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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 漆黒の戦乙女

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第十七話 新たなる戦火

 ――あれから、二年。


 戦火に焼かれた城下町は、今では穏やかな日常を取り戻していた。


 ミリアは、十八歳になっていた。

 炎龍国の地で、彼女とジャックは安定した日々を送りながらも、決して歩みを止めてはいなかった。


 朝になれば、鍛錬場に立つ。


 ミリアは、魔力の制御と、黒炎の力を最大限に活かすための格闘を磨いた。

 拳と蹴り、呼吸と意志。力に振り回されるのではなく、力と共に在るための戦い方。


 黒炎はもはや、彼女自身の意志に応える確かな力となっていた。


 一方、ジャックは剣を握る。


 剣技を基軸にしながらも、そこに持ち前の格闘術を織り交ぜる。

 踏み込みから斬撃へ、斬撃から肘打ちへと繋がる、独自の戦闘スタイル。


 誰かに教えられた型ではない。生き残るために、そして守るために辿り着いた、ジャックだけの戦い方だった。


 二人は、互いを高め合うように、刃と拳を交える。


 平穏の中に、確かな緊張を宿しながら。

 嵐が、再び訪れるその日まで。


 ある日、ミリアとジャックは、炎龍国王・リグーハンに呼び出された。


 玉座の間に入った瞬間、二人は空気の違いを察する。重く、張り詰めた沈黙。


「水明国の話だ」


 リグーハンは、短く切り出した。


 水明国。

 大陸南東に位置する、水と霧の国。

 中立を貫き、長く戦乱から距離を置いてきた国でもある。


「かつて、雷帝国の前王・インドラは」


 その名を口にした瞬間、ミリアの胸が、わずかにざわめいた。


「水明国の女王、水帝ラグーナシアと、そしてお前たちの父の協力によって、討ち取られた」


 ジャックが、思わず息を呑む。


 父の名が、ここで出るとは思っていなかった。


「だが、その直後だ」


 リグーハンの声が、低くなる。


「インドラの息子が、雷帝の座に就いた」


 一拍の間。


「名は、ハイド」


 雷帝ハイド。


 その名には、嫌な重さがあった。


「即位して以降、彼は人が変わったように冷酷になった」


 情を捨て、恐怖で国を支配する王。かつて父の死を語ることすら禁じ、雷帝国は、急速に牙を研ぎ始めた。


「そして、今」


 リグーハンは、二人をまっすぐに見据える。


「雷帝国は、水明国へ侵攻を開始した」


 沈黙。


 ミリアは、拳を握りしめる。

 水帝ラグーナシア。

 父と共に戦った女王。


 そして、狙われているのは、ただの一国ではない。


「……行こう」


 先に口を開いたのは、ジャックだった。


「水明国へ」


 ミリアは、一瞬だけ目を伏せ、そして頷く。


「私も……行きます」


 黒炎が、胸の奥で静かに揺れた。


 雷帝ハイド。


 避けられない名が、ついに現実として迫っている。

 二人は、水明国へ向かうことを決めた。


 リグーハンは、玉座の脇に控えていた近衛に目配せした。

 ほどなくして運ばれてきたのは、革袋に詰められた金貨と、旅用にまとめられた食糧だった。


「当面の旅費だ。道中で不足することはない」


 そう言って、二人の前に置く。


「水明国は遠い。状況も不安定だ。無駄に消耗するな」


 命令口調ではあるが、その奥に、確かな気遣いが滲んでいた。さらにリグーハンは、視線を玉座の間の奥へ向ける。


「クレイ」


 名を呼ばれ、若い男が一歩前に出る。


 鋭さと未熟さを同時に残した眼差し。炎龍国王の息子にして、現在は一兵士として鍛錬を積んでいる青年、クレイだった。


「馬車の操縦を任せる。二人を水明国まで送り届けろ」


「はっ!」


 クレイは迷いなく応え、拳を胸に当てる。


 任務として与えられた命令。

 だが、その裏にある王の意図を、彼はまだ知らない。


 リグーハンは、三人を見送る準備が整ったことを確認し、短く息を吐いた。


(……机上の報告だけでは、世界は見えぬ)


 炎龍国は、戦火のただ中を生き抜いてきた国だ。

 だが、大陸の現状は、炎龍国だけで完結するものではない。


(雷帝国、水明国、そして黒炎)


 クレイには、兵士としての力だけでは足りない。

 他国の痛み、恐怖、選択の重さを、その目で見せる必要がある。


 それが、王として、そして父としての判断だった。


「行け」


 リグーハンは、玉座から静かに告げる。


「戻ったとき、お前たちは、今より多くのものを背負っているだろう」


 ミリアとジャックは、深く頭を下げた。


「必ず、戻ります」


 ジャックの言葉に、ミリアも頷く。


 こうして三人は、炎龍国を発った。


 用意された馬車に乗り込み、クレイが手綱を握る。車輪が回り出し、城門が遠ざかっていく。炎龍国の赤い大地が、ゆっくりと後方へ流れていった。


 進む先は、水と霧の国。


 水明国。


 静かな国境の向こうで、すでに戦火の気配が、確かに蠢いているとも知らずに。


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