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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女

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第三十六話 湖の馬宿

 山道は、想像以上に険しかった。


 湖の馬宿へ向かう道は、なだらかとは言い難い上りが延々と続いている。

 馬車は進むたびに速度を落とし、馬たちは鼻を鳴らしながら、何度も足を止めた。


「……だいぶ、きつそうだな」


 ジャックが、馬の様子を見て言う。


「この勾配では仕方ない」


 クレイは手綱を緩め、無理に進ませないよう気を配る。


 馬は強い生き物だが、長い上り坂を荷を引いたまま進めば、体力の消耗は早い。

 一定の距離を進むごとに休ませ、水を与え、呼吸が落ち着くのを待つ。


 そのたびに、時間は静かに削られていった。


 道中、何度か人とすれ違った。


 軽装の登山者。

 獲物を担いだ猟師。

 逆に山を下りてくる旅人たち。


「今日はここまでにしておけよ」


 すれ違いざま、そんな忠告を残す者もいた。


 やがて、一つ目の山を越え、さらにもう一つ。高度が上がるにつれ、空気は冷え、木々の影が長く伸び始める。


「冬じゃなくてよかったな」


「冬だったら倍以上過酷だったな」


 西の空が、橙から紫へと沈んでいった。


「……日が、暮れてきた」


 ミリアが空を見上げる。


 湖までは、まだ距離がある。この勾配で夜道を進めば、馬にも、人にも危険が大きい。


 クレイは、馬車を止めた。


「今日は、ここまでにしよう」


「……野宿か」


 ジャックは周囲を見回す。


 幸い、道から少し外れた場所に、風を遮る岩場と、平らな地面があった。


 三人は手早く役割を分ける。


 ジャックが薪を集め、

 クレイが周囲を確認し、

 ミリアが火起こしの準備をする。この時、黒炎は使わない。あの炎は闇を照らさず、食を温めることもできない。野営には不向きだった。


 やがて、火が灯った。


 ぱちぱちと薪が弾け、暗くなり始めた山中に、温かな光が広がる。

 馬は火から少し離れた場所に繋ぎ、十分に休ませる。今日の行程は、無理をしなかった分、確実だった。


「……湖は、明日だな」


 ジャックが火を見つめながら言う。


「焦る必要はない」


 クレイは静かに頷いた。


 夜の山は、静まり返っている。風の音と、遠くで鳴く獣の声だけが、時折耳に届く。


 こうして三人は、山中での一夜を迎えた。


 風翔国へ至る道は、まだ続いている。だがその一歩一歩は、確実に、目的地へと近づいていた。


 夜明けは、静かに訪れた。


 山の稜線から差し込む淡い光が、冷えた空気を少しずつ押し退けていく。火はすでに熾火となり、馬たちも落ち着いた様子で草を食べていた。


「行けそうだな」


 ジャックが馬の背を軽く叩く。


「今日中に湖へ着けるはずだ」


 荷を整え、三人は再び馬車を進めた。勾配は相変わらずだが、昨日ほどの厳しさはない。しばらく進むと、木々の合間に光が揺れた。


「……見えた」


 ミリアの視線の先、山々に抱かれるようにして、静かな湖が広がっていた。水面は鏡のように澄み、朝の空を映している。その湖畔に、数軒の建物と柵に囲まれた馬宿があった。


「ここが……湖の馬宿か」


 馬車が近づくと、人の気配が増える。

 旅人、行商人、登山帰りらしい一団。

 規模は小さいが、思った以上に活気があった。


「いらっしゃい、旅の方」


 馬宿の主人が手を振る。


 馬を預け、水と飼葉を用意してもらう。

 三人はようやく肩の力を抜いた。


「助かった……馬もだいぶ疲れてたな」


「ここで一息入れよう」


 宿の外には簡素な露店が並び、行商人たちが品を広げている。

 

 干し肉、保存食、布、簡易な装備品。自然と、言葉を交わす流れになった。


「風翔国へ向かうのかい?」


 中年の行商人が、荷を整えながら声をかけてくる。


「ええ、そのつもりです」


 クレイが答えると、男は少しだけ表情を曇らせた。


「最近は、あまり勧めないな」


「……何かあったんですか?」


 ジャックが問う。


「人が減ってる」


 別の旅人が、低い声で言った。


「村が丸ごと空っぽ、ってほどじゃないが……確実に少ない。若い連中が特にな」


「獣害ですか?」


 ミリアが聞くと、行商人は首を振る。


「それなら、痕が残る。だが、そうじゃない」


「雷帝国の話も、ちらほら聞く」


 今度は、荷馬の手綱を握る男が口を挟む。


「軍が動いたって確証はないが……怪しい連中が山向こうをうろついてるって噂だ」


 三人は、視線を交わした。


「風翔国の人間は、伝承を重んじる」


 行商人は続ける。


「妙な力や、正体の知れない存在を、ひどく嫌う。よそ者にもな」


「……なるほど」


 クレイは小さく頷いた。


 湖の水面は、相変わらず穏やかだ。

 だが、その静けさが、かえって不安を煽る。


「この先は、最後の山だ」


 馬宿の主人が言う。


「越えれば、風翔国はすぐだが……気をつけな」


 三人は、情報を胸に刻み込む。


 人が減っていること。雷帝国の影。

 そして、伝承を信じる国。


 湖を渡る風が、冷たく頬を撫でた。

 風翔国は、すぐそこまで迫っている。

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