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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 漆黒の戦乙女

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第三十一話 託された一撃

 純黒の死神が、振り下ろされようとしていた。


 閻魔一閃。


 それは、終わりを告げる一撃。回避も、防御も、存在しない。

 傷だらけの身体。血に濡れ、視界は滲み、意識は遠のいていく。


 ――それでも。


 その闇の底で、ミリアは()()()()()()()()


『……聞こえるか』


 低く、重い声。忘れるはずがない。

 暗月の覇王ゴウガ。


『俺は、お前に託した』


 時間が、引き伸ばされる。雨粒が、空中で止まったかのように。


『ギリギリまで、奴の攻撃を引きつけろ』


 死神の刃が、迫る。


『その瞬間』


 声が、鋭くなる。


『鎌よりも、剣よりも、あらゆる武器よりも、魔法よりも速い……』


 鼓動が、一つ、強く鳴った。


『その体から、解き放つ力を』


 ミリアは、すでに()()()()()


 両脚を踏み締め、腰を落とす。重心が、地へと沈む。


 両腕を構え、掌を前に。


 黒炎が、腕から掌へと集まっていく。獣の咆哮のような音を立てながら、荒々しく、だが迷いなく。


『……この技』


 黒炎龍が、息を呑む。


『ミリア……お前、まさか……』


 それは、見よう見まねの形ではなかった。模倣ですらない。

 

 理解し選び取っていた一撃。閻魔一閃が、振り下ろされる。刹那。それよりも速く、視界が白く弾けた。


「――破壊双掌!!」


 掌底。踏み込みも、助走もない。

 ただ、ゼロ距離の破壊。


 威力は、ゴウガの半分にも満たない。

 覇王のそれには、遥かに及ばない。


 だが、それで十分だった。


 純黒の鎧が、内側から砕ける。衝撃が、逃げ場を失い、身体の中で暴れ狂う。


 骨が、音を立てて砕け散る。内臓が、破裂する。


 純国の魔力も、()()()物理破壊は吸収できない。


 死神の刃は、ミリアに届かない。

 次の瞬間、グロリアの身体が宙に浮いた。


 グロリアは、動かなかった。


 雨に打たれ、純黒の鎧は砕け散り、身体は不自然な形で地に伏している。呼吸も、痙攣もない。


 明らかな、即死だった。


 戦場に、音が戻らない。誰もが、その光景を理解するまでに、時間を要していた。


 覇王に匹敵する存在。

 死神と重なった戦乙女。


 それが――倒れている。


「……あれって……」


 膝をついたまま、ジャックが呆然と呟く。


「ゴウガの……」


 それ以上、言葉にならなかった。だが、誰もが同じ名を思い浮かべていた。


 暗月の覇王。破壊双掌。


 戦場の全員が、固まっていた。敵も、味方も、時間が止まったかのように。


 その沈黙を、破ったのは。


「ぁ……あぁ……」


 かすれた声。

 メアリだった。彼女は、ゆっくりとクレイから視線を切る。そして、倒れ伏すグロリアだけを見つめる。


 わき目も振らず。世界に、他のものが存在しないかのように。


「……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫びは、悲鳴ではない。怒りでもない。壊れた音だった。


「グロリア様……グロリア様ぁ……!」


 駆け出そうとする身体を、雷帝国の兵士たちが慌てて押さえる。


「離して……!」


 暴れ、泣き、笑い、言葉にならない声を上げる。理性は、完全に砕けていた。


 数人がかりで、ようやく抱え上げられる。


 それでも、メアリは叫び続けていた。

 名前を。純黒を。失われた、すべてを。


 やがて、その姿は雨の向こうへと消えていく。雷帝国の撤退とともに。


 そして戦場には、静寂が残った。水明国の兵士たちは、ゆっくりと武器を下ろす。誰も、歓声を上げなかった。


 勝った。だが、それは、命の重さを知った者たちの勝利だった。ミリアは、その場に立ったまま、拳を見つめていた。


 こうして戦争は、水明国の勝利で、幕を閉じた。


 ラグーナシアは、倒れ伏したグロリアの亡骸から、そっと視線を逸らした。

 敵だった。だが、それだけでは、割り切れなかった。


(……違う世界が、あったのかもしれない)


 剣を交えず、殺し合わず。互いに、水と雷としてではなく。


(もし、別の道があったなら……)


 胸に湧いたその思いを、言葉にはしない。ただ、水帝は心の中で、静かに弔った。


 ――どうか、安らかに。


 戦場が片付けられると同時に、水の都は別の戦場と化した。


 医務区画は、満員。廊下にも、簡易寝台が並べられ、血と薬草と消毒の匂いが混じり合う。


「次、重症者を優先して!」


 治療師たちの声が飛び交う。泣き声も、呻きも、止むことはなかった。


 水帝ラグーナシアは、最優先で医務区画に運び込まれる。その存在は、国そのものだった。


 数日後――。


 ようやく、夜が静かになった頃。ジャックは、窓際で深く息を吐いた。剣を持たずに立てていることが、信じられない。


「……生きてるな」


 隣の寝台では、クレイが苦笑する。


「死ぬかと思った。二度ほど」


「二度で済んでるなら、上等だろ」


 ミリアは、少し離れた椅子に座り、二人を見守っていた。胸の傷はまだ痛むが、命に別状はない。


 日常。それが、少しずつ戻り始めていた。


 さらに日が経ち。


 水明城の大広間に、三人は呼び出された。ラグーナシアは、玉座から静かに立ち上がる。


「クレイ、ミリア、ジャック」


 名を呼ばれた瞬間、空気が引き締まった。


「そなたたちの働きなくして、水明国は今日を迎えられなかった」


 侍女が、銀の盆に乗せた書状を差し出す。それぞれに渡される、正式な感謝状。


「水明国は、そなたたちを英雄として迎える」


 数日後。


 水の都は、かつてないほどの賑わいを見せていた。

 水路には花が浮かべられ、建物には青と白の旗が翻る。人々の声は、空に弾けるようだった。


「英雄だ!」

「黒炎の少女だ!」

「剣士たちだぞ!」


 盛大なパレード。だが、三人は胸を張りながらも、どこか静かだった。ミリアは、沿道の人々の笑顔を見つめながら、ふと、思う。


 守れた。それだけで、十分だった。

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