プロトタイプも、ですか?」


「当然だ」


 ランスの声に、迷いは一切なかった。


「実戦で壊れる程度なら、その程度の価値しかない」


 窓の外で、雷が鳴る。


「清風街は、いい実験場だ」


 清風街。


 表向きは穏やかな交易都市。

 だが今は、空気が明らかに張り詰めていた。


 ミリアたちは、隠れることなく大通りを進んでいた。人々は道の端へと避け、息を呑んで見送る。黒炎の気配を、無意識に感じ取っている。


「……視線が多いな」


 ジャックが低く言う。


「当然よ」


 アリスは周囲を見渡す。


「ここは雷帝国の目が届く街。私たちが現れた時点で、もう伝わってる」


 クレイは剣に手をかけたまま、前を見据える。


「隠れる気は、最初からない」


 ミリアは、うなずいた。


「研究所を叩く。それしか、終わらせる方法はない」


 その時だった。


 ――ガシャン。


 金属が地面を踏み鳴らす音。通りの先、路地、屋根の上。次々と現れる雷帝国兵。


 そして


「……来たか」


 クレイが目を細める。兵士たちの間から、異形が姿を現した。


 人型ではある。だが、関節は不自然に太く、装甲は粗雑。紫電が漏れ、制御しきれていない力が外に滲んでいる。


 プロトタイプ機械兵。

 完全体の成功率が低いため、兵隊の頭数を稼ぐために作られた量産型。


「未完成品まで出してきたか」


 ジャックが吐き捨てる。


「歓迎するわ」


 ミリアの黒炎が、静かに揺らめいた。

 恐怖はない。洞窟で得たものが、確かに胸にある。


「行こう」


 その背後。

 研究所最上階。ランスは高所から、清風街全体を見下ろしていた双眼鏡越しに、黒炎の少女を捉える。


「いい位置だ」


 満足げに、呟く。


「逃げ場も、隠れ場もない」


 雷雲が街を覆う。


「さあ、踊れ」


 雷帝国将軍ランスは、戦場を観劇する準備を整えていた。

 割れた窓から、清風街を見下ろす影があった。ゴリガンだ。彼は柱の陰に身を潜め、ランスの背中を盗み見ていた。


「勝算がある」


 その言葉が、頭から離れない。


(何を……見てやがる)


 ゴリガンの喉が、ひくりと鳴った。


 清風街・大通り。


 戦いは、すでに始まっていた。


「邪魔だッ!!」


 クレイの剣が、雷帝国兵の装甲を断ち割る。

 火花とともに兵士が崩れ落ちる。


 その横を、ジャックが駆け抜けた。


「数が多いだけだ!!」


 鋭い一撃。雷銃を構えた兵士の喉を、正確に断つ。


 二人の動きに、迷いはない。訓練でも、偶然でもない。生き残るために磨かれた殺しだった。


「来るわ」


 アリスがプロトタイプ機械兵を殴り飛ばす。アリスが失敗作と呼ばれる理由は、自我が残っているからだ。だが実力だけなら、完成品に劣らない。


 不安定な駆動音を立て、ミリアに向かってプロトタイプ機械兵が突進する。


「遅い」


 ミリアが、一歩踏み込んだ。黒炎が、以前とは明らかに違う密度で燃え上がる。

 拳を振るう。衝撃波とともに、機械兵の胴体が圧し潰れ、内部から紫電が噴き出した。


 もう一体、ミリアが黒炎を叩き込む。装甲が溶け、核が焼き切られ、機械兵は崩壊した。

 黒炎の力が、明らかに増している。荒々しさは消え、代わりに意思が宿っていた。


 それは、真実を知った証。黒炎龍とともに、世界を背負うと選んだ証だった。


 ゴリガンは、双眼鏡越しにその光景を見ていた。


「……なんだ、ありゃ」


 声が、震える。黒炎の少女が、機械を壊している。


(あんなの……)


「ゴウガや……リグーハンなんて……目じゃねえ……」


 機械相手だというのに、ゴリガンは失禁しかけた。恐怖が、理屈を超えていた。


 その背後で。


「いいね、いいねぇ」


 ランスが、楽しげに笑った。


「やっぱり、予想以上だ」


 通信機を取り上げ、淡々と告げる。


「ディアドロ。次だ」


『……何を、出すつもりですか』


「決まってるだろう?」


 ランスの目が、細くなる。


「あの化け物を解放しろ」


 通信の向こうが、ざわつく。


『あ、あれは……!!唯一、機械化に成功した……』


「熊だった、何か」


 ランスは訂正する。


「もう、生物じゃない。兵器だ」


 やがて、ランスはディアドロ達のいる研究室にやってきた。巨大な隔離扉の前で、研究員のひとりが叫んだ。


「待ってください!!あれを放てば、清風街の人間も」


 言葉は、最後まで続かなかった。


 ――バチィッ!!


 雷光。


 研究員は、その場で崩れ落ちた。ランスは、銃口から煙を上げたまま、周囲を見回す。


「他に、意見のあるやつ」


 静寂。


「いるか?」


 誰も、何も言えなかった。ディアドロたちは、顔面蒼白のまま、隔離装置の操作を始める。


 警告灯が赤く点灯する。


 解放。次の瞬間。


 扉の内側から、金属と肉が擦れる音。


 咆哮。巨大な影が、研究室へ躍り出た。

 そして迷わず人を喰った。悲鳴も、抵抗も、意味を成さない。


 研究員たちは次々と引き裂かれ、食い千切られていく。その中で、ランスとディアドロだけが生き残った。


 ディアドロが反応できた理由は、ひとつ。彼は万が一に備え、少しずつ自分自身を機械化していた。皮膚の下で、金属が軋む。


(……やはり、正解だった)


 血に塗れた研究室の奥で、化け物が次の獲物を求めて吠えた。


 しかし、そんな化け物もランスには襲いかからない。機械になっても()()()理解していた。


 この男の底なしの悪意と、底なしの実力に逆らえば、命など世界から削除されるだけだと。

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