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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女

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第三十八話 伝承の秘密

 アリスは、三人が再び歩き出そうとした、その足を止めた。


「……待ってください」


 声は弱々しいが、その響きには切迫したものがあった。


「清風街には……入らない方がいい」


 三人は、同時に彼女を見る。


「街の人達は、一見、普通に暮らしています」


 アリスは視線を落とし、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「笑って、商売をして、子どもも遊んでる。でも……」


 ぎゅっと、拳を握った。


「雷帝国の人間に、監視されています。常に」


 クレイの表情が、険しくなる。


「……監視?」


「はい。兵士だけじゃない。役人、商人、時には住民の中にもいます」


 アリスは唇を噛む。


「逆らえば、消える。理由もなく」


 ミリアの胸が、嫌な音を立てて軋んだ。


「特に……炎龍国の人間は、狙われています」


 その言葉に、空気が一段重く沈む。


「私達みたいに、よそから来た者は、すぐに目をつけられる」


 クレイは、一歩前に出た。


「……エンリケは?」


 その名を口にした瞬間、アリスの肩が、ぴくりと震えた。


「風帝ソウムの懐刀」


 クレイは静かに続ける。


「風切りのエンリケ。風翔国最強の将だ」


 アリスは、小さく頷いた。


「……父は」


 一瞬、言葉が詰まる。


「私と同じです」


 三人の目が、アリスの身体へと向かう。


「雷帝国に捕らえられて……機械に、されました」


 声は震えていたが、逃げなかった。


「雷帝国は、人を人のまま壊すんです。意志を奪い、命令に従うだけの存在にして……」


 夕暮れの風が吹き抜ける。


「意のままに操れる機械兵を作り、大陸を支配するつもりです」


 それは、戦争ですらない。

 完全な支配。


「……最悪だな」


 ジャックが、低く吐き捨てる。


 そして、ふと首を傾げた。


「でもさ」


 いつもの軽さを残した声で、アリスを見る。


「お前、自我あるじゃん」


 一瞬、場が静まった。


「操られてるって感じ、全然しねーけど?」


 クレイが横目で睨む。


「……今は茶化すな」


「いや、割と真面目なんだけど」


 ジャックは肩をすくめた。


「だってさ、意のままに操れるなら、こうやって忠告しに来ないだろ?」


 アリスは、少し驚いたように目を見開いたあと、苦笑した。


「……ええ」


 静かに、答える。


「私と、もう一人」


 ミリアが、はっとする。


「……もう一人?」


「失敗作です」


 アリスは、自嘲気味に言った。


「雷帝国にとっては」


 彼女は、自分の腕に触れる。金属の感触が、はっきりと見える。


「私達は、身体が機械化されただけ」


「意志は……残ったままです」


 だからこそ、監視され。

 だからこそ、使い道がなく。

 だからこそ、捨てられた。


 三人は、言葉を失った。雷帝国の狂気は、想像していたよりも、はるかに深い。


 そして、その狂気の中で、()()()と呼ばれた少女は、必死に人であろうとしていた。


 清風街は、もう目の前にある。だが、その先にあるのは、平穏な首都ではない。


 監視と沈黙に覆われた、檻の街だった。


 清風街へ向かう街道を外れ、アリスは三人を導くように歩き出した。


「……こっちです」


 舗装された道はやがて細くなり、岩肌が露出した山道へと変わる。遠くに、巨大な裂け目のような地形が見え始めた。


 ――龍の渓谷。


 切り立った岩壁が幾重にも重なり、その奥から、低く唸るような風音が響いてくる。まるで、眠れる巨獣の呼吸のようだった。


「清風街から、少し離れています」


 アリスは振り返らずに言う。


「雷帝国の監視も、ここまでは薄い」


 やがて、一行は渓谷の入口近くにある、小さな村へと辿り着いた。


 石と木で作られた簡素な家々。畑は痩せているが、人々の顔には不思議な落ち着きがあった。武器を帯びた者もいるが、どこか“守るため”の気配が強い。


「……雰囲気が違う」


 ジャックが周囲を見回す。


「清風街とは、まるで別世界だな」


「ここは」


 アリスが答える。


「黒炎龍と白雷龍の伝承が、深く根付いた土地です」


 ミリアは、胸の奥が微かにざわめくのを感じていた。理由は分からない。ただ、この渓谷に近づくにつれ、黒炎が静かに息づいているような感覚がある。


 村の中央に立つ古い集会所。その前に、一本の杖をついた老人が立っていた。


 深い皺に刻まれた眼差しは、濁っていない。


 ――村長だ。


 老人は、ミリアの姿を視界に捉えた瞬間、ぴたりと動きを止めた。


 次の瞬間。


「……ほう」


 低く、しかし確信に満ちた声。


「黒炎龍を、宿しておるな」


 ミリアの心臓が、強く脈打った。


「……っ」


 クレイが一歩前に出ようとするが、村長は手で制した。


「案ずるな。ここでは、黒炎は忌むべきものではない」


 老人は、ゆっくりとミリアに近づく。


「わしらは、知っておる。この地の、ほんとうの伝承をな」


 村長は杖で地面を軽く叩いた。


「世に広まっている伝承の、元となる話では、こうだ」


 かつて邪悪な王が、黒炎の力を使い、悪の限りを尽くした。それを、白雷龍を宿した英雄が討ち、世界は救われた。


「……ですが」


 ミリアは、思わず口を開く。


「その話、私の中の黒炎龍は……」


 胸の奥で、あの女性の声が静かに応じる。


『記憶に、ないわ』


 黒炎龍の声は、困惑していた。


『そんな王も、そんな行いも……私は、知らない』


 ミリアは、はっきりと首を振った。


「黒炎龍は、そんなことをした覚えがないと」


 村長は、ふっと口元を緩めた。


「やはりな」


 そして、重々しく告げる。


「その伝承は、後から作られたものじゃ」


 三人の視線が、老人に集まる。


「古くから、世界の浄化を唱える者たちがおる」


「げっ、まさか……」


「奴らしかいないだろうな……」


 村長の声は、静かだが鋭かった。その言葉は、ジャックとクレイの予想通りのものだった。


「光神教団」


 その名に、空気が張り詰める。


「彼らはな、黒炎を悪と定め、白雷を正義と定めた」


 村長は、杖を握る手に力を込める。


「邪悪な王など、最初から存在せん。黒炎の力を恐れ、排除するために作られた……でたらめじゃ」


 沈黙が落ちる。


 ミリアの中で、何かが静かに繋がっていく。


 戦争の裏で暗躍する白雷龍。

 風翔国で黒炎を忌み、恐れる者達。

 そして、真実を歪められ、悪とされた存在。


 村長は、ミリアを真っ直ぐに見つめた。


「娘よ……お前が宿す黒炎は、この世界が隠してきた真実そのものかもしれん」


 龍の渓谷から、風が吹き上がる。その風は、雷でも光でもなく、黒く、静かな炎の気配を帯びていた。

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