第十四話 暗月の覇王
コルドの陥落は、炎龍城全体に瞬く間に伝わった。
謁見の間から響いた爆音と、四天王の死。
それは、暗月軍にとって敗北を意味する合図だった。
「撤退だ!!」
「これ以上、城に留まる意味はない!!」
指揮を失った暗月兵は、統制を失いながらも次々と城外へと逃げ出していく。炎龍軍はそれを深追いしなかった。
勝利は、すでに確定していた。
その日、炎龍国は勝利を宣言した。
奪われていた城は取り戻され、民は解放され、炎龍城には再び赤き旗が掲げられた。
炎龍城・王の間。
簡素ながらも、静かな感謝の場が設けられていた。
玉座の前に立つのは、炎帝リグーハン。
その隣に、第一王子クレイ。そして、妹のクレア。
彼らの前に立つのは、ミリアとジャックだった。
「ミリア、ジャック」
リグーハンは、深く頭を下げた。
「炎龍国を代表し、礼を言う。お前たちがいなければ、この国は終わっていた」
王が、頭を下げる。
それだけで、どれほどの意味を持つか。
クレイも一歩前に出る。
「あなたたちは……命の恩人です。兵士としてだけでなく、一人の人間として、尊敬しています」
クレアも、小さく頭を下げた。
「本当に……ありがとう」
ミリアは慌てて手を振る。
「そ、そんな……私たちは、やるべきことをしただけです」
ジャックも、照れくさそうに鼻をかく。
「へっ、気にすんな」
リグーハンは、二人を真っ直ぐに見つめた。
「この国は、必ず立て直す。次は……奪われる側にはならぬ」
その言葉に、炎龍国の未来が宿っていた。
数日後。
城下町には、再び活気が戻っていた。
崩れた家屋は修復され、市場には人が集い、子どもたちの笑い声が響く。
人々は、ようやく生き延びたのだと実感していた。
ミリアは、城壁の上からその光景を眺めていた。
(……平和、だよね)
だが、胸の奥で。黒炎が、わずかにざわめく。
『……まだよ』
黒炎龍の声。
『終わった顔じゃないわ。この戦争は』
そのときだった。
見張りの兵士の叫びが、城内に響き渡る。
「――敵襲!!」
「南方より、大軍!!」
空気が、一変した。
城門の向こう。土煙を上げて進軍してくる、黒き軍勢。
その先頭に立つ、巨大な影。
「……まさか……」
リグーハンが、城壁へと歩み出る。
暗月の覇王。
暗月国、真の支配者。
ゴウガ。
残存の暗月軍を従え、圧倒的な威圧感を纏って、炎龍城を見上げていた。
戦場の空気が、凍りつく。
リグーハンは、一歩前に出て声を張り上げる。
「ゴウガ!!」
覇王が、ゆっくりと顔を上げる。
「なぜだ……!」
炎帝の問い。
「なぜ、この国にそこまで固執する!?暗月は、すでに撤いたはずだ!」
一瞬の沈黙。
ゴウガは、表情一つ変えずに答えた。
「……黙れ」
低く、重い声。
「理由は一つだ」
拳を、ゆっくりと握り締める。
「生きるためだ」
その言葉に、ミリアの胸が強く脈打つ。黒炎が、はっきりと反応した。
『来るわ』
黒炎龍の声が、確信を帯びる。
『この男こそが、本命よ……いままでの奴らとは話が違う。文字通り桁外れの怪物』
平和は、幻想だった。
炎龍国と暗月国。真の戦いは、ここから始まる。
リグーハンは、城壁から一歩踏み出す。
「この国を……再び地獄に戻すつもりなら」
膨大な魔力が、炎帝の身体から溢れ出す。
大地が軋み、空気が震える。
「容赦はせん」
両手を広げ、炎を束ねる。
「奥義――炎獅子!!」
巨大な獅子の形をした灼熱が生まれ、咆哮と共に突進する。その熱量は、城壁の石をも溶かし、暗月軍を丸ごと飲み込もうとした。
――だが。ゴウガは、逃げなかった。
その場で、深く息を吸い込む。全身の筋肉が膨張し、異様な気配が凝縮されていく。
そして、双腕を突き出した。
「破壊双掌」
轟音。衝突。炎獅子が、正面から叩き潰される。
炎が、霧散する。灼熱が、消し飛ぶ。
素手で。
リグーハンの目が、僅かに見開かれた。
「……なに……?」
城壁に、戦慄が走る。覇王ゴウガは、炎の消えた掌をゆっくりと下ろし、口角を上げた。
「……なっ……」
兵士たちが、言葉を失う。
炎帝の奥義が相殺された。
その光景を、城内から感じ取った者がいた。
与えられていた客間の扉が、勢いよく開く。
「……今の、何だ……?」
ミリアとジャックが、同時に飛び出す。
遠くからでもわかる。
異質な魔力。
圧倒的な存在感。
そのとき、ミリアの内側で、黒炎龍の声が静かに響いた。冷静で、残酷な声。
『リグーハンが全盛期であれば、勝率は五分』
ミリアの喉が鳴る。
『しかし、老いた今の彼があの男に勝てる可能性は、ゼロ』
現実を、突きつける言葉。
『そして……この町で、あの男と戦える存在は』
一拍、間を置いて。
『我を宿すお前しかいない』
ミリアは、拳を強く握り締めた。再び、炎龍国に迫る災厄。平和は、あまりにも短かった。
だが、黒炎は、消えていない。




