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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 機械の少女

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第三十三話 龍の伝承

 風翔国、とある施設。


「やめろ……やめてくれ……ッ!!」


 男の悲鳴は、分厚い石壁に吸い込まれ、外へ漏れることはなかった。


 白衣を纏った数人の人影が、無機質な手つきで男を押さえつける。


 狂気の科学者・ディアドロ。


 彼の表情に、感情はない。メスが振り下ろされ、肉が裂ける。金属音。何かを体内へと埋め込む音。


 呻き声はやがて弱まり、やがて途切れた。


 ディアドロは視線も動かさず、淡々と告げる。


「……非検体、死亡。失敗です」


「チッ……」


 隣にいた科学者が舌打ちをする。


「死んだらメカにしても動かないからな……。アレに食わせておけ」


 二人の研究員が、ぐったりとした遺体を引きずり上げ、奥へと運んでいく。


 施設の最奥。重厚な鉄格子の向こう。そこには、かつては熊だったと思われる、異形の怪物がいた。


 筋肉は不自然に肥大し、金属と肉が癒着した身体。赤く濁った眼が、檻の外を睨んでいる。

 科学者が遺体を檻の中へ放り込むと、怪物は躊躇なくそれに喰らいついた。


 骨の砕ける音。肉を引き裂く音。


「……おそろしい食欲だよな」


 誰かが、乾いた声で呟く。


「こんなバケモノ……一匹だけってのが、唯一の救いだ」


 動物を使った改造実験。成功例は、この一体のみ。

 それまでに何度も失敗を重ね、ようやく完成したものの、制御不能。手に負えず、こうして監禁される結果となった。


 それ以降、この施設で行われている実験は、人体のみ。ディアドロは書類をまとめ、施設の最上階へと向かう。


 豪奢な内装。研究施設とは思えぬほどの部屋。

 机の向こうに立つ男へ、報告書を差し出した。


「……現時点での成功率は、2.4%です」


 紙に目を落とした男は、無言のままゆっくりと銃を構え、ディアドロへと向けた。


「2%切ったら、殺すぞ?」


 低く、冷たい声。


「真面目にやれよ」


 ディアドロの顔から血の気が引く。彼は何度も頷き、逃げるように部屋を後にした。


 その背中を見送りながら、男は小さく笑う。


 最初から、分かっていた。彼にとって、実験の成否などどうでもいい。


 必要なのは、恐怖と、支配と、使い捨ての駒。


 男の名は、


 雷帝国三大将軍、その最後の一人。

 雷銃のランス。


 彼の笑みだけが、部屋に残っていた。



 水明国での戦争から、一年。

 炎龍国の空は、今日も澄んでいた。


 兵士としての訓練を終え、汗と埃を落としきれないまま、ジャックとクレイは城下の一角にある馴染みの店へと足を向ける。


「お、来たか」


 店主は、いつものように人の好さそうな笑みを浮かべていた。


 年齢は不詳。髪には白いものが混じっているが、背筋は妙に伸びている。彼の話は、いつも少しだけ変だ。


「今日はどんな話だ?」


 ジャックが腰掛けながら言うと、店主は鍋に火を入れつつ、語り出す。


「いやな、俺は本当は、別の世界の人間でな。確か……死んだはずだった」


「またそれか」


 クレイが半眼で突っ込む。


「事故だったのか、病気だったのかも覚えてない。ただ、気がついたら、この大陸にいた」


 店主は、懐かしむように湯気の立つ鍋を見つめた。


「それでな。どうしても、食いたくなったんだ。あの味を」


 差し出された器には、白く艶のある麺と、澄んだ出汁。


「……前に言ってた、うどんってやつか」


 クレイが呟く。


「本物とは違う。材料も、作り方もな。でも、近い素材をこの世界で探して、何度も失敗して……ようやく、ここまで来た」


 ジャックは一口すすり、目を見開いた。


「……うまい」


「だろ?」


 店主は満足そうに笑った。


「ネギ、三つ追加で」


 間髪入れずにジャックが言う。


「……三つ?」


「当たり前だろ」


 程なくして、山のように盛られた刻みネギが運ばれてくる。


 クレイはそれを見て、ため息をついた。


「それはもう、ネギにうどんをトッピングしているだけだろ」


「これが美味いんだよ」


 ジャックは悪びれもせず、豪快にすする。湯気と笑い声が、束の間の平穏を演出していた。

 食後、城下の通りを歩いていると、鎧姿の兵士が二人の前に立ちはだかった。


「ジャック殿、クレイ殿」


 表情は硬く、だが敵意はない。


「炎帝陛下がお呼びです。すぐに、炎帝の間へ」


 ただならぬ空気に、二人は顔を見合わせる。


「……行くしかないか」


 城へと向かい、重厚な扉が開かれる。


 炎帝の間。


 玉座の前には、すでに一人の少女が立っていた。

 薄紅色の髪。見慣れた背中。


「……ミリア」


 呼びかけると、彼女は振り返り、三人の視線が交わる。

 再び、運命が動き出す。そう告げるには、十分すぎる静けさが、そこにはあった。


 炎帝の間は、静まり返っていた。


 玉座に座る炎帝リグーハンは、三人を順に見渡し、低く切り出す。


「風翔国の人口が、ここ一年で大幅に減っている」


 その言葉に、ジャックが眉をひそめる。


「減ってる……って、戦争でもあったんですか?」


「いや。表向きは、何も起きていない」


 リグーハンは首を横に振る。


「だが、街が痩せ細り、村が消え、人の往来が途絶えている。噂では雷帝国が裏で関わっていると」


 クレイの表情が険しくなる。


「……やはり、動き出しましたか」


 炎帝は続けた。


「そこでだ。お前たち三人に、再び調査を依頼したい」


 ミリアは、黙って頷く。


「ただし、一つ条件がある」


 リグーハンの視線が、ミリアへと向けられた。


「風翔国は、古い伝承と因習を重んじる国だ。黒炎龍を宿していることは、可能な限り伏せて行動しろ」


「……なぜです?」


 ジャックが、率直に問い返す。その瞬間、クレイが小さく息を吸い、静かに口を開いた。


「それは、風翔国に伝わる“龍の伝承”が原因だ」


 そして、まるで暗誦するように語り始める。



 ――人の世が、戦乱に覆われし時代のこと。


 大陸は火と血に染まり、王も将も領地も、争いの炎に喰われていた。

 人々は互いを疑い、奪い、滅ぼし合う。誰も、未来を語ることはできなかったという。


 その時、天空の奥深くより、二柱の龍が目覚めた。


 一柱は、漆黒の鱗をまとい、炎の如き瞳を燃やす――黒炎龍。


 もう一柱は、銀白の雷を纏い、嵐の如き轟きを宿す――白雷龍。


 つがいの龍。

 古の伝承に曰く、二つの力は世界の均衡を司る者。


 黒炎龍は怒りを糧に、敵を焼き尽くし、世界を焦土と化す存在。

 白雷龍は正義と裁きの雷を振るい、暴虐を貫き、天罰を下す存在。


 人は龍を畏れ、恐れ、時にその力を宿す。

 だが、一度龍の力を受け入れれば、もはや人ではいられず、世界の秩序を揺るがす者となる。


 そして再び、世界が争いに染まるとき――

 黒炎と白雷は、大陸を裂き、天空を焦がす。


 戦火の時代は、龍の咆哮とともに幕を開ける。



 語り終え、クレイは静かに結論づけた。


「……つまり、黒炎龍は()()として、白雷龍は()()として伝えられている」


 ジャックは顔をしかめる。


「ずいぶん、都合のいい話だな」


 ミリアは、何も言わなかった。その代わり、胸の奥に意識を落とす。


(……そうなの?)


 問いかけに、黒炎龍は一拍置いて答えた。


『さあね。私が黒いから、勝手なイメージで作られたのか……それとも、妬んだ者がそう語ったのか』


 声音には、わずかな苛立ちが混じる。


『少なくとも世界を壊そうと躍起になるのは、いつも()の方よ』


 ミリアは、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。


 炎帝リグーハンは、三人を見据える。


「以上だ。危険な任務になる」


「それでも、行きます」


 答えたのは、三人同時だった。


「よし」


 炎帝は、満足そうに頷く。


「遠征の日取りと準備は、追って伝える。備えを怠るな」


 こうして、三人は再び動き出す。


 風翔国へ。伝承の裏と、雷帝国の狂気が待つ地へ。


 知らぬまま信じられてきた“正義”と“災厄”が、再び試されようとしていた。

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