第三十七話 機械の少女
湖の馬宿で一夜を明かし、三人は馬を預けた。
「ここからは、歩きだな」
ジャックが荷を背負い直す。
「最後の山だ」
クレイは地図を確認し、頷いた。
道は細く、これまで以上に人の手が入っていない。踏み固められてはいるが、補修の跡は乏しく、ところどころ崩れかけている。
「……静かだな」
ミリアが小さく呟く。
鳥の声も少なく、風の音だけが山肌を撫でていく。人が行き交う気配が、ほとんど感じられなかった。
黙々と歩き、やがて尾根を越える。その先に広がっていたのは、小さな集落だった。
「……あれが、風翔国側の村か」
炎龍国側から入った麓の村と、地形や家並みはよく似ている。
だが、決定的に違う点があった。
人が、少ない。
畑はあるが、手入れが行き届いていない。家の戸は閉まりがちで、外に出ている人影もまばらだ。
三人が村へ足を踏み入れると、数人の村人がこちらを見た。しかし、すぐに視線を逸らし、家の中へ引っ込んでいく。
「……歓迎されてないな」
ジャックが苦笑する。
「閉鎖的だね」
クレイの声は低い。
声をかけても、返事は素っ気ない。必要最低限の言葉だけが返り、会話はそれ以上続かない。
雷帝国の話。人が減った理由。どれを聞いても、村人は曖昧に首を振るか、話を打ち切るだけだった。
「知らん」
「余所者に話すことはない」
「用がないなら、早く行け」
そんな言葉ばかりが返ってくる。日が傾き、三人は宿を探した。
ようやく見つけたのは、古びた安宿だった。看板は色褪せ、扉も軋む。
「……やってますか」
クレイが声をかけると、無愛想な宿主が顔を出す。
「部屋はある。三人だな」
それだけ言うと、鍵を放るように渡された。部屋は簡素で、最低限の寝具があるだけ。食事も、質素そのものだった。
「……雰囲気、だいぶ違うな」
ジャックが小さく呟く。
「炎龍国側の村とは、同じ田舎でも……」
ミリアは言葉を切り、周囲を見回した。
静かすぎる村。人の気配が薄く、どこか張り詰めた空気。
情報は、ほとんど得られなかった。だが、その沈黙こそが、この国で何かが起きている証のように、三人には感じられた。
こうして三人は、風翔国の片隅で、一夜を過ごすことになった。
翌朝。
薄い霧が残る中、三人は村を後にした。クレイは荷から大陸地図を取り出し、進路を確認する。
「この道を南東へ。清風街までは、そう遠くありません」
「首都、なんだよな?」
ジャックが首を傾げる。
「ええ。ただし……」
クレイは少し言葉を選んだ。
「炎龍国の城下町や、水明国の水の都と比べると、規模はかなり小さいはず」
歩みを進めるにつれ、景色は一変していった。
広がる牧草地。
風に揺れる麦畑。
点在する牧場と、穏やかに草を食む家畜たち。
「……のどかだな」
ジャックが肩の力を抜く。
「風翔国は、自然と共に生きる国だからな」
クレイの言葉通り、戦争の影はここでは感じにくい。人の数は少ないが、土地そのものは豊かだった。
だが、道端に人影はほとんどない。畑仕事をしている者も、牧童の姿も、妙に少なかった。
空が、ゆっくりとオレンジ色に染まり始める。
「……見えた」
クレイが前方を指す。
低い城壁。質素な建物が集まった街並み。
風翔国の首都・清風街。
「ほんとに、静かな首都だな」
ジャックが呟いた、その時。
「……待って」
ミリアが、足を止めた。
「どうした?」
道の脇。草むらの陰に、小さな人影が横たわっている。
「誰か……倒れてる」
三人は駆け寄った。
黒髪の少女だった。年の頃は、ミリアよりも少し下だろう。
「大丈夫ですか?」
ミリアが膝をつき、肩に手を伸ばす。
その瞬間。
「――っ!?」
思わず、息を呑んだ。
硬い。
人の身体とは思えない感触。まるで、鉄の塊に触れたような冷たさと硬度。
「ミリア?」
ジャックが訝しむ。ミリアは、震える指先で少女の服の裂け目に目を向けた。
そこから覗いていたのは、鈍く光る金属。
歯車と接合部。皮膚の下から、明らかに人ではないものが露出していた。
「……機械……?」
声が、かすれる。少女の身体は、一部が完全に機械化されていた。少女の瞼が、かすかに動いた。
「……あなた達は……?」
か細い声だったが、確かに意識はある。
ジャックは、場の重さを和らげようとしたのか、いつもの調子で肩をすくめる。
「通りすがりの、超イケてる冒険者三人組でーす。助けたら謝礼とか――」
「やめろ」
即座に、クレイが低い声で遮った。
「今はふざけてる場合じゃない」
ジャックが口を尖らせる。
「冗談だろ。こういう時は軽口の一つも――」
「余計に警戒されるだけだって!」
クレイは一歩前に出て、少女を見下ろす位置に立つ。視線は鋭いが、敵意は抑えている。
「……俺たちは、ただの旅人だ」
意図的に、淡々と。
「風翔国を通っているだけだ。君に危害を加えるつもりはない」
少女は、少しだけ身を強張らせた。疑いと恐怖が、目に浮かぶ。その様子を見て、ミリアは胸の奥が締めつけられるのを感じた。
嘘をついてる。
クレイの判断が間違っていないことは分かる。
それでも。
「……違う」
ミリアは、はっきりと言った。
二人が驚いたようにこちらを見る。
「私たちは、炎龍国から来た」
クレイが思わず声を落とす。
「おいおい……」
ミリアは構わず続けた。
「雷帝国が、風翔国で何かをしているって噂を聞いて……それを調べに来たの」
少女の目が、大きく見開かれる。
「……本当に?」
「うん」
ミリアは、真っ直ぐに頷いた。
「あなたの身体を見て、分かった。噂は本当だった」
しばらくの沈黙。
風が、草原を撫でる音だけが流れる。
やがて、少女は小さく息を吐いた。
「……あなた、嘘をついてない」
その言葉に、クレイは眉をひそめる。
「なんで、そう思う」
「目」
少女は、ミリアを見る。
「その人の目は……怖がってる。でも、同時に、怒ってる」
そして、かすかに笑った。
「信用できる」
ミリアは、ほっとしたように微笑む。少女は、ゆっくりと上体を起こそうとし、途中で苦しそうに息を詰めた。露出した金属部が、夕焼けに鈍く光る。
「私は……アリス」
静かに、名乗る。
「風翔国兵士長、エンリケの娘です」
三人の空気が、一瞬で変わった。
風翔国のエンリケ。
通称・風切りのエンリケ。
その名はあまりにも有名だった。
「私の体は……」
アリスは視線を落とす。
「雷帝国の人達に……無理矢理、改造されました」
声は震えていたが、泣いてはいなかった。
それが、彼女がどれほどのものを見てきたかを、雄弁に物語っていた。
風翔国の首都・清風街に入る手前で、三人は噂ではなく、被害者本人と出会ってしまったのだった。




