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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女

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第四十一話 双極の神話

 龍の渓谷に、雷鳴が落ちた。


 それは天候ではない。

 規則正しく、冷たく、感情を排した音。軍靴と装甲が岩肌を踏み砕く、侵攻の響きだった。


 谷間に寄り添うように存在する小さな村。石と木で組まれた家々の前に、雷帝国の部隊が扇状に展開する。


 その先頭に立つ男。

 雷帝国将軍、ランス。


 彼は周囲を一瞥し、鼻で笑った。


「……ここか」


 村人たちは息を殺していた。その中央に、ひとりの老人が立っている。村長だ。年老いてなお背筋は伸び、視線は一切揺れない。


 ランスは一歩踏み出し、雷銃を抜いた。


「黒炎龍のガキはどこだ」


 感情の乗らぬ、事務的な問い。村長は、即答した。


「……知らん」


 迷いはなかった。ランスの眉が、わずかに動く。


「本当にか?」


 銃口が、村長の額に押し付けられる。雷導管が唸り、紫電が弾倉に収束していく。


 それでも、村長は目を逸らさない。


「知らん」


 声は震えていなかった。そこにあったのは恐怖ではなく、覚悟だった。


「……ふん」


 ランスは、薄く笑った。


「嘘は嫌いじゃない。だが、無意味なのは嫌いだ」


 引き金が引かれる。


 ――バチィッ!!


 雷光が弾け、村長の身体が大きく仰け反った。焦げた匂いが立ち上り、老人は音もなく地面に崩れ落ちる。


 悲鳴が上がった。だが、ランスはすでに興味を失ったように視線を逸らしていた。


「他は?」


 兵士たちが家々へ踏み込み、荒らし、壊す。だが、どこにも目的の少女はいない。


 ランスは、ふと足を止めた。


 倒れた村長の顔を見る。その表情は、最期まで何ひとつ語っていなかった。


「……」


 ほんの一瞬。ランスの目に、わずかな違和感が宿る。


「本当に……知らなかった、か」


 舌打ちひとつ。


「まあいい」


 背を向け、命じた。


「撤収だ。無駄骨だったな」


 村は壊れ、命は失われた。だが、その死は確かに意味を持っていた。


 黒炎の少女の居場所は、最後まで悟られなかった。


 一方、その頃。


 ミリアたちは、龍の渓谷のさらに奥。人の手が一切入っていない、巨大な洞窟の前に立っていた。


 大地が裂けたかのような洞口から、重く、古く、世界そのものの気配が流れ出している。


「……ここが」


 ミリアが、喉を鳴らす。


 胸の奥で、黒炎が静かに騒いでいた。

 拒絶ではない。共鳴、呼び合う感覚。


「間違いないわ」


 アリスが低く告げる。


「この先に、黒炎龍の核がある」


 ジャックは奥を睨み据えた。


「エンリケに対抗できる力……」


「いや」


 クレイが、剣を握り直す。


「対抗じゃない。超える力だ」


 ミリアは一歩、洞窟へ踏み出した。


 その瞬間、黒炎がこれまでとは違う温度で燃え上がる。恐怖でも、怒りでもない。覚悟に応える炎。


 黒炎龍の声が、初めてはっきりと響いた。


『……来たのね』


 洞窟の最奥へと続く闇が、静かに蠢く。


『私の、真実へ』


 最奥の空間。そこに立つ石碑には、見たことのない文字が刻まれていた。


「何だこりゃ? クレイ、読めるか?」


「いや……そもそも、言葉か?」


 二人の声をよそに、ミリアは息を呑む。


(……読める)


 文字が、意味となって流れ込んでくる。


ーーーー


 黒炎龍と白雷龍


 世界が、まだ「秩序」と「混沌」に分かれる前のこと。


 はじめに在ったのは、静寂だった。


 大地も、空も、時間すら定まらぬ虚無の海。

 その中で、最初の「意志」が生まれた。


 それは、世界そのものが抱いた矛盾。


 変わりたい、変わってほしくない。相反する二つの願いは、やがて二柱の存在となった。


 白雷龍

 変革と混沌を司る龍


 白雷龍は、最初に目覚めた。


 すべてが流動する世界を、美しいと感じた存在。雷は破壊ではない。停滞を拒む衝動、そのものだった。


 白雷龍は考えた。


 争いこそが進化を生む。壊れねば、新しいものは生まれない。


 その翼が打てば大地は裂け、尾が走れば種族は分かれ、雷鳴が落ちるたび、文明は興り、そして滅んだ。


 白雷龍は戦争を愛したのではない。争いの中でしか、世界が動かぬことを知っていたのだ。


 黒炎龍

 継承と抑制を司る龍


 白雷龍の暴走を、世界は恐れた。その恐れが、第二の龍を生んだ。


 黒炎龍は、より遅れて生まれた。だが、その炎は雷よりも深く、重い。


 黒炎は、燃やし尽くすための炎ではない。受け止め、選び、残すための炎だった。


 壊すなら、意味を残せ。

 失うなら、次に繋げろ。


 黒炎龍は、常に人の側に立った。

 弱き者が絶えぬように。記憶が途切れぬように。憎しみだけが世界を塗り潰さぬように。


 黒炎龍は戦争を止める存在ではない。

 戦争の中で、未来を選ばせる存在だった。


 二柱は、敵ではない。

 白雷龍だけなら、世界は砕け散る。

 黒炎龍だけなら、世界は停滞し、腐る。


 二柱は、世界を進めるための両輪だった。


 白雷龍が「問い」を投げ、

 黒炎龍が「答えを選ばせる」。


 争いを起こす雷と、争いの意味を問う炎。


 なぜ、龍は「人」に宿るのか。

 かつて二柱は、世界を直接導いた。だが、それは失敗だった。


 神が選べば、人は考えなくなる。

 神が裁けば、人は責任を放棄する。


 ゆえに二柱は、自らを砕いた。


 白雷龍は力を「衝動」に分け、

 黒炎龍は力を「意志」に分けた。


 そして、人に宿る道を選んだ。


 人が戦いを選ぶなら、雷は力を貸す。

 人が守る覚悟を持つなら、炎は応える。


 龍は、王ではない。試練そのものなのだ。

 白雷が世界を壊すとき、黒炎は問いかける。


 それでも、進むのか。その問いに答えた者だけが、次の時代を生きる資格を持つ。


 ーーーー


 石碑の文字が、静かに消えた。ミリアは、胸に手を当てる。黒炎は、もはや恐怖ではなかった。


 それは選ぶための力。


『さあ』


 黒炎龍の声が、穏やかに響く。


『あなたが、答えを示す番よ』


 洞窟の奥で、世界が静かに動き出した。

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