第十六話 新たなる覇王
――眩しい。
まぶたを押し上げるように、ミリアはゆっくりと目を覚ました。
天井は高く、白い。柔らかな光が、カーテン越しに差し込んでいる。
身体を起こそうとして、微かな痛みが走った。
「……」
まだ、重い。ふと視線を窓へ向ける。その瞬間、ミリアは息を呑んだ。城下町が変わっていた。
瓦礫は消え、道は整えられ、屋根は修復され、人々の行き交う姿がある。
戦の爪痕は確かに残っているはずなのに、それ以上に、秩序と活気が満ちていた。
あまりにも、綺麗だった。
「……?」
戸が、静かに開く。
「やっと目を覚ましたか」
聞き覚えのある、落ち着いた声。振り向いたミリアの視界に入ったのは、レイアだった。
「レ、レイアさん……?」
そこに立っている彼女は、驚くほど普通に立っていた。あれほど傷だらけで、血に濡れていた姿が嘘のように。
「まさか、本当にここまでやるとはね」
レイアは苦笑しながら、ミリアのそばへ歩み寄る。
「……とはいえ」
一度、ミリアをじっと見てから続ける。
「まだ万全には、ほど遠そうだけど」
ミリアは、レイアの姿をまじまじと見つめた。
立っている。
それだけで、胸が熱くなる。
「……私」
かすれた声で、問いかける。
「……どれくらい、眠ってたんですか?」
レイアは、少しだけ目を細めた。
「実に……丸一か月だよ」
「……え」
言葉を失うミリア。
そのとき、再び戸が開いた。
「目を覚ましたと聞きました」
入ってきたのは、ガイツだった。以前と変わらぬ、真面目な表情。だが、なぜか丁寧なその口調と、その声音には、確かな安堵が混じっている。
「ミリアさん」
一礼してから、続けた。
「ご報告があります」
レイアの隣に立ち、はっきりと告げる。
「レイア様は、暗月国の新王となられました」
ミリアの目が、大きく見開かれる。
「そして」
ガイツは、少しだけ胸を張った。
「暗月国は正式に、炎龍国と同盟国となりました」
部屋の中に、静かな余韻が落ちる。
戦争は、終わったのだ。
「……ジャックは?」
ミリアの問いに、ガイツが一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「アイツなら……」
そこで咳払いを一つ。
「――失礼。ジャックさんは、炎龍国の兵士になりました」
ミリアの表情が、少しだけ和らぐ。
「現在は、剣を学んでいます。持ち前の格闘センスに剣技が混ざり……」
ガイツは、誇らしげに続けた。
「さらに、強くなっていますよ」
「……そう」
胸の奥に溜まっていた不安が、ゆっくりと溶けていく。
ミリアは、小さく息を吐いた。
ほどなくして、また別の来客が訪れた。
炎龍国の王――リグーハンだった。
「目を覚ましたと聞いてな」
重厚な声でそう言い、ミリアの前に立つ。
「身体の具合はどうだ?」
「……まだ少し、重いです」
「無理はするな」
リグーハンは頷き、そして、ミリアが眠っていた間に起きた出来事を語り始めた。
暗月国の混乱と再編。
ゴウガの死後、レイアが王として推戴されたこと。
両国の正式な同盟締結。
そして、雷帝国の不穏な動き。
話を終えると、リグーハンはミリアをまっすぐに見据えた。
「……いずれ」
その声は、確信を帯びている。
「君は、雷帝ハイドと戦う運命にあるだろう」
ミリアは、言葉を返さなかった。だが、否定もしなかった。リグーハンは、ふっと表情を和らげる。
「それまでの間――」
ゆっくりと、告げる。
「ここは、我が家のように使ってくれ」
その言葉は、命令でも、取引でもない。
ただ純粋に、居場所の約束だった。
レイアは、城の回廊でミリアに向き直った。
「……まだ、傷は完治していない」
そう前置きしてから、穏やかに微笑む。
「でも、あなたとも話せたしね。暗月国を立て直すためにも、帰らなければ」
ミリアは、少し寂しそうに、けれど力強く頷いた。
「……はい」
その日の正午。
城では、ささやかな……いや、ささやかとは言えない宴の準備が進められていた。
「ありったけだ」
リグーハンは、給仕の者たちにそう命じた。
「今日ばかりは、遠慮はいらん」
長卓の上には、次々と料理が並べられていく。
焼き上げた肉、香草のスープ、果実酒、色とりどりの菓子。
そこには、ミリアだけでなく――
「遅れました!」
扉を開けて現れたのは、ジャックだった。兵装は簡素だが、立ち姿は以前より引き締まっている。
「ジャック……!」
「元気そうだな」
短い言葉を交わし、二人は並んで席についた。
久しぶりに味わう、温かく、豪華な食事。戦の匂いは、もうここにはない。
リグーハンは、杯を手に、穏やかな声で言った。
「正直に言おう。これでも……まだまだ足りん」
そして、二人を見て、優しく笑う。
「だが、ミリア、ジャック。君たち炎龍国の英雄に、少しでも礼がしたかった」
「え、えぇっ!?」
ジャックが、思わず声を裏返す。
「い、英雄だなんて……!」
いつもなら調子に乗るところだが、さすがに今回は違った。視線を逸らし、耳まで赤くして黙り込む。
その様子に、ミリアは小さく笑った。
宴の後。城門の前で、別れの時が来る。
レイアは、ガイツと並び立っていた。その背後には、暗月国の兵だけでなく、炎龍国の兵士たちの姿もある。
「護衛は万全です」
ガイツが、静かに告げる。
レイアはミリアを見て、深く頷いた。
「……また会いましょう」
「はい」
暗月国再建という使命と、新たなる暗月の覇王としての責任。
そのすべてを背負って。
ーーー 第一章 暗月の覇王 完 ーーー




