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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 暗月の覇王

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第十二話 炎帝の実力

 地下牢に、張りつめていた空気が、わずかに緩んだ。


「……クレイ王子……!」


 兵士の一人が、思わず声を上げる。

 ミリア達が振り返ると、そこにはクレイが来ていた。先程の炎拳乱打の轟音を聞き、心配してやってきた。


「ご無事で……本当に……!」


 次々と、膝をつき、安堵の表情を浮かべる兵士たち。地下牢に響くのは、抑えきれない安息の息だった。


「……王子?」


 ミリアが、きょとんとした声を出す。

 ジャックも、思わずクレイを見る。


「……は?」


 二人の視線の先。そこにいるのは、頼りなく、怯えながらも情報を集め続けていた、あの青年だった。


「いやいやいや、完全に兵士だっただろ、あいつ」


 ジャックが小声で呟く。クレイは、顔を真っ赤にして俯いた。


「ち、違うんです!俺は……俺は……!」


 その肩に、重く、しかし確かな手が置かれた。

 炎帝リグーハンだった。


「よい」


 低く、よく通る声。


「クレイは、炎龍国第一王子だ」


 断言。だが、そこに誇示はなかった。


「……だが、王子として育てた覚えはない」


 兵士たちが、顔を上げる。


「私は、王の子だからといって甘やかす気はなかった。世を知るには、最下層から這い上がるのが一番だ」


 ミリアは、思わず口を開く。


「それで……見習い兵士に……?」


「そうだ」


 リグーハンは、短く頷いた。


「雑用、警備、下働き。剣が弱ければ叱責され、失敗すれば怒鳴られる。それが、国を支える人間の現実だ」


 そして、少しだけ遠い目をした。


「……私自身が、そうだったからな」


 その言葉に、兵士たちが静まり返る。


「若い頃、私は王の息子というだけで、何もかもが与えられた。それが、どうにも我慢ならなかった」


 静かな語り口。


「だから私は、自ら兵士に志願した!」


 そのとき、初老の兵士がこっそりミリアとジャックに耳打ちする。


「王城は、ちょっとした騒ぎになったよ」


 ジャックが、思わず苦笑する。


「そりゃ、なるだろ……」


「だが」


 リグーハンの目が、鋭くなる。


「戦場で学んだ。命の重さ、決断の責任、そして……人の上に立つ覚悟をな」


 その勇猛果敢さ。

 大胆な決断力。

 迷いのなさ。


「それが、炎龍国をここまで押し上げた」


 だが、誇らしげではなかった。


「戦いと政治に明け暮れ、私は晩婚だった……妻は、病で早くに亡くした」


 一瞬、言葉が途切れる。


「子に、母の温もりを残せなかったのは……今でも、悔いだ」


 クレイが、唇を噛む。


「父上……」


 リグーハンは、息子を見て、わずかに微笑んだ。


「だからこそ、お前には王子ではなく、()()として生きてほしかった」


 そして、声が重くなる。


「……極めつけが、暗月国の侵略だ」


 地下牢の空気が、再び張りつめる。


「私は外交にも力を注いできた。暗月国とも、決して険悪ではなかった」


 拳が、静かに握られる。


「それでも、奴らは攻めてきた……理由が、わからない」


 白雷龍。

 ミリアの胸の奥で、黒炎が、かすかにざわめいた。


 ――そのとき。


 地下へと続く通路の奥から。


 ――コツ。


 ――コツ、コツ。


 ゆっくりとした足音。楽しげな気配。


「……」


 リグーハンの目が、細くなる。

 次の瞬間。軽い声が、地下に響いた。


「ちょうどいいところだな」


 闇の向こうから、現れる影。壊れたアームブレードの名残を残しながら、平然と歩いてくる男。


「全員、揃ってる」


 キルだった。口元に、愉悦の笑み。


「……探す手間が省けた」


 黒炎が、ミリアの拳に、再び灯る。


 地下牢。

 炎帝。

 王子。

 そして黒炎の少女。


 ミリアとジャックが身構えた、その瞬間だった。


「待て」


 低く、だが揺るぎない声。

 リグーハンが、一歩前に出る。


 地下牢の薄暗がりの中でも、その背は大きく見えた。囚人服に身を包み、衰えているはずの身体。

 それでも王の威厳は、微塵も失われていない。


「……娘を人質に取られ、このような牢に放り込まれ」


 リグーハンは、静かにキルを見据える。


「その借りを、返さねばなるまい」


 キルが、鼻で笑った。


「はっ!おいぼれが、死に急ぐか?」


 嘲るような視線。獲物を見る目。

 ミリアが叫びそうになる。


「陛下――!」


 だが、リグーハンは振り返らない。そのまま、穏やかに言った。


「ミリアよ」


 少女の名を、はっきりと呼ぶ。


「私も、()()を使える」


 ミリアの目が見開かれる。


「生まれ持っての、特異体質だ……それに加えて」


 リグーハンは、ふっと笑った。


「死ぬほど、修行した」


 その瞬間、キルが動いた。床を蹴り、一直線に間合いを詰める。殺意の奔流。


「死ね!!」


 だが。リグーハンは、慌てなかった。


 ただ、ゆっくりと、右手のひらを前に突き出す。


「――業炎葬ごうえんそう


 次の瞬間、地下牢が白く染まった。


 爆発的な熱量。炎ではない。業火。

 空気そのものが、灼け落ちる。


「っ!?」


 キルの声が、途中で途切れた。


 一瞬だった。

 ほんの、一瞬。


 そこにいたはずの男は、黒い塊へと変わり、次の瞬間崩れ落ちた。


 炭。

 いや、灰。


 地下に、静寂が戻る。焦げた匂いだけが、遅れて漂ってきた。


「……」


 ジャックは、口を開けたまま固まっていた。


「……あの、キルを……瞬殺……?」


 言葉が、出てこない。


 黒炎龍すら、何も語らない。


 リグーハンは、静かに手を下ろす。


「……まだ、衰えてはおらんようだな」


 その声は、どこまでも冷静だった。


 ――だが。


 その光景を、見ていた者がいた。

 崩れた壁の影。瓦礫の隙間。


「……ひっ……」


 小さく、引きつった声。


 ゴリガンだ。


 震える脚で、後ずさる。


「あ、あのキルが……一瞬で……」


 顔面蒼白。


「やべぇ……やべぇって……!」


 振り返ると、全力で走り出す。地下から、階段を駆け上がり、息も絶え絶えに謁見の間へ。


「コ、コルド様ぁぁぁ!!」


 床に転がり込むように叫ぶ。


「キル様が……!炎帝が……!」


 言葉が、うまく繋がらない。


「瞬殺されました!!一撃で……!!」


 玉座の上で、コルドがゆっくりと目を細めた。


「……ほう」


 初めて、感情が揺れた。

 炎帝リグーハン。黒炎龍を宿す少女。

 盤上の駒は、予想以上に暴れ始めている。


 コルドは、口元に薄く笑みを浮かべた。


「……面白くなってきたな」


 炎龍城。真の戦いは、ここからだった。

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