第二十五話 ジャックの成長
三日後。
客用区画の回廊で、杖の音が響いた。
――コツ、コツ。
松葉杖をつきながら現れたのは、包帯に覆われた水明兵士だった。
「……あ」
ジャックが目を見開く。
「お前、生きてたのか」
「そっくり、そのまま返しますよ」
アリウムは苦笑した。顔色はまだ悪い。だが、瞳には、確かな生気が戻っている。
「正直に言います」
アリウムは、松葉杖に体重を預けたまま、ジャックを見た。
「あなたが、同じ一撃を受けて動けているのを見たとき……」
一拍、置いて。
「人間やめてるのかと思いました」
「おい!」
ジャックが即座に突っ込む。
「いや、褒めてますからね!?」
慌てて言い添えるアリウムに、場の空気が少し緩む。
「俺は、骨が砕けてこのザマです」
自分の脚を、軽く示す。
「なのにあなたは……包帯だけで歩いてる」
「……丈夫なのが取り柄でな」
ジャックは、照れたように頭を掻いた。アリウムは、真っ直ぐに頭を下げた。
「あなたが踏みとどまったから、水明は守られました」
「……違う」
ジャックは、首を振る。
「守ったのは、みんなだ。俺一人じゃねぇ」
アリウムは、少し驚いたように目を瞬かせ、そして笑った。
「だからこそ、です」
その後、一行は王城内の客用区画に移されていた。
「うわ……水、見ろよこれ」
城下へと続く回廊で、ジャックが身を乗り出す。
水路にかかる小さな橋。子どもたちが走り回り、商人が笑顔で声をかけ合っている。
「本当に……戦争してた国なのか?」
「してた、じゃない。している、だ」
クレイが静かに訂正する。
「ただここは、そう見せないようにしてるだけだ」
「……なるほどな」
ジャックは納得したように頷いた。
だからこそ、この都は守られてきた。
戦う力だけでなく、日常を続ける力によって。
その日の昼。
小さな中庭で、簡素な食事が振る舞われた。
焼きたてのパン。魚のスープ。果実水。
「……うまい」
ジャックがしみじみと言う。
「戦場メシのあとだと、余計にな」
「普通の食事を、普通に食べられる」
クレイはパンを割りながら、静かに言った。
「それだけで、救われる人間もいる」
ミリアは、黙ってスープを飲む。
温かい。ただ、それだけのことが、今は尊かった。
夕刻。城の高台から、水明の街が一望できる場所で。
ミリアは、ひとり欄干に手を置いていた。夕陽が水面に反射し、街全体が金色に染まっている。
「……平和、か」
言葉にすると、すぐ壊れてしまいそうだった。
それでも。今は、戦わなくていい。
その今を、大切に抱え込む。
数日後。
王城裏手の訓練場に、乾いた打撃音が響いていた。
――カンッ。
木剣が交差し、ジャックは一歩下がる。
「……今の、受けが浅いです」
松葉杖を壁に立てかけ、アリウムが淡々と言った。
「分かってる。炎龍国じゃ、攻めばっかりだったからな」
ジャックは肩を回し、苦笑する。
「剣技は教わった。型も、踏み込みも。でもよ……受ける訓練は、正直足りてなかった」
アリウムは、静かに頷いた。
「攻めの剣は、勝つための剣です。
受けの剣は、生き残るための剣」
一歩、間合いを詰める。
「バガンの一撃を正面から受けて立った。それは、才能でもあります」
木剣が、今度はわずかに角度を変えて振るわれる。
「ですが、次も同じとは限らない」
ジャックは、受け止めず、わずかに刃をずらした。
「……お」
衝撃が、明らかに軽い。
「そうだ。その位置です」
アリウムの声が、少しだけ柔らいだ。
一方。
城の中庭では、ミリアとクレイが向かい合っていた。
「私たちも、備えよう」
ミリアの言葉に、クレイは無言で剣を抜く。
黒炎は使わない。ただ、剣と身体の動きを確かめる稽古。
「踏み込みが速くなったな」
「迷わなくなっただけ」
勝ち負けはない。
積み重ねるための時間だ。
夕刻。
一同は城の食堂に集まっていた。温かな料理が並び、外には水都の夕暮れが広がっている。
「いやぁ、今日は収穫多かったぜ」
ジャックが、やけに上機嫌だ。
「炎龍国で習った剣を、やっと使い切れる気がしてな」
「受けの話?」
クレイが尋ねる。
「それもある」
ジャックは親指で自分を指す。
「アリウムのおかげで、引き出しが増えた。正面で受けるだけじゃねぇ。ずらす、流す、逃がす」
ちらりと、意味ありげに笑う。
「それに……とっておきも、使えるようになった」
「とっておき?」
ミリアが目を向ける。
「今は内緒だ」
ジャックは、肩をすくめた。
「切り札は、最後まで伏せとくもんだろ?」
アリウムは、少し驚いたように目を瞬かせ、そして静かに言った。
「戦い方の幅が増えるのは、良いことです」
「だろ?」
ジャックは、満足そうに笑う。
「お前のおかげで、俺はさらに強くなったぜ!」
クレイは、その様子を静かに見つめていた。
彼らは、休んでいる。だが、確実に備えている。
水の都の夕暮れは、穏やかに、静かに流れていった。




