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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
最終章 黒炎龍を宿す者
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第六十三話 この世界は、もう大丈夫

 風翔国の城門が見えた瞬間、ミリアはようやく、肩の力を抜いた。


 戦場では決して見せなかった、ほんのわずかな安堵。それを察したのか、隣を歩くルシオも、ほっと息を吐く。


「……帰ってきましたね」


「ええ」


 門をくぐると、すでに人だかりができていた。


「ミリア様――!!」


 最初に駆け寄ってきたのは、アネモネだった。

 礼儀も立場も忘れ、勢いよく抱きつく。


「よかった……本当に……っ……!」


 声が震え、涙が溢れる。


「無事で……戻ってきてくれて……!」


「アネモネ……」


 ミリアは、そっとその背に手を回した。


「心配かけたわね」


「当たり前です……!」


 周囲の民も、静かに頭を下げる。

 歓声はない。ただ、生きて帰ってきたことへの、深い安堵と感謝がそこにあった。


 だが、喜びだけで終われる帰還ではなかった。

 その日のうちに、弔いの場が設けられた。


 ガンドロフ。

 エリオ。


 名を呼ばれ、功績が語られ、静かに火が灯される。


 誰も、大声では泣かなかった。それぞれが、それぞれのやり方で、別れを告げる。


 ミリアは、二人の名が刻まれた簡素な標に、深く頭を下げた。


「……ありがとう」


 それ以上の言葉は、必要なかった。


 夜。


 執務室に戻ったミリアの元へ、一通の手紙が届けられる。


「暗月国から……?」


 封蝋には、覇王の紋章。


 ミリアは、ゆっくりと封を切った。


 覇王レイア、直々の筆跡。


 麒麟討伐への祝辞。

 多大なる犠牲への哀悼。

 そして、暗月国の現状。


 カロスが遺した青光教会は、今も生きている


 文面を追うにつれ、ミリアの表情が、少しずつ緩んでいく。


 青光教会の教えに触れ、剣を捨てるならず者たち。

 贖罪として国の復興に尽くす者。

 完全ではないが、確実に、国は平和へと向かっているという報告。


「……よかった」


 ミリアは、思わず胸を撫で下ろした。


 すべてが無駄ではなかった。

 戦いの果てに、確かに残ったものがある。


 手紙を胸に抱き、ミリアは静かに目を閉じる。


 大陸の脅威はいなくなった。

 だが、人は、前へ進いている。


 それを知れただけで、この一日は、十分に報われていた。


 平和が、日常として根を張り始めた、ある日のことだった。


 城の中庭が、少しだけ騒がしい。


「――ミリア!!」


 聞き覚えのある、快活な声。


「……え?」


 振り向いたミリアは、目を丸くした。


「エマ!?」


 そこに立っていたのは、炎龍国に住む友人、エマだった。旅装束に身を包み、以前と変わらぬ快活な笑顔を浮かべている。


「久しぶり! 元気そうじゃん!」


「ちょ、ちょっと……どうしてここに?」


「父さんがね、風翔国に品物を届ける仕事があってさ。せっかくだかれ私もついてきた!」


 なるほど、とミリアは納得する。

 炎龍国と風翔国の交易が、本格的に再開された証でもあった。


 だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。


「ミリア様! ルシオにいちゃん!!」


 元気いっぱいの声が飛ぶ。


「久しぶりだな」


「……え?」


 ミリアとルシオは、同時に固まった。


「アーシャ!? それに……バルサロさん!?」


 そこにいたのは、かつてルシオを救った、あの小さな村の親子だった。素朴な服装のまま、だが表情は穏やかで、どこか誇らしげだ。


「まさか……」


 ルシオは、思わず言葉を失った。


「炎龍国へ向かう途中でな」


 低く、どこか面倒くさそうな声が割って入る。


「やれやれ、護衛する人数が増えて大変だったぜ」


「……ジャック」


 壁にもたれかかるように立っていたのは、ジャックだった。腕を組み、相変わらずの不遜な態度だが、その表情には疲労よりも、気楽さが滲んでいる。


「ガオレムとエマの護衛で風翔国に向かってたらよ。途中で立ち寄った村に、懐かしい顔があってな」


 バルサロが、照れくさそうに頭を掻く。


「世話になった恩は、返さねぇとな。ルシオ」


「……っ」


 ルシオは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。


 あの時は、必死で、生きることだけを考えていた。それが今、こうして再会できる。


「……ありがとうございます。本当に」


 深く頭を下げるルシオに、アーシャは満面の笑みを向けた。


「にいちゃん、なんだか強くなったね!」


「……うん。少しは」


 その日の城は、久しぶりに賑やかだった。


 ミリアは、客人たちを城へ迎え入れ、ささやかながらも宴を設けた。

 豪奢ではないが、温かい食事と、穏やかな笑い声が並ぶ。


 エマは城内を興味津々で見て回り、バルサロはルシオと酒を酌み交わし、アーシャは、ミリアの話を目を輝かせて聞いていた。


 ジャックはというと、少し離れた席で、静かに料理をつつきながら、その光景を眺めていた。


「……悪くねぇな」


 誰に聞かせるでもなく、呟く。


 まだ、すべてが完璧というわけではない。

 山奥には小さな盗賊も残っているし、争いの芽が完全に消えたわけでもない。


 それでも。


 こうして、人が行き来し、

 笑い合い、

 再会を喜べる。


 大陸全土は、確実に、平和へと向かっていた。


 ミリアは、その光景を胸に刻む。


 これは、戦いの先にあったもの。

 守り抜いた、日常そのものだった。


 そして、彼女は思う。

 この世界は、もう大丈夫だと。

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