第二十四話 三大将軍の序列
雷帝国の軍勢が霧の向こうへ消え去った後。
戦場には、ようやく人の息遣いが戻ってきていた。
「皆さん、こちらへ」
水帝ラグーナシアの言葉に導かれ、一行は水明城へと向かう。城門をくぐった瞬間、ミリアは思わず息を呑んだ。
――美しい。
水の都、水明。
白い石で造られた街路。あちこちに張り巡らされた水路を、澄んだ水が音もなく流れている。
噴水はどれも芸術品のようで、空気そのものが澄み切っていた。
「……すげぇな」
ジャックが素直に感嘆の声を漏らす。
「戦争してた国の城下町とは思えない」
「守るために、磨かれてきた都です」
ラグーナシアは静かに答えた。
やがて一行は、王城の客間へと案内される。
高い天井、柔らかな光。過剰な装飾はなく、落ち着いた気品が漂っていた。
席に着くと、ほどなくして侍女たちが現れる。
上品な茶菓子。そして、湯気を立てる香り高いコーヒー。
「……コーヒー?」
ミリアが小さく首を傾げる。
「ええ。お口に合うと良いのですが」
ラグーナシアは自らカップを手に取り、続けた。
「水明国の澄んだ水と、標高の高い風翔国の豆を使っています。 苦味が立ちすぎないよう、焙煎にも工夫をしています」
一口含んだクレイは、目を見開いた。
「……まろやかだ。香りも深い」
「うわ、ほんとだ。苦くねぇ!……いてて」
ジャックも感心したように頷く。バガンにやられたところはまだ痛そうだ。
束の間、戦場の血と死が嘘のような静けさが流れた。
やがて、クレイがぽつりと口を開く。
「……ラグーナシア様」
「はい」
「正直に言ってしまえば……あの強さなら、俺たちの助けがなくても、雷帝国は退けられたのでは?」
一瞬、空気が止まる。
だがラグーナシアは、不快そうな顔一つせず、静かにカップを置いた。
「そうですね。バガンだけであれば、問題ありませんでした」
ミリアが、ぴくりと反応する。
「だけ、って……」
ラグーナシアは、窓の外、水路の流れを見つめながら、語り始めた。
「漆黒の戦乙女こと、グロリア。彼女は、元々水明国の人間です」
「え……?」
一同が、息を呑む。
「私と彼女は、同じ師のもとで修行しました。互いに、剣も斧も鎌も持たぬ時代から、です」
ラグーナシアの声は淡々としているが、そこには確かな重みがあった。
「武器に魔力を通すこと。
魔力を具現化すること。
そして、超重量を意のままに振るうこと」
彼女は、自らの手を見下ろす。
「それらはすべて、私と彼女が同じ場所で身につけた技術です」
ミリアは、あの戦いを思い出す。
黒炎を、完璧に受け切った大鎌。
破壊できなかった、漆黒の刃。
「……だから、グロリアは退いた」
ラグーナシアは頷いた。
「彼女は理解したのです。私と、黒炎龍を宿す者がいる、この戦場では勝ち目がないと」
クレイが、慎重に尋ねる。
「では……三大将軍の中で、彼女は……?」
「バガンよりは、上です」
即答だった。
ジャックが、思わず声を荒げる。
「いやいやいや!バガンがあれで、まだ格上とか冗談だろ!?」
ラグーナシアは、静かに首を振った。
「いいえ。バガンは力の将。グロリアは技と魔力の将」
一拍、置いて。
「そして」
その場の空気が、わずかに張り詰める。
「雷帝国三大将軍、その最後の一人。雷銃のランスは……」
ラグーナシアは、はっきりと言った。
「グロリアですら、はるかに及びません」
沈黙。
ジャックは、椅子にもたれかかり、天井を仰ぐ。
「……マジかよ」
深く、ため息。
「じゃあ、俺たちがさっき相手してたのって……まだ入口じゃねぇか」
ミリアは、カップを握りしめた。
黒炎が、静かに胸の奥で揺れる。
勝ったはずの戦いの先に、まだ、越えなければならない雷がいる。
水の都の静寂は、次なる嵐の前触れのように、どこか張り詰めていた。
その後、ジャックとミリアは医務区画へ案内された。
王城の医務区画は、戦場とは別世界だった。白い壁。静かな水音。天井から差し込む光は柔らかく、どこか眠気を誘う。
「……ここ、病院か?」
ベッドに横たわったジャックが、天井を見上げて呟く。
「そうです。水明国でも、最も魔力治療が行き届いた場所ですよ」
傍らで答えたのは、白衣に近い衣を纏った治療師だった。ジャックの右肩から脇腹にかけては、包帯と魔力符が幾重にも重ねられている。
バガンの一撃。骨が砕けなかったのが奇跡、と言われるほどの重傷だった。
「……動かないでくださいね。今は治っている最中ですから」
「治ってる途中って、なんだよそれ……」
苦笑しながらも、ジャックは抵抗せず、目を閉じた。
隣の部屋では、ミリアが椅子に座っていた。
怪我は軽い。だが、黒炎を使い続けた反動で、全身に鈍い疲労が残っている。
「……静かだね」
ぽつりと呟くと、窓の外から水路を流れる音が応えた。
争いの気配はない。誰も、命を狙ってこない。
それが、少しだけ怖かった。
「考えすぎ」
そう言い聞かせて、ミリアは深く息を吸う。澄んだ空気が、胸の奥まで染み渡った。
厚い扉の向こうで、一人の兵士が眠っていた。
水明国正規軍・一等兵士のアリウム。
バガンの突撃を、正面から受け止めた男だった。
「……肋骨、鎖骨、右脚。複数箇所の粉砕骨折です」
治療師の声は、淡々としている。
「命があったのが、奇跡に近い」
その言葉に、ミリアは息を詰めた。
あの一撃。ジャックが受け、立ち上がった一撃。
「彼は……?」
「昏睡状態を脱したばかりです。三日は、目を覚まさないでしょう」
静かな水音だけが、部屋に残った。




