第三十九話 雷帝の狙い
集会所の中は、火を落とした炉の余熱だけが残り、静かだった。村長は、ゆっくりとアリスの前に立つ。
「……村長さん」
アリスは、迷いを押し殺すように、頭を下げた。
「この人達を……少しの間で構いません。匿っていただけませんか」
三人が、彼女を見る。
アリスは顔を上げなかった。
「清風街に入れば、必ず目をつけられます」
村長は、しばらく何も言わず、アリスを見つめていた。やがて、深く息を吐き。
「……よかろう」
短く、しかし迷いのない返事だった。
「この村は、龍の渓谷と共に生きてきた。よそ者を拒む理由はない」
クレイが、静かに礼を述べる。
「感謝します」
村長は頷き、そしてふと、アリスに視線を戻した。
「しかしな、アリスちゃん」
その声は、先ほどまでの重さとは違い、どこか穏やかだった。
「お前は……よく、そのままでおった」
アリスは、わずかに目を見開く。
「……え?」
村長は、彼女の金属の腕を見るでもなく、まっすぐに言った。
「機械にされても、アリスちゃんはアリスちゃんのままでおる」
「それは、簡単なことではない」
その言葉は、慰めではなかった。事実としての評価だった。アリスの喉が、ひくりと鳴る。
「……父は」
彼女は、声を絞り出す。
「父は、そうはいかなかった」
村長は、目を伏せた。
「風翔国最強の兵士、風切りのエンリケ」
その名を、重く口にする。
「今では……歯向かう者を殺すだけの兵器じゃ」
アリスの肩が、わずかに震えた。
「意志を削がれ、命令に逆らうこともできず……雷帝国の刃として使われておる」
ジャックが、歯を食いしばる。
「……クソが」
村長は、続けた。
「雷帝国の狙いは、表向きには大陸の支配と、機械兵による戦力増強……だが、それだけではない」
老人は、龍の渓谷の奥、見えぬ先を指すように、杖を軽く持ち上げた。
「雷帝が真に欲しておるのは、この渓谷に眠る力じゃ」
三人の視線が、自然と集まる。
「龍を宿す者のみが辿り着ける、渓谷の果て。その洞窟の最奥で、真の伝承と共に、力は覚醒する」
ミリアの胸が、どくりと鳴った。
「……龍を、宿す者だけ」
村長は、ミリアを見る。
「そうじゃ」
まるで、確信していたかのように。
「証拠もある」
老人は、低く言った。
「時折な、雷帝国の兵がこの辺りを通る。ただ探しておる。そして、その兵の中に……必ず一人、おる」
アリスの心臓が、嫌な音を立てた。
「機械兵が、じゃ」
龍の渓谷は、ただの聖地ではない。
雷帝国の野望と、歪められた伝承。
すべて、ここへ向かっている。
静かな炎が、ミリアの胸の奥で揺れていた。
その時だった。
渓谷の奥から、金属が擦れるような足音が響いた。
一定の間隔。揃いすぎた歩調。
村長が、即座に顔を上げる。
「……来おったな」
次の瞬間。
「いる……」
低く、歪んだ声が風に混じった。
「いるぞォ!!」
木々の間から現れたのは、雷帝国の兵士達。鈍く光る鎧、無機質な動き。そして、その中央。
異様に巨躯な影。
半分が肉、半分が金属。
歪んだ笑みを浮かべ、喉を震わせる。
「いたいたいたァ!!」
その目が、一直線にミリアを捉える。
「あのクソガキ兄妹の……気配だァ!!」
ゴリガンだった。
「……っ!」
ミリアとアリスは、同時に駆け出した。
「村長さん!」
「分かっとる!行け!」
集会所の外へ飛び出した瞬間。
「てめぇは……!」
ジャックが、目を見開く。
「ゴリガン!?」
ゴリガンは、腹の底から笑った。
「久しぶりだなァ!クソガキィ!!」
雷帝国兵が、一斉に武器を構える。
「来るぞ!」
クレイが叫び、炎の剣を抜いた。
「ミリア!」
「分かってる!」
黒炎が、ミリアの腕を包む。
戦闘開始。
ミリアが踏み込み、黒炎を叩きつける。
「はあっ!」
爆ぜるような黒炎が、前列の兵士を飲み込み、金属ごと吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
間髪入れず、クレイが突っ込む。
炎の剣閃。一閃ごとに、雷帝国兵が斬り伏せられていく。
「遅い……!」
人ではない動き。訓練された兵士達ですら、二人に追いつけない。黒炎が焼き、炎剣が断つ。兵士は、次々と倒れていった。
だが。
ミリアが、ふと嫌な気配を感じ、振り返る。
視界の端で、ゴリガンと、ジャック。
激突していた。
「おおおおっ!!」
ジャックの拳が、ゴリガンの顔面を捉える。金属音。ゴリガンの首が、あり得ない角度で捻れる。
ジャックは強い。明らかに、あの頃とは別人だ。
「どうしたァ!?そんなもんかァ!!」
ゴリガンの腕が唸りを上げる。振り下ろされる一撃。ジャックは避ける。反撃する。確実に、当てている。
本来なら、勝てない相手じゃない。
――はずだった。
「……?」
一瞬。ゴリガンの動きが、変わった。関節部が赤く光る。
「……ッ!?」
次の瞬間、あり得ない加速。
ドンッ、と鈍い衝撃音。
「――がっ!!」
ジャックの身体が、宙を舞った。
「ジャック!?」
ミリアとクレイが、最後の兵士を倒し、振り返る。
そこにあったのは、地面に叩き伏せられ、動かないジャックの姿。
その前に立つ、ゴリガン。肩を鳴らし、歪んだ笑みを浮かべている。
「へへ……悪くねぇ。だがよォ」
金属の腕が、軋む。
「お前らは……まだ、人間だ」
ミリアの黒炎が、激しく揺れた。戦場の空気が、一段冷え切る。
そして、この戦いがもう引き返せないものであることを、誰もが理解していた。




