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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
最終章 黒炎龍を宿す者
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第五十九話 絆

 瓦礫の向こうで、麒麟は立ち上がった。


 全身は裂け、焼け爛れ、黄金の光はところどころ揺らいでいる。満身創痍。それでも、その背は折れていない。


「……いいだろう」


 静かな声だった。敗者のそれではない。


「次で、決着だ」


 麒麟は、再び大地を蹴った。


 高く。さらに高く。

 雲を裂き、天へと至る。

 その背後に再び、影が浮かび上がる。


 長大な胴。

 天を覆う鱗。

 威圧する神威。


 黄龍。


「また、あの技だ!!」


 クレイが叫ぶ。

 奥義・天誅殺。

 その絶望を、誰もが知っている。


 だが。


 ミリアは、逃げなかった。


 胸の奥で、低く、確かな声が響く。


『大丈夫だ、ミリア』


 黒炎龍。


『お前は、一人じゃない』


 次の瞬間。


『……私もいるよ』


 優しい声。確かに聞いたことのある声。


 アリス。

 否、それだけじゃない。


 リグーハン。

 ゴウガ。

 ガイツ。

 エンリケ。

 カロス。

 モウラ。

 イーヴァ。

 ガンドロフ。

 エリオ。


 今まで縁を結び、共に戦い、失われた者たち。


 声が、想いが、魂が。

 ミリアの周囲に、集まっていく。


 それは、力の奔流だった。


 麒麟は、それを見た。


 見えてしまった。


 ミリアの背後に、立ち並ぶ英霊たちの姿を。

 人の歴史。

 人の意志。

 積み重ねられた、生の証明を。


「……そうか」


 麒麟は、静かに呟いた。


 黒炎龍が、告げる。


『解き放て』


 命令ではない。

 許可でもない。


 信頼だった。


 ミリアは、力を解いた。


 制御ではない。

 意図した技でもない。


 宿っていた黒炎龍、そのものを。


 黒炎が、世界を塗り潰すように溢れ出す。

 龍の形を成し、咆哮を上げる。


 対して、麒麟も放った。


天誅殺てんちゅうさつ!!」


 先程とは違う、広範囲ではない。

 ミリアただ一人を滅ぼすために、極限まで収束された究極の一撃。


 光は、完全に黄龍の姿を模っていた。


 黄龍。

 黒炎龍。


 二つの龍が、正面から激突する。


 光と闇。

 神と、人。


 世界が、悲鳴を上げる。


「ああああああああ!!」


 ミリアは、叫んだ。


 一人の声ではない。

 英霊たちの声。

 仲間たちの声。

 黒炎龍の咆哮。


 すべてが、重なった叫び。


 押し合い。

 拮抗。

 だが、黒炎が前に出た。


 英霊たちの手が、ミリアの背を押す。

 黒炎龍が、牙を剥く。


 そして。


 押し切った。


「……っ……」


 麒麟の身体が、黒炎に飲み込まれていく。

 黄龍の光は、砕け、溶け、消えていった。


 その最中。


 麒麟は、悟った。


 敗北ではない。

 屈辱でもない。


(これが……人の力か)


 個ではなく。

 神でもなく。


 想いを繋ぎ、受け継ぎ、重ねた力。

 もし、この奥義に名を与えるのなら――


 麒麟は、最後に微笑んだ。


(絆、か)


 黒炎が、すべてを包み込む。


 こうして。

 神は倒れ、人の時代が、確かに刻まれた。


 静寂が、訪れた。


 つい先ほどまで、世界そのものを引き裂くような力がぶつかり合っていたとは思えないほど、瓦礫の大地は沈黙していた。


「……終わったのか」


 クレイが、かすれた声で呟いた。


 麒麟はもう、いない。


 天を覆っていた光も、英霊たちの気配も、すべてが霧散し、残されたのは生き残った者たちだけだった。


 クレイが、ふらつく足取りでミリアの元へ歩み寄る。そして、何も言わずにその肩に手を置いた。


「……やったな」


 短く、噛み締めるような言葉。


 ミリアは一瞬、視線を伏せ、それから小さく頷いた。


「……えぇ」


 それ以上の言葉は、出てこなかった。勝利の歓喜も、達成感もない。あるのは、ただ生き延びたという事実だけ。


 クレイはすぐに表情を切り替え、倒れているアリウムの元へ向かう。胸元に手を当て、呼吸を確かめる。


「……息はある」


 その言葉に、周囲の緊張がわずかに緩んだ。


「急ぐぞ。病院だ」


 クレイはアリウムを担ぎ上げると、振り返らずに走り出した。


 その背中を、ミリアはしばらく見送ってから、別の方向へ歩き出す。


 瓦礫の向こう。崩れた壁にもたれかかるように、ジャックが横たわっていた。


「ジャック……」


 呼びかけに、わずかに眉が動く。

 ゆっくりと、重たい瞼が持ち上がった。


「……生きてるか」


「ええ。なんとか」


 ミリアが答えると、ジャックは小さく息を吐いた。


「……やったんだな」


 確かめるような声。


「うん」


 短い返事。それで、十分だった。

 ミリアはふと、振り返る。


 そこにあったのは、上半身と下半身が、無残に分断されたゴリガンの亡骸。機械の腕は砕け、鋼の体躯はもはや原型を留めていない。


 微動だにしない。


 完全な、死。


「……終わったよ、ゴリガン」


 ミリアは、誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


 神も、怪物も、狂気も。


 この戦場に立っていたすべてが、ようやく幕を下ろしたのだった。

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