表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 漆黒の戦乙女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/104

第二十話 雷帝国の包囲網

 水の都が、次第にその輪郭をはっきりとさせていく。


 だが、近づくにつれ、違和感もまた増していった。


 街道の周囲、丘や水路沿いに、明らかに仮設と分かる拠点がいくつも築かれている。

 粗末ながらも統制の取れた陣幕、見張り台、槍と旗。


「……あれ、軍の拠点だな」


 ジャックが低く言った瞬間だった。


「止まれ!」


 前方から、鋭い怒声が飛ぶ。


 霧の中から現れたのは、雷の紋章を刻んだ鎧の兵士たちだった。人数は十数名。動きに無駄がなく、盗賊とは明らかに違う。


「貴様ら、何者だ!」


 空気が、一気に張り詰める。ジャックは口角を吊り上げ、自然と腰を落とした。


「へぇ……雷帝国か。悪くねぇ」


 だが、その肩を、クレイがそっと押さえる。


「待って」


 ジャックは一瞬だけ舌打ちしたが、構えを解いた。


 クレイは一歩前に出て、怯えたような、だが不自然にならない程度の表情を作る。


「ぼ、僕たちは炎龍国から来た、しがない行商人です」


 そう言って、馬車の荷台を開ける。


 中には、きれいに密封された食糧。

 保存用の油紙と刻印、王から与えられたものだが、行商人が扱っていても不思議ではない品だった。


「よ、よかったら……品物を見ますか?」


 雷帝国の兵士たちは、訝しげに視線を走らせる。

 やがて、ひとりが鼻を鳴らした。


「水の都は、俺たち雷帝国と戦争中だ」


「命が惜しければ、これ以上近づくな。引き返せ」


「……せ、戦争ですか!?」


 クレイは、わざとらしいほど大きな声を上げた。


「な、なぜそんなことに……?」


「話す義理はない」


 兵士の一人が、槍を突き出す。


「これ以上踏み込めば、殺すぞ」


 一瞬、空気が凍る。だがクレイは、怯えながらも一歩も退かない。


「ぼ、僕は……情報も売り買いしてるんです」


「お金も払います。少しでいい、教えてくれませんか?」


 そう言って、指先で小さく金袋を揺らした。


 兵士たちは互いに視線を交わす。沈黙ののち、ため息交じりに、ひとりが口を開いた。


「……ちっ。無知な行商人に話したところで、どうせ広まる話だ」


 そこから語られたのは、重い現実だった。


 若き雷帝、ハイド。


 父である前雷帝インドラは、水明国の女王、水帝ラグーナシアと、その同盟者によって討たれた。

 敗戦国となった屈辱は、若き帝の心に深い影を落とした。


 そして、同じ時期。


 ハイドは、白雷龍を宿した。


「それからだ。まるで人が変わった」


「以前は慎重だったのに、今は強気で……いや、狂気じみてる」


 さらに、雷帝国はすでに軍を動かしているという。


「水明国には、雷帝直下の三大将軍のうち、二人が侵攻中だ」


 漆黒の戦乙女ヴァルキリー・グロリア

 双金棒の鬼・バガン


 兵士の声には、誇りと同時に、わずかな恐れが混じっていた。精鋭中の精鋭。盗賊団などとは、比べものにならない存在。


(……正面からぶつかるのは、無謀)


 クレイは、瞬時にそう判断した。


「……ありがとうございます」


 クレイは金を差し出すが、兵士たちは「いらねぇよ」と手を払った。敵国の金など、受け取る気はないらしい。

 クレイは深く頭を下げると、彼は馬車を反転させる。


 拠点から十分に離れたところで、ジャックが苛立たしげに声を上げる。


「おいおい、やらねぇのかよ!あんなの、まとめて蹴散らせただろ?」


 だがクレイは、首を横に振った。


「相手は雷帝国の正規兵。それも、この数。さらに三大将軍とやらもいる可能性だってある」


 ミリアも、静かに頷く。


「一度、作戦を練ろう。水明国の中で、何が起きているのかちゃんと見極めないと」


 ジャックは舌打ちしつつも、それ以上は何も言わなかった。

 三人は、水の都から距離を取り、街道を外れる。霧の向こうで、王都の白い塔が、静かに姿を隠していった。


 戦火は、すでにその内側で燃え始めている。だが、踏み込むのはまだその時ではなかった。


 雷帝国の拠点が、霧の向こうに完全に見えなくなった頃。


 三人は街道を外れ、低い丘と林に囲まれた場所で馬車を止めた。

 ここなら、焚き火の煙も、蹄の音も届かない。


 クレイは周囲を一度確認すると、ようやく肩の力を抜いた。


「……ここまで来れば、さすがに大丈夫だと思う」


 だが、その声に安堵はない。霧の奥には、水の都がある。そして、その周囲を固める雷帝国の軍勢も。


「このまま馬車で進めば、確実に鉢合わせる」


 クレイは、地面に枝で簡単な地図を描きながら続ける。


「昼夜を問わず、厳戒態勢だ。見張りは交代制。正規兵が周囲を固めている」


「行商人のふりも、ここまでだね」


 ミリアが静かに言う。


「一度怪しまれたら、次はない」


「……ちっ」


 ジャックが、苛立ちを隠さず舌打ちした。


「だったらさ。炎龍城のときみたいに、地下から潜るのはどうだ?」


 その言葉に、クレイは首を横に振る。


「無理だ」


 即答だった。


「水の都は、構造がまったく違う」


 クレイは、枝で描いた地図に、いくつもの線を引く。


「無数の水路が、地上だけじゃなく地下にも流れてる。排水路や管理通路は確かにあるけど……」


 枝先が、城の位置で止まる。


「外から人が近づけるようには、繋がっていない」


 水の流れは、都市を守るためのもの。侵入者を拒む、天然の防壁だった。


「下手に潜れば、水に流されるか、閉じ込められるだけだ」


 ミリアが補足する。


「雷帝国がいるなら、地下も当然、警戒してるはず」


 ジャックは腕を組み、少し黙り込んだ。


「……なるほどな。水の都ってのは、面倒くせぇ」


 だが、その口元には、わずかな笑みも浮かんでいる。


「正面もダメ。地下もダメ。ってことは――」


 クレイとミリアが、同時に視線を上げた。


 作戦は、まだこれからだ。霧の向こうに眠る水の都。そこへ至る道は、まだ見えていない。


 だが、三人は理解していた。正面突破ではない。力任せでもない。


 この戦いは知恵と選択の戦いになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ