第十五話 黒炎龍
ゴウガの前に、ミリアとジャックが立ちはだかる。
それを見て、ゴウガは片手を上げた。
「止まれ」
暗月軍が、即座に動きを止める。ゴウガの視線が、ミリアに向けられる。
「黒炎龍を宿す者……か?」
ミリアは、一歩前に出て、頷いた。
「……はい」
『分かるわ』
黒炎龍が、静かに囁く。
『対峙して分かった。この男……悪意がない』
ゴウガは、ミリアをじっと見つめたまま、言った。
「一対一だ」
それは命令ではなく、宣言。ゴウガは、ほんの一瞬だけ目を伏せ、そして何かを願うように、ミリアに告げた。
「俺の期待を……裏切るな」
煽りではない。
本気の眼だった。
黒炎が、ミリアの拳に灯る。
次の瞬間、ゴウガは両手を地面に突き刺した。
「剛雷突」
雷鳴。地面が、砕け、剥がされる。大地そのものを掴み上げ、ミリアへと叩きつける。
「っ!!」
ミリアは前に出る。
「黒炎拳!!」
黒炎を纏った拳が、地面だったものを粉砕する。
だが、既にゴウガは間合いに入っていた。
「剛雷突!」
雷を纏った一撃が、ミリアを襲う。紙一重で回避するも、風圧が頬を裂いた。
「……あの人と、同じ技」
ミリアが呟く。ゴウガは、淡々と答えた。
「暗月国に伝わる戦闘術だ。コルドは……俺と共に、それを学んだ」
拳を構えながら、続ける。
「治安の悪い国だ。生き残るには、強くなるしかない」
雷が、腕に走る。
「そして暗月国は、血では王を決めない」
ゴウガは、真っ直ぐにミリアを見据えた。
「一番強い人間が、王になる」
ゴウガの脚が、地を蹴った。
「剛槍脚!」
空気が裂ける。
後ろ回しの軌道で放たれた蹴りは、雷を纏い、槍の如き殺意を宿していた。
「っ……!」
反応が、わずかに遅れる。その瞬間――
『今!!』
黒炎龍の声が、鋭く弾けた。
ミリアの身体が、意思とは無関係に動く。右手を地面につけ、叫ぶ。
「火柱鎧!!」
ミリアを中心に、黒炎の柱が噴き上がった。螺旋を描く炎が鎧のように立ち上がり、ゴウガの剛槍脚を真正面から受け止める。
轟音。雷と黒炎がぶつかり合い、地面が沈む。
炎の内側で、黒炎龍が静かに告げた。
『……出し惜しみはできないわ』
その声は、冷静で、しかし重い。
『全魔力を解き放ちなさい、ミリア』
ミリアは、息を呑む。
『代償は計り知れない。失敗すれば負けが、確定する』
一瞬の沈黙。
それでも、ミリアは迷わなかった。
「……分かりました」
小さく、しかし確かな頷き。
黒炎が、ミリアの全身から噴き出す。血が沸き、意識が遠のきそうになるほどの魔力が、一点へと収束していく。
対するゴウガも、動かない。
両脚を踏み締め、腰を落とし、両腕を構える。雷が、腕から掌へ、獣の咆哮のような音を立てて集まっていく。
「……来い」
迎え撃つ覚悟。王の器を試す者の眼。
ミリアは、一歩、前に出た。
「奥義」
声が、震えない。
「――黒炎龍」
黒炎が、龍の形を成して解き放たれる。圧倒的な熱量と意思を宿したそれは、咆哮と共にゴウガへと襲いかかった。
ゴウガは、吼える。
「破壊双掌!!」
両掌を突き出し、雷を叩きつける。
リグーハンの炎獅子を止めた一撃。
黒炎龍と破壊双掌が、真正面から衝突する。
一瞬、黒炎龍が押し返される。
「……っ」
だが、それだけだった。次の瞬間、黒炎が爆発的に膨張し、雷を喰らい、掌を包み込み、そのままゴウガを飲み込んだ。
轟音が止み、炎が消える。
立っていたのは、ゴウガだった。だが、両腕は黒く焼け落ち、肘から先が、もはや形を保っていない。
そしてミリアは、その場に崩れ落ちた。
「ミリア!!」
ジャックが叫び、駆け寄る。抱き起こそうとした、その瞬間、ゴウガが低く声を発した。
「……小僧」
焼けただれた身体のまま、それでも背筋を伸ばし、ゴウガは言う。
「最後に……俺の話を、聞いてくれ」
その声には、もはや敵意はなかった。
ゴウガは、焼け落ちた腕の痛みを歯で噛み殺しながら、静かに語り始めた。
「……此度の戦争を望んだのは、暗月国の意思ではない」
その言葉に、場が凍る。
「雷帝国の王……雷帝ハイド。その男から、命を受けていた」
ゴウガは、空を仰ぐように目を向けた。
「炎龍国を内側から支配しろ。混乱を起こし……黒炎龍を宿す者を探せ、と」
ジャックが息を呑み、リグーハンが歯噛みする。
「……俺は、逆らった」
ゴウガの声は、低く、かすれていた。
「力で従わせるやり方に、耐えられなかった」
だが、結果は明白だった。
「雷帝ハイドは、強すぎた」
脳裏に焼き付いた光景を、振り払うように、ゴウガは目を伏せる。
「目の前で……妻を、殺された」
ざわめきが、怒りに変わる。
「次に逆らえば……国民全てを殺すと、そう言われた」
沈黙。誰も、言葉を発せなかった。
その沈黙を、リグーハンが破る。
「ならば、なぜだ!!」
拳を握りしめ、叫ぶ。
「なぜ奴らは、直接我が国を襲わなかった!!」
ゴウガは、苦く笑った。
「……それほどまでに、奴は」
視線が、倒れ伏すミリアへと向けられる。
「黒炎龍を……恐れていたのだろう」
その瞬間、ミリアの中で、黒炎龍が息を呑んだ。
『……やはり。雷の王は、龍に選ばれている』
雷帝ハイド。
雷を極め、王を名乗る存在。
そして、その雷帝ハイドこそが、白雷龍を宿す者。
戦争の裏で糸を引く、真の黒幕。
ゴウガは、ゆっくりと膝を折った。もはや、立っていることすら限界だった。
「……全ては」
震える声で、言う。
「俺が……弱かったからだ」
焼け落ちた腕を見下ろし、かすかに首を振る。
「身も……心も」
そして、ミリアを――いや、黒炎龍を宿す者を、まっすぐに見据えた。
「……お前に、託す」
それだけ言うと、ゴウガの身体から、力が抜けた。
雷は、消え。戦場に、静寂だけが残る。
ゴウガはそのまま、二度と動かなかった。




