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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 漆黒の戦乙女

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第二十六話 歪んだ者達

 薄暗い天幕の奥。

 燻るような魔力の気配の中で、黒衣の男が椅子に深く腰掛けていた。


「――で?」


 ハイドが、興味なさげに口を開く。


「負けたのか?」


 その問いに、対面するグロリアは即答しなかった。

 顔すら覆う全身の漆黒の鎧。大鎌を床に預け、静かに息を整えている。


「……バガンが討たれました」


 事実だけを、淡々と告げる。


「だから、部が悪すぎた」


 ハイドの眉が、わずかに動く。


「ほう?」


「力の将を失った戦場で、私一人では――」


 グロリアは視線を上げ、続けた。


「水帝ラグーナシア。そして、黒炎龍を宿す少女」


 一拍。


「二人を同時に相手取るのは、自殺行為です」


 天幕の空気が、ひやりと冷えた。


「……ランスは?」


 グロリアの問いに、ハイドは口角を吊り上げる。


「風翔国だ」


「風翔国?」


「人体実験の方でな」


 さも当然のように言い放つ。


「忙しいらしい」


 グロリアは、わずかに目を伏せた。


「……ならば、なおさらです」


 静かな声。


「私が前に出れば、戦力を失うだけ。水帝と黒炎龍の少女は、軽く見ていい相手ではありません」


 次の瞬間。


「――ははははははッ!!」


 高らかな笑い声が、天幕に響いた。

 ハイドは立ち上がり、グロリアを見下ろす。


「なんだ、それは」


 嘲るような目。


「漆黒の戦乙女ともあろう者が、尻込みか?」


「……現実を見ているだけです」


「違うな」


 ハイドは、指を突きつける。


「お前には荷が重いだけだ」


 その言葉が、刃のように突き刺さる。

 グロリアは、何も言わない。


「良かろう」


 ハイドは、愉快そうに笑みを深めた。


「俺が出向く」


 天幕の奥で、魔力がざわめく。


「貴様はせいぜい露払いでもしておけ」


 命令だった。グロリアの指が、わずかに強く鎌を握る。だが、反論はない。


「……御意」


 低く答え、踵を返す。天幕を出る直前。


 一瞬だけ、その表情が曇った。それは恐れではない。後悔でもない。


 覚悟が、別の色に塗り替えられた顔だった。


 漆黒の戦乙女は、何も言わず、その場を後にした。

 天幕を出た先は、石造りの長い廊下だった。


 松明の火が、等間隔に揺れている。人の気配はない。

 グロリアは、鎧の重みを確かめるように一歩ずつ歩いた。


 ――静かだ。


 だからこそ、思考が過去へと引き戻される。


 若き日。

 まだ、この漆黒の鎧を纏っていなかった頃。


 水明国の修練場で、彼女はラグーナシアと並んで剣を振るっていた。

 王族である彼女と、ただの一門下生である自分。立場は違えど、剣の前では対等だった。


「才能がある」


 師は、よくそう言った。


「いずれは、水帝を支える最高の守護者になるだろう」


 それは、誉れだった。同時に道を決められた言葉でもあった。


 だが、その道を、彼女は嫌だとは思わなかった。


 ラグーナシアの隣に立てるのなら。

 彼女の背を、守れるのなら。


 それで、よかった。


 ……だが、人生は、そう単純ではなかった。


 グロリアは、誰よりも美しい顔を持っていた。


 修行場でも、学び舎でも、視線は常に集まった。学生の頃から、数え切れぬほどの男たちに告白された。


 だが、すべて断った。


 理由は、一つしかない。


 彼女は、ラグーナシアと出会ったその日から、惚れていた。


 尊敬ではない。

 忠誠でもない。


 剣を交え、汗を流し、笑い合い、語り合う中で、その感情は、いつしか逃げ場を失っていた。


 共に歩むために、鍛えた。

 共に生きるために、命をかけた。


 誰よりも、隣に立つために。


 そして。


 二人は、揃って免許皆伝へと至った。


 同じ技を修め、同じ境地に立ち、

 同じ景色を見ていたはずだった。


 グロリアは、廊下の奥で足を止める。

 兜の内側で、わずかに目を閉じた。


 ――あのとき、すでに歪みは始まっていたのか。


 それとも。


 歪ませたのは、自分自身だったのか。


 答えは、まだ出ない。


 ただ、漆黒の兜の奥で、誰にも見せぬ想いだけが、静かに疼いていた。


 廊下の先に、気配が生まれた。


 グロリアが足を止めると、松明の揺らぎの向こうから、二つの影が姿を現す。


 女が、ひとり。

 男が、ひとり。


 どちらも、雷帝国の装い。

 だが、その立ち姿は、兵とも将とも違っていた。


「此度の戦」


 女が、恭しく膝を折る。


「お供いたします。グロリア様の、側に」


 名を、メアリという。


 長い髪。整った顔立ち。

 だが、グロリアは一目で理解した。


 似ている。


 顔ではない。纏う空気でもない。

 歪んだ愛を抱えた者の目をしている。


 自分と、同じだ。


 守るため。捧げるため。

 壊れても構わないと、最初から覚悟している視線。


 グロリアは、何も言わない。


「俺も行く」


 次に口を開いたのは、男だった。

 背が高く、筋骨隆々。武器を背負い、目だけが異様に輝いている。


「強い奴がいるって聞いた」


 軽い口調。


「水帝だの、黒炎龍だの……正直どうでもいい」


 男は、愉しげに笑う。


「ただ」


 その笑みが、獣のものになる。


「強者に、会いたい」


 名は、サイガ。


 グロリアについていくというのは、ただの口実。

 目的は一つ。


 戦うこと。

 命を賭けられる相手と、刃を交えること。


 廊下に、沈黙が落ちる。


 グロリアは、二人を一瞥した。


 拒む理由はない。

 迎え入れる理由もない。


 彼女は、ただ一言だけ告げる。


「……好きにしなさい」


 それ以上は、何も言わなかった。


 メアリは、恍惚としたように微笑み。

 サイガは、楽しげに肩を鳴らす。


 三人は、同じ方向へと歩き出す。


 忠誠。

 愛。

 渇望。


 それぞれ違う歪みを抱えながら。


 嵐は、確実に形を成し始めていた。

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